218.秋到来(後編)
子供関連で違う話題をもうひとつ。
ここ最近、カミラだけでなくハンスからも「世継ぎをもうけてはいかがですかな?」と声をかけられるようになったのだ。
「気持ちはわかるけど、こればかりは自然の成り行きに任せるしかないだろ? こっちの世界の言葉で言うなら『精霊様から贈り物』を待たなければいけないわけだし」
「左様でございます。しかしながら、伯爵。家名を守るためにも伯爵の血脈を絶やすわけには参りません。爺の戯言ながら、心に留めていただければと存じます」
執事服に身をまとうハンスが頭を垂れる。オレはボリボリと頭をかきむしりながら、困惑の面持ちで戦闘執事を見やった。
「オレに子供がいたところで、爵位や領地が引き継がれるわけでもないんだろ? 領主に足り得る資格と能力があるなら、血筋に関係なく、その人物が領主になればいい」
「お言葉ですが、この領地は突出したひとりの英雄がいるからこそ成り立っているのです。領民たちをひとつにまとまるためにも、絶対的な忠誠の対象、すなわち英雄の血筋が必要であることをご理解いただければ」
うーむ。こうまで言われてしまうと返す言葉もない。
英雄ねえ? 二千年前のハヤトさんもこんなことを言われていたんだろうか? 持ち上げられすぎて、若干、居心地の悪さすら感じる。
とにかく。
子供云々は別として、ハンスたちに言われるまでもなく、夫婦生活自体は満喫しているのだ。
なにせ、オレにはもったいないぐらいに美人で可愛いよくできた奥さんが五人もいるのである。健全な男たるものイチャつかなくてどうするのだと強く力説したい。
……というかね。
少しでも放おっておくと、この前のリアみたいに暴走しかねない危険もあるからなあ。あのポーションだけは二度と飲みたくない。
そんなわけで、奥さんたち全員と時間を共有できるよう、食後などは揃って談笑したり、ゲームしたりと、交流の時間を設けるようにしている。
……あ、そうだ。その際に収穫祭の話も出たんだったな。
毎年秋に開かれるお祭りで、作物の収穫を祝うと共に、精霊からの自然の恵みに感謝するという内容は聞いていたものの、去年は収穫祭なんてやってなかったよな……?
「去年はほら、ボクたちの結婚式がありましたから!」
そう応じるリアにヴァイオレットが続く。
「確かに……。盛大な宴の前後に他の祭りは開きにくいな」
「別に気にしなくていいと思うけどなあ?」
「阿呆ぅ。連続して祝い事など、どれだけの食料を消費すると思っておるのじゃ。備蓄が底をついてしまうわ」
領民なりに気を遣ってくれたんじゃろうてと付け加え、アイラはため息混じりでオレを見やった。
むぅ……。それは悪いことをしてしまった。せめて今年は盛大な収穫祭を開いてやりたいね。
「き、気にしなくていいと思いますよ……?」
そう言って、柔らかい微笑みを浮かべるエリーゼ。
「皆さん、形はどうであれ、お祭り騒ぎできることが楽しみなので……」
「そうなの?」
「そだねっ☆ 結婚式も収穫祭もあんま変わんないっしょ? 食べて飲んで歌って、楽しく過ごせればオールオッケーって感じ?」
にこやかな表情で声を上げ、ベルはウインクしてみせる。
とはいうけどさ。祭りならではの雰囲気ってあるじゃんか?
この前の夏祭りみたいな、独特の空気感っていうの? ああいうのが味わえないってのはちょっと寂しいっていうかさ。
祭りならではのごちそうとかもあるんでしょ? そういったものも味わってみたいし。
……と、そんなことを思っていたんだけど。
話を聞く限りでは、そういったごちそうは特にないそうで、質より量みたいな感じの料理が多いらしい。
「あっ★ でもでも、収穫祭に欠かせないメニューがひとつだけあるよっ!」
「へえ? どんなの?」
「うんとね♪ じゃがいものスープなんだけど、おっきな鍋でたっくさん作るんだっ☆」
「あっ……。それ、ハイエルフの国も同じですっ」
ベルの話にエリーゼが加わる。
「ハイエルフの国でも、収穫祭の時には必ずじゃがいものスープを飲むんです」
「ウンウンっ★ 収穫祭には欠かせないメニューだよねっ♪」
ダークエルフとハイエルフが意気投合しているものの、他の国にはそういう習慣が無いとのことで。
もしかするとエルフ独特の文化なのかもなと思い込んでいた矢先、ちょっとした騒動が沸き起こった。
「地味だけど、意外と美味しいよね★ じゃがいものスープ♪ じゃがいもと、鶏肉と、きのこがいっぱい入っててぇ……」
同意を求めるベルだったが、エリーゼは戸惑いの面持ちで応じてみせる。
「……えっ? じゃがいものスープ、ですよね?」
「そだよ♪」
「じゃがいものスープだったら、羊肉とクリリコの実を入れないと……」
「え〜? エリちゃん、それ違うよぉ? 鶏肉ときのこを入れないと、じゃがいものスープにならないっしょ?」
「そ、そんなことありませんっ。故郷では代々、羊肉とクリリコの実で作ってきたんですっ。ベルさんこそ、間違っているんじゃ?」
「ぶー。そんなことないもーん! ウチだって、昔からそうやって作ってきたんだしぃ!」
いかん。つい先日の紅茶論争を彷彿とさせる言い争いが起きてしまう……。
食べ物絡みでこうも続くと、ハイエルフとダークエルフの間に何かしらの因縁でもあるのかなと勘ぐってしまうけど、とにかくこの場を収めなければ。
そんなこんなで強引に話題を切り替え、もしも祭りをやるなら今度は何を食べたいかというリクエストを取ることにした。
夏祭りの料理が好評だっただけに、各々要望があるみたいで、じゃがいものスープから注意を引き離すことに無事成功。
食べ物の恨みは恐ろしいからなあ。去年、収穫祭を開かなかったのは、ある意味正解だったのかもしれない。
領地の中にはハイエルフとダークエルフの領民が大勢暮らしている。いくら収穫祭の定番料理とはいえ、争いの種になりそうなものは作らないように心がけよう、うん。
***
最後に稲作のことを話したい。
改良を重ね、米の品質が向上したこともあり、思い切って作付面積を拡張することにしたのだ。
その結果、『遥麦』ほどではないものの、ある程度まとまった収穫量が見込めるようになり、新たな交易品として米が加わることになった。
執務室で取引先を検討することになり、アルフレッドからはハイエルフの国か、ダークエルフの国を相手にしてはどうかと勧められたんだけど……。
協議を重ねた結果、最初は獣人族と取引をすることに決めた。
食糧事情を改善するために作ったのだ。国の体制とか私情はひとまず置いといて、飢えに苦しむ地域へ優先して卸してやりたい。
問題は、獣人族に米食が受け入れられるかどうかで。
ウチの領民たちには至って好評だけど、外部の反応は未知数だからなあ……。
とりあえずは初回お試し価格ということで、金額を抑えて出荷することに。
米との物々交換で取引するのはホップと小豆だ。
ハーフフットたちと話をしたところ、ワイン作りだけでなく、エール作りにも興味があるようで、ぜひともホップが欲しいと頼まれたのである。
小豆はほんの気持ち程度を仕入れることにした。……悲しいけど、今のところ需要がないからしょうがない。
当面の間は和スイーツを作り、美味しいと言ってくれる人たちを増やすことに専念する。
もしかしたら例の夫人会が気に入ってくれるかもしれないし、希望はまだ捨てないようにしよう。
……と、このような感じで、米に関しての話し合いは無事終わり、アルフレッドにお疲れ様と声をかけたのだが。
龍人族の商人は執務室のソファへ腰掛けたまま、立ち上がろうともしない。
「あれ? まだ他に決めなきゃいけないことってあったっけ?」
「い、いえ。そうではないのですが……」
オレが尋ねると、アルフレッドは落ち着かないのか、キョロキョロと忙しく視線を動かし、少しもずれていないメガネを何度も直そうとしている。
挙動不審という言葉がしっくりくるその様子に、どうしたのかと声をかけようとするよりも早く、アルフレッドは上ずった声を発した。
「じ、実はっ! たっ、タスクさんにっ! おっ、お話したいことがっ!」
「お? おお……。どうした?」
震えた手でティーカップを口元へと運び、喉を鳴らして紅茶を流し込むと、アルフレッドは大きく深呼吸をしてみせる。
「ぼ……、ぼく、じゃなかった……。わ、私ですねっ! けけけけけけけ、結婚をぉっ、しようとっ、思ってぇいるのですっ!!」
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