220.続・友の結婚
アルフレッドの時とは異なり、爽やかな声で発せられた言葉は滑舌もよく、とても聞き取りやすかったのにも関わらず、オレはその内容について、まったくもって理解できずにいた。
……は? 結婚? あのクラウスが?
生涯独身を貫くもんだと勝手に思っていた分、動揺が大きい。……っていうか、お前、散々「こんな爺さんに言い寄るような女なんていない」とか言ってたじゃんか!
「いや……。そう言われるとな。俺としても返す言葉に困るんだけどよ……」
外見は十代そこそこにしか見えない、実年齢九六〇歳のハイエルフは面映そうに続ける。
「お前さんと嫁さんらを見ているうちに、結婚すんのも悪くねえかなってよ。そういう時に、いい相手に巡り会えたっていうかな」
「もぅ、クラウスさんってば! いい相手とか恥ずかしいなぁ!」
クラウスの言葉に赤面しながら、背中をバシバシと叩くソフィア。
オレとしては、何が起きているのか未だにわからないでいるんだけど。
クラウスの話によると、干渉や束縛をせず、お互い尊重しあえる関係が心地よかったそうで。
ソフィアにしてみても、着飾ることなく、自然体の自分を受け入れてくれるクラウス以外ありえないと猛プッシュをかけたらしい。
「年の差もあったからどうかと思ったんだけどよ、ソフィアが是非にっていうもんだし、俺も男だ、ケジメをつけなきゃなってさ」
「そうか。……いや、すまない。正直まだビックリしているっていうか……」
脱力した身体を預けるように椅子へもたれかかる。……あっ! もしかして!?
「今日オレを誘ったのは、最初からこの報告をするためかっ!?」
「ようやく気付いたか。お前さんも鈍いねえ」
「まあまあ、クラウスさん。それがたぁくんのいいところですよぉ」
穏やかに笑いながら揃って椅子に腰掛ける両名。そんなことわかるわけないじゃん! 予想もしてなかったし!
「そりゃそうだ。驚かせて悪かったな」
「めでたい話だから、全然いいんだけど……」
それにしてもアルフレッドに続いてクラウスまで結婚か……。はぁ〜、こういうことって立て続けに起きるもんなんだなあ。
「と、いうよりもぉ」
そばかすの残る顔をほころばせながら、ソフィアが呟く。
「グレイスから挙式の話を聞いてたのよぉ。たぁくんが収穫祭の代わりに結婚式を開いてくれるってぇ」
「その話をソフィアから聞いてな。俺たちも一緒に式を挙げてもらえないかって考えたのさ」
そう言って、クラウスはさり気なくウインクをしてみせる。
すでにアルフレッドとグレイスには相談を済ませているそうで、式を一緒に執り行うことに同意してくれた、と。
「それは構わないけどさ……」
友人たちの一世一代の晴れ舞台なのだ。どうせだったら個別で盛大に催してやりたいけど。
「これからますます忙しくなるしよ、タスクの手をいちいち煩わせるようなことはしたくねえからな」
「そんなこと気にするなよ。友達の祝い事だぞ?」
「たぁくん、気にしないでぇ。こう見えてぇ、クラウスさん照れてるだけだからぁ」
「照れるって?」
「ほらぁ、主役が自分たちだけだとぉ、必要以上に注目されるじゃない? それが恥ずかしいんだってぇ」
オレンジ色のツインテールを揺らしながら、愉快そうに呟くソフィアに、クラウスはバツの悪そうな表情を浮かべている。
「わかっててもそういうこと言うなよな……」
「だってホントのことだもーん」
「……チッ。まっ、そういうわけだ。この歳になって結婚ってのも気恥ずかしいからよ」
銀色の長髪をボリボリとかきむしるハイエルフの前国王。そんなことないと思うけどなあ?
うーん、まあ、本人たちがそれを望んでるならいいのかな? 二回分のきらびやかな挙式を、一度にまとめてやればいいだけだし。
なにより、めでたい話には変わりないしね。
結婚の報告を済ませると、クラウスは例の六十年ものという赤ワインを取り出して、それぞれのグラスを満たしていく。
一足早い祝杯を交わしつつ、オレはふたりの門出が幸多いものであるよう心から願った。
***
翌日。
執務室で書類とにらめっこをしている最中のことだった。
勢いよくドアをノックする音が響いたかと思いきや、オレが返事をするよりも早く姿を表したのはファビアンで、高らかな笑い声とともにポーズを取ってみせる。
「落ち着いて部屋に入ってこれないのか、お前は」
「アッハッハ! いちいち気にしなくてもいよ、タスク君! ボクと君との仲じゃないか!」
そのセリフはこちらが言うべきものなんだけど……。突っ込み始めると終わらないからな。とにかく話を進めよう。
「んで? 今日はどうした?」
「ふむ、今すぐ要件を伝えてもいいのだが……。ボクとしては紅茶の芳香と共に良き知らせを告げたい気分でね」
「さいですか」
「どうだろうか、タスク君! ここはカミラの淹れたお茶とともに、優雅な時間を過ごすというのはっ」
「恐れながらカミラはいま手が離せませぬ。この爺めでよければ用意いたしますが」
音もなく姿を見せたのはハンスで、その声が聞こえた瞬間、ファビアンは身体を震わせ、ぎこちなく振り返った。
「ははははははははハンスっ! いいいいいいいいつからそこにっ!?」
「たった今しがたでございますが。せっかくファビアン様がお見えになったのです、この爺めも同席させていただきたいものですな」
「いいいいいいいや!! そそそそそそそそれにはおよばっ、及ばないよっ! タスク君との話はすぐに、そう、一瞬で終わるものだからねっ!!!」
左様でございますかと頭を下げるハンスを見やってから、ファビアンはホッとしたように息を吐いている。
一瞬で終わってくれるのは個人的にもありがたいけど、一体何の話なんだ?
「ああ、そう! そうなんだ! 心の友である、タスク君に報告をしたいと思ってね!」
「報告?」
「そうさっ! ようやくフローラにプロポーズを受けいれてもらえたのだよっ!」
前髪をかき上げ、白い歯を覗かせてファビアンは興奮したようにまくしたてる。
あれは満点の星空の下でどうたらこうたら、フローラといったら星星よりも輝く笑顔でうんたらかんたら、宿命とか運命とか必然とかが絡み合って大変なことになったとか。
なんだろう。めでたい話なのにも関わらず、話を聞けば聞くほどに、フローラの今後が心配になってしまうな。
どうやらハンスも同じ気持ちだったようで、気難しい顔でファビアンを眺めやっている。
やがて延々と続く話にうんざりし始めたのか、ハンスはわざとらしく咳払いをし、改めてファビアンへ問いかけた。
「それで、ファビアン様。伯爵への報告というのは、そのめでたき婚姻のことですかな?」
「いやいや、ハンス! それだけじゃないんだよ! ここからは相談なのだがね!」
「相談?」
「聞けばアルフレッドもクラウス君も、近々挙式を挙げるというじゃないか!」
「ああ、そうだけど……って、まさか」
「そのまさかさ! ボクとフローラの挙式も一緒に開いてもらえないかなっ!」
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