225.祝宴(後編)

「あ゛〜……。疲れた……」


 賑やかさを増す祝宴の中、ようやく自由の身となったオレは、誰に言うまでもなく、ため息混じりに呟いた。


 イケメンハイエルフたちのマシンガントークに付き合うこと、およそ二時間。その間、ほぼ飲まず食わずだったので、胃袋も抗議の声を上げている。


 新婚夫婦と酒を酌み交わしたいところだけど、以前、空腹での飲酒でやらかしたことがあったからな。何かしら胃に収めておくのがいいだろう。


 目の前の大テーブルには様々な料理が並べられており、オレはその中から焼きおにぎりをひとつ手に取った。


 辺りへ視線を走らせながら、三角形に整えられたごはんを一口。香ばしさを堪能しながら、本日の主役の居場所を探すことにする。


 真っ先に見つけたのはクラウスで、ひときわ大きな歓声が上がる集団の中、ジークフリートと飲み比べに興じていた。


「うぃ〜〜! 八本目ぇ!!」

「がっはっは! 甘いな若造! ワシは九本目だわい!!」


 声援と指笛が飛び交う中、次々とワインを空けていく賢龍王とハイエルフの前国王。


 すぐ後ろには空になったワイン瓶が転がっていて、戦いの壮絶さを認識させる。


 というかね。オレに言わせてもらえば、ふたりともいい歳なんだから、そういう飲み比べは止めなさいって話なのだ。


 そんな雑な飲み方じゃ、ワインを作ってる生産者にも申し訳ないでしょう? うちにも素晴らしいワイナリーを抱える優秀なハーフフットがいるけどさ。見たら悲しむと思うんだよなあ……。


「おおっ! イケる口ですね国王様! さあ、次は赤をお持ちしましょう!」

「なんの! 負けんなよクラウスの旦那ぁ! こっちは白でいってやろうじゃねえかっ!!」


 ……はい、アレックスもダリルもノリノリでワインを渡しておりました。マジかー。そういうもんなのかー……。


 こうなったら、せいぜい悪酔いしない程度で終わらせてほしいけど、このふたりの場合、そうもいかないんだろうなあ。


 飲み比べの光景から視線を右にずらしていくと、今度はハンスとカミラの姿を視界へ捉えた。


 遠目からでもわかるぐらいに張り詰めた雰囲気だけど、何が起きたのだろうか?


 事情を聞こうかなと思ったけど、ふたりをよくよく眺めやったことで、だいたいの状況が把握できた。


 執事とメイドに挟まれて、うなだれるように座り込むファビアンが見えたのだ。


 それも、先程までのスーツではなく、ベル特製のカーニバル風衣装をまとった半裸の状態で。


 羽飾りの冠に、キラキラとした装飾が施されたネックレスなど、ご丁寧にフル装備の出で立ちである。


 多分、本人はお色直し的な意味も込めて、良かれと思って着替えたんだろうなあ……。


 で、いざ出ていこうとしたところを、ハンスとカミラに見つかって説教をされている。……というのがオチといったところか。


 まさかファビアンも一世一代の晴れ舞台の日に、こんな説教をされるとは思ってもみなかっただろう。悲しいかな、自業自得としかいいようがない。


 こんな光景、間違ってもフローラへ見せるわけにはいかない。


 できるだけ遠くにいてほしいと願っていたけど、三人の新婦を確認したのは二十メートルほど離れた距離の場所で、どうやら女子会を開いているみたいだ。


 助かったのは、ファビアンのいる方向にはクラーラとマルレーネが佇んでいて、微動だにしないその様は、多少のことではビクともしない鉄壁を彷彿とさせた。


 多分だけど、クラーラもマルレーネも見ちゃったんだろうなあ、ファビアンのあの格好。そりゃ、見せるわけにはいかないって思うよね……。


 アルフレッドはロルフやガイアたちと談笑している。他とは違って、ごくごく普通に宴席を楽しんで見るみたいだ。


 オレも空腹を満たしたら、アルフレッドのところへ向かうとするかな。


 おにぎりを頬張りながらそんなことを考えていると、背後から馴染みのある声が耳元へ届いた。


***


「義兄さん」


 振り返った先にいたのは、『シェーネ・オルガニザツィオーン』に匹敵するほどの美貌の持ち主であるダークエルフの義弟で。


 知的さと優美さを兼ね備えた顔立ちに爽やかな微笑みをたたえ、イヴァンは一礼した。


「やあ、イヴァン。楽しんでいるかい?」

「おかげさまで。先程まで姉さんと一緒だったのですが、女性陣が集まってきたので退散してきたところですよ」


 邪魔するのは悪いですからねと付け加えるイヴァン。そういえば、女子会の中にはベルもいたな。


「先程までハイエルフたちとお話されていたようなので、ご挨拶が遅くなってしまいました。申し訳ありません」

「気にしないでくれよ。話っていうより一方的な質問攻めにあっていただけだったからさ」


 興味深い眼差しで、どんなことを聞かれたのですかと尋ねられたこともあり、例の『セクシーマンドラゴラ』がハイエルフたちに人気だという事実を話しておく。


「今回も是非譲ってほしいって熱心に言われてさ。あの分だったら、増産も検討しないとな」

「へ、へぇ〜……。そうなのですか……」


 困惑の見本というべき表情を浮かべるイヴァン。


 以前に「卑猥過ぎる」と、セクシーマンドラゴラを原型のままで持ち帰るのを嫌ったダークエルフにしてみれば、ハイエルフのその感覚がわからないのかもしれないな。


 むしろ、幼なじみでもあるジゼルがセクシーマンドラゴラの栽培に関わっているというのも、義弟からしてみれば嫌なのかもしれない。


 でもなあ。ジゼルなんか、誰よりも熱心にセクシーマンドラゴラ育ててるし、いまさら止めろとは言えないよねえ?


「そ、その話はさておいて」


 コホンと遠慮気味に咳払いをした後、イヴァンは忙しく視線を動かし、話題の種を発掘しようとしている。


「……あっ、そうです。俺としては、いま義兄さんが食べているモノが気になりますね」


 安堵の瞳で見つめるのは、食べかけの焼きおにぎりで、ベルから勧められたこともあり、先程イヴァンも口にしたそうだ。


「大変美味しくいただきました。新たな主食としての普及を考えておられるのも頷けます」

「米についてはさっきもハイエルフたちと話してたんだよ。ここと環境の違う土壌で稲作ができるかどうかってね」


 順調に生育して収穫できたとしても、その後の精米が大変だ。


 うちは魔法石を動力源にして、時間をかけて石臼をついているけど、大陸中へ魔法石を出荷できるようになるのはまだまだ先の話だし。


 水車がある地域も限られるとなると、人力で精米加工するしかないわけで、それはいくらなんでも大変だしなあ。


 すると、話に耳を傾けていたイヴァンが一言。


「それは、風車ではダメなのですか?」

「風車? ……あっ、そうかっ! 風車があったか!」

「ええ。動力源としては水車とさほど変わりませんし、高地には必ず設置されています。恐らく問題ないと思うのですが」


 とはいえ、高地での環境で稲作ができるかどうかは別ですけどねと、イヴァンは続ける。


 いやいや、試してみる価値は十分にあるだろう。ここ以外で稲作ができるとわかれば、米の普及も一気に進むだろうしな。


 ……しかし、なんだな。


「どうしました?」

「めでたい席だっていうのに、オレときたら、仕事の話題から離れられないのが悲しいなと思ってね」

「勤勉でいいではないですか」

「バカ言うな。仕事は適当、遊びは本気でやらなきゃダメなんだ。せいぜい派手に祝ってやらなきゃ」


 そんな話をしている最中、猫人族の子供たちが声を上げて駆けていく姿を捉えた。


 走っていく方向へ視線を向けると、間もなく五段重ねのウェディングケーキがカットされるようである。


「……まっ。とりあえずはケーキでも食べつつ、ゆっくりしようか?」

「ええ、そうしましょう」


 食べかけのおにぎりを一気に口の中へ押し込んで、オレとイヴァンは人だかりができつつある場所へ足を向けたのだった。

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