219.友の結婚
緊張のあまり声の音階もバラバラで、何を言っているのか一瞬理解できなかったけど。
結婚という単語は正確に聞き取れたので、ああなるほど、アルフレッドもついに結婚するのかとひとり静かに納と……って、うぇぇぇっ!? けっ、結婚っ!?
「誰とっ!? ……って、グレイスに決まってるか?」
「はっ、はいぃ……」
「おぉぉ……! めでたいじゃないか! おめでとう!!」
恐縮する龍人族の手を取り、ブンブンと上下に揺らす。
「いやあ、どうなるか心配だったけどさ。ふたりともお似合いだし、本当に良かったよ!」
「あ、ありがとうございます。それで、その……」
「お? どうした? なんか相談でもあるのか?」
「いえ……。結婚を認めていただけるかどうかを確認できればと思いまして……」
「……オレが? なんで?」
よくよく聞いてみたところ、ふたりとも揃って配下という立場上、婚姻には領主の許可が必要だと。
あ〜……。そういえば、ファビアンがフローラにプロポーズした時も同じこと言われたな。個人的には好きあっている人同士、どうぞご自由にというスタンスでしかないんだけど。
国王の直轄地となったことで、独自の法を制定できるみたいだし、こんな馬鹿げた婚姻制度もついでに撤廃してしまおうと決意しておく。
とにかく今はアルフレッドに祝いの言葉をかけてやらなければと、二つ返事でもちろんオーケーだと伝えることに。
緊張からようやく開放された龍人族の商人は、硬直していた身体をほぐし、心の底から安堵したように深く息を吐いた。
「き、緊張で心臓が飛び出るかと思いました……。陛下の御前へ初めてお目にかかった時以上ですよ……」
「大げさだなあ。反対する理由なんかどこにもないだろ? 立場上、領主と配下って関係だけど、それ以上に、オレはお前のことを友達だって思ってるんだからさ」
「タスクさん……」
「それで? 式はいつ挙げる予定なんだ?」
「ええ。実は日取りのご相談もしたかったのです。領地のみなさんがお忙しい中、挙式を挙げるのは迷惑でしょう?」
ポリポリと後頭部をかきながら、遠慮がちに呟くアルフレッド。
オレの時は盛大な挙式を開いてくれたんだ。大切な友の結婚式だし、派手に祝ってやりたい。
……あ。どうせだったら、今年も収穫祭はやらずに、大々的な挙式を催すのはどうだろう?
奥さんたちの話を聞く限り、その方がごちそうも豪華になるみたいだし、領民のみんなも喜ぶだろう。
なにより、じゃがいもスープ騒動が再燃する心配もないしな。うん、決まり!
「そ、そんな、ご迷惑では……?」
オレの独断を耳にして、畏れ多いという面持ちのアルフレッド。いやいやいや、水臭いじゃないかアルフレッド君。ここはひと肌脱がせてくれたまえよ。
そんなわけで、ハンスやカミラと相談しながら挙式の準備を進めていくことに。二人の新たな門出にふさわしい祝宴を開くことにしよう。
***
石窯から立ち上る白煙は細々としたものに変わり、領主邸での焼き芋パーティは終わりに近付きつつある。
お腹が満たされた子供たちはすっかり遊びに興じていて、追いかけっこをしていたり、奥さんたちと花かんむりを作ったりと思い思いの時間を過ごしていた。
近い将来、オレやアルフレッドに子供が生まれたら、こんな感じで仲良く遊んだりするんだろうか?
そう遠くないであろう未来予想図に空想の羽を広げていると、クラウスが声をかけてきた。
「ごっそさん、タスク。美味かったぜ!」
ハイエルフの前国王はオレの背中へ腕を回し、肩をガッチリ掴んで身体を寄せる。
「しかしなんだなぁ。ごちそうになってから言うのもなんだが、俺ぁやっぱり、甘いモンより塩っぱいモンが好みだわ」
「マジでいま言うことじゃないよな、それ……」
「ハッハッハ! 悪ぃ悪ぃ。お詫びといったらなんだがな、どうだ? 今夜あたりウチで一杯」
空いている方の手を口元へ運び、ワイングラスを持っているかのようにくいっと傾ける。そのにこやかな表情を眺めつつ、オレは応じた。
「酒を飲むだけならお前の家じゃなくてもいいだろ? どうせ
「チッチッチッ……。わかってねえなあ、タスク。男同士、語り合いたい夜ってのがお前にもあるだろ?」
「言いたいことはわかるけどさ」
「それにな」
「?」
「ハイエルフの国の土産に、ファビアンからいいやつもらったんだよ。六十年物の赤だぜ? 邪魔されることなく、じっくり味わいたいだろうが」
奥さんたちに聞こえないよう、クラウスは小さな声で耳打ちする。六十年物の赤ワインか、そりゃ確かに魅力的だな。
「だろ? じゃ、決まりな!」
背中をバンバンと叩いて離れていくクラウスへ、オレは頷いて応じた。
「了解。で? つまみはから揚げを持っていけばいいのか?」
「ん? あー……、今日はいいや」
「は? いや、お前、から揚げだぞ? いいのか?」
から揚げ狂とも思えない返事に困惑していると、クラウスは艶のない銀色の長髪をかきむしった。
「せっかくのいい酒なんだ。たまにはゆっくりワインだけを味わうってのもいいだろ?」
***
その日の夜。
夕飯後、「じゃ、また後でな」と言い残し、クラウスは自宅へ戻っていった。
一緒に行けばいいんじゃないかと思っていたけど、ナッツ類やチーズなど、気持ち程度のつまみを用意してくれるらしい。
赤ワインだけで過ごす夜を想像しているうちに、どうやら口寂しくなったみたいだ。酒だけを飲み続けるのも身体に悪いし、から揚げに比べればヘルシーだしな。ま、いいんじゃないか。
というわけで、小一時間後、旧領主邸でもあるクラウスの家に足を運んだんだけど。
リビングのテーブルにはワイングラスが三個並べられていて、オレ以外にも来客がいることを思わせた。
「おう、来たか。適当に座っててくれよ」
キッチンから聞こえるクラウスの声に、オレは声を返す。
「グラスがみっつあるけどさ、他に誰か来るのか?」
「ん? あー、まあな」
「あっ、もしかしてアルフレッドか? 言ってくれたら連れてきたのにさ」
問いかけに対し返事はない。……なんだよ、急に押し黙って。別に変なことは聞いてないだろうが。
その時だった。
旧領主邸の玄関ドアが開き、暗闇から人影が現れたのだ。
「……あれ? 珍しいな、お前がここに来るなんて。クラウスに急ぎの用でもあったのか?」
程なくしてリビングへと足を運ぶツインテールの魔道士を見やりながら、オレは声をかける。
「んー? 違うよぉ。どっちかって言うとぉ、たぁくんに用があるっていうかぁ」
「オレに?」
「そうそう」
朗らかな笑顔を見せるソフィア。そういえば、今日もノーメイクでラフな格好だな。意中の相手の家だっていうのに、着飾らないでいいのかね?
「お。来たかソフィア」
キッチンから姿をのぞかせたクラウスは、両手に抱えた皿をテーブルへ置き、そのままソフィアの隣に並び立った。
「あれ? クラウスが呼び出したのってソフィアだったのか?」
「おお、まあな。っていうかよ、タスクに報告したいことがあるっつーかな……」
少年を彷彿とさせるあどけない顔を照れくさそうにさせながら、クラウスは言葉を続ける。
「俺たち、結婚しようと思うんだ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます