227.秋の味覚と訪問者

 日本ほどの明確な移り変わりではないにしろ、こちらの世界にも四季は存在する。


 そして「春夏秋冬どの季節が一番好きか?」という質問に対しては、揃って「秋」という答えが返ってくるのだ。


 理由は明確で、自然からの恵みが豊富である上、作物の収穫時期が重なっているため、飢える心配もなく、お腹いっぱい食事を摂ることができるから……だそうだ。


 うーん、わかっていたつもりだったけど、改めて聞くとなかなかにシビアな理由だな……。


 なるほど、秋に催される収穫祭が盛り上がるはずだよ。娯楽が少ない世界では、食事も楽しみのひとつだろうしね。


 ……で、なんで突然こんな話をしだしたのかと言うと、エリーゼが秋の味覚の代表格という『クリリコの実』を取ってきてくれたからに他ならない。

 

 日本では、梨にさつまいも、松茸にサンマと、秋ならではの食べ物がたくさん楽しめるけど、こちらの世界はそういうのがないのかと尋ねた際、秋の味覚があることを教えてくれたのだ。


 ハイエルフの国の広葉樹に実るという『クリリコの実』は、ピンポン玉ぐらいの大きさで、全体を黄色い皮で覆われているのが特徴的だ。


 ぱっと見、成長過程のグレープフルーツっぽく思えるけれど、果実特有の爽やかさや甘い香りがまったく感じられない。


「あっ……。タスクさん、気をつけてくださいね。生では食べられないので……」


 持っていたクリリコの実を手渡してから、オレはふくよかなハイエルフへ問いかける。


「生では食べられないって、果物なのに?」

「どちらかというと、穀物に近いんです。生のままだと渋いのですが、加熱すると甘くなるんですよ」


 ハイエルフの国ではこの実と羊肉、それにじゃがいもを入れたスープを作って収穫祭を祝うんです。


 エリーゼは目を細め、懐かしそうに呟いた。この前、ベルと言い合っていた例のじゃがいもスープか。


 実際に食べてみたいけど、作ったら作ったでベルが「ウチもじゃがいもスープ作ったげるっ☆」とか言い出しそうだな。


 ここは純粋にクリリコの実だけを味わうことにしようと、待つことしばらく。


 やがて、茹でたてのクリリコの実を皿いっぱいに盛り付けて、エリーゼが戻ってきたのだった。


 山ほどあるし、みんなで食べようと奥さんたちを呼び寄せ、いざクリリコの実パーティの始まりである。


 とはいえ、みんなクリリコの実には馴染みがあるようで、熱々なのにも関わらず、慣れた手付きで黄色い皮を剥いでいく。


「皮は食べられないんですよ。毒があって」

「……え゛っ!? 毒?」


 柔和な表情のまま頷くエリーゼ。毒といっても、命に関わるようなものではなく、お腹を壊してしまう類の毒らしい。


 食べてしまうとしばらくは腹痛と下痢、吐き気などが続くそうで、なかなかにデンジャラスな秋の味覚である。


 とはいえ、皮を剥きとってしまえば、中からは綺麗なクリーム色をした可食部が姿を表し、これがホックリとした食感と上品な甘さで実に美味しいのだ。


 そして、どこか懐かしさを感じさせる味わいは日本でいうところの栗と非常に近く、これを使えば栗ご飯やモンブランを再現できるのではないかと、試してみたい欲求に駆られてしまう。


「まったく……。おぬしというやつは、いつまでたっても変わらんのう。食べることに関してだけは欲張りじゃな」


 通算五個目となったクリリコの実を口の中へ放り込み、アイラが呟く。お前にだけは言われたくないね。


「いいじゃないですか、おかげでボクたちも美味しいものが食べられるんですし」

「その通りだぞ、アイラ殿。衣食住だけでなく、もふもふを満喫できる恵まれた環境なのだ。尊いものだと思わねば」

「そうそう♪ たっくんと出会ってから、お腹が空いて困ったことないんだからサ★ アイラっちも感謝しないとねー?」


 すかさずフォローしたのはリアとヴァイオレットとベルで、軽口のつもりだったのか、アイラは猫耳を伏せてバツの悪そうな顔を浮かべている。


「そ、そんなことわかっておるわいっ。私だってタスクには日々感謝をしておるっ!」


 そっぽを向きながらもクリリコの実を手放そうとしない様子に、みんなはクスクスと声を立てて笑った。


 結婚式だ畑の拡張だと、ここしばらく忙しかったこともあり、こうやって夫婦水入らずの穏やかな時間を過ごせるのは嬉しい。


 できればこの先も、こういう時間が続くことを願わずにはいられない、しみじみとそんなことを考えていた矢先。


「失礼いたします」


 うやうやしく頭を下げて現れたのは戦闘メイドのカミラで、オレ宛に来客があることを告げるのだった。


「客?」

「はい。イヴァン様がお見えです」


 ……イヴァンが? イヴァンなら身内だし、食堂に通してもいいけど。


「実は、同行者の方々もご一緒でして……」

「イヴァンのお供か?」

「いえ。移住希望者です。二十名ほどいましたでしょうか」


 ……なにそれ? ダークエルフの国から新たな移住者がやってくるんて聞いてないぞ?


「それが、イヴァン様が仰るには、自分は移住しようとしている人たちを止めに来たと」


 うーん。まったくもって状況が整理できない。イヴァン本人から直接詳しい話を聞くしかないかな。


「わかった。とりあえずイヴァンだけを執務室へ案内してくれ」

「かしこまりました」


 踵を返したカミラを眺めやりつつ、執務室へ足を運ぼうとした、まさにその時。


 カミラが食堂を出ていくよりも早く、別の戦闘メイドが室内に姿を表した。


「失礼いたします。伯爵にお客様がお見えです」

「来客のタイミングが重なるな。今度は誰だ?」

「それが、ハイエルフの国からやってきたという移住希望者の方々でして……」


 ……はい?


「三十名ほどのハイエルフが、今すぐの受け入れについてご許可をいただきたいと申し出ております」

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