217.秋到来(前編)

 ふたつの太陽から降り注ぐ日差しも穏やかになり、紅葉を帯び始めた木々からは、肌寒さを感じさせる風が吹き抜ける。


 こちらの世界に来てから二年目、商業都市フライハイトになってからは初めての秋がやってきた。


「平和だねえ……」


 石窯からもくもくと白煙が立ち上り、真っ青な青空へと吸い込まれていく様をぼーっと見やりながら、オレはポツリと呟いた。


 秋、それは実りの秋であり、食欲の秋でもある。とにもかくにも食べ物がひときわ美味しい季節なのだ。


 そんなわけで、日本の秋の風物詩ともいえる、焚き火での焼き芋を堪能しようかなと思いたったんだけど……。


 よくよく考えてみると、初秋なので落ち葉などは見当たらず、焚き火などできないということが判明。


 とはいえ、一度燃え上がった情熱の炎は焚き火のようにすぐに消火できるはずもなく。


 すでに頭の中は焼き芋を食べたいという欲求でいっぱいなので、それならばと領主邸の庭先へ焼き芋用の石窯を構築ビルドしたのだ。


 ……いや、大人気ないとはわかっているんだ。でもなあ、ホクホクで甘々な焼き芋を食べたい気持ちになっちゃったんだもん。いわば、不可抗力というやつだね、これは。


 それに、この世界にはさつまいもがなかったのだ。みんなへ焼き芋を振る舞うのもいいだろう。


 というわけで、早速、さつまいもを石窯へ投入。猫人族の子供たちを集めて、焼き芋をごちそうすることにしたんだけど。


「……なんでお前までいるんだ?」

「んぁ?」


 アイラはキョトンとした瞳を向けたまま、大きな口で焼き芋にかぶりついた。


「ん〜、ふぉもふぉ、ほぉぁふふぅぃほほぅ?」

「食べながら喋るな。行儀が悪いし、何を言ってるのかわからん」


 ゴクンと口に入っていたものを飲み込んでから、猫耳をぴょこぴょこと動かし、アイラは声を上げる。


「子供たちばかりズルいじゃろ? 美味しいものはみんなで食べるのが一番じゃ。おぬしらもそう思うじゃろ?」

「タスクおにいちゃん! おいも、おいしいよ!」

「にーちゃん、おいも、ありがとー!」


 アイラの両隣に座る子供たちが、次々に歓声を上げる。まったく、こうやって見ると大きな子供がひとり混じっているようにしか見えないな。


 少し離れた場所では、しらたまとあんこが冷めた焼き芋をつついている。


 熱いものは苦手みたいで、ふーふーと、子供たちが息を吹きかけて冷ましたものを食べさせてもらっていた。


 みゅーという喜びの鳴き声と、子供たちの弾けるような笑い声が響き渡り、穏やかな日常の風景を作り出している。


 みんな喜んでいるみたいだし、思いつきとはいえ、焼き芋を作ったのは正解だったようだ。


 あとはオレが食べる分のさつまいもを焼いて、それで終わり。……の、つもりだったんだけど。


「おっ! やってるやってる。美味そうなモン作ってんだって? タスクよ?」

「ボクも! ボクも食べたいです!」

「わ、ワタシも食べたいなあって……」

「アハッ☆ これはみんなで食べるしかないっしょ♪」

「私もどちらかといえば甘いものが好きなのでな。できれば、しらたまとあんこのもふもふを堪能しながら頂戴したいところだが……」


 ……どこからともなく大人たちがわらわらと集まりましてね……。オレの焼き芋は当分あとになりそうなんですわ。


 はあ、仕方ない。いずれにせよ、みんなに振る舞おうとは考えていたんだ。こうなったらこのまま焼き芋大会へ突入しようじゃないか。


 出来上がるまでにはしばらく時間がかかる。それまでの間は、ここ最近の出来事についての話をしよう。


***


 先日の夫人会の一件は、こちらが考えている以上の速さで進展が見られた。


 まず出荷量を五割まで戻し、卸価格も見直して相手の出方を伺うことにしたのだが。


 夫人会の対応は迅速そのもので、数日後に『商業都市フライハイトの税見直しについて』という表題の書面が送られてきたほどだ。


「おっそろしいほどに行動が早いおばさ……じゃなかった、お姉サマ方だな……」


 書面に目を通しながらクラウスが呟く。先日の“聞いたこともない税項目”の一部は削除されており、夫人会の影響力が確かであることが立証されることとなった。


 しかしながら、減税はされたものの、それでも今までと比べて三倍の税金額に留まっており、今後も働きかけが不可欠なことに変わりない。


「それにしても女帝カイゼリンが組織しただけに影響力は健在ってことか。敵に回したくはねえな」

「女帝?」

「ああ、俺も話でしか聞いたことがないんだけどな」


 クラウスの話によると、そもそも夫人会を結成したのは先々代の王妃だそうで。


 聡明かつ気の強い彼女は、内向的な王の執務を補佐することもあったことから『女帝』という異名がついていたらしい。


「でもさ、女帝ってあだ名ヘンじゃないか? 普通、『女王』とか呼ぶだろ?」

「そこまではしらねえよ。そもそも誰がつけたあだ名なのかもわかんねえし」

「それもそうか」

「とにかく、その女帝が夫人や令嬢たちにも地位と権限を認めさせるようにってことで、夫人会を始めたんだってさ」


 なるほどねえ。そりゃ確かに影響力があるわけだ。クラウスの言う通り、敵に回したくはないな。


 とりあえず、夫人会へは水晶で作った装飾品と、ヴァイオレットが開発したフラワーティーを送ることにする。


 味方になってくれという意味の贈り物ではないけれど、感謝の気持ちは伝えておいて損はない。お礼として受け取ってもらえれば幸いだ。


***


 ああ、そうそう。移住してきた猫人族だけど、ここでの暮らしにだいぶ馴染んできたようで、それまでぎこちなかった領民との会話にも敬語を使わなくなったらしい。


 大人たちの付与術師の素質は目を見張るものがあるとのことで、毎回報告に訪れるグレイスも嬉しそうだ。


「とにかく吸収が早いのです。教えがいがありますね」


 教えがいがあるのは子供たちも同様で、学校長と教師を兼任するルーカスは、カリキュラムのレベルアップを提案してきた。


「恐らくは学ぶという行為が楽しいのでしょう。現状の習得状況を考えれば、多少高度な内容を教えても良いかと思われます」


 端正な顔に笑顔を浮かべるルーカス。教える側の気持ちはよくわかるんだけど……。


 オレとしては、教える内容が難しくなって、授業についてこられない子供が出ないかどうかが心配なのだ。


 小学校から中学校へ上がった途端、勉強に躓くとかよく聞くし。実際、オレ自身も経験がある。


 学ぶことが楽しいのなら、しばらくは現状の維持のままで様子を見てもいいかもしれない。判断はもう少し先送りにしよう。


 ちなみに。


 ルーカスの手ほどきによる芸術の授業も、子供たちには受けがいいようで。


 ここ最近、子供たちから似顔絵をもらう機会が多くなった。


「おにーちゃんかいたの! じょーずでしょ?」


 自由なタッチのイラストには、オレと二匹のミュコラン、そして子供たちが描かれており、感激のあまり領主邸の応接室へ飾ろうとしたんだけど。


「お気持ちはわかりますが、お客様を迎えいれるお部屋ですので」


 と、カミラに止められてしまった。自慢してやろうかなと思っていたのになあ。


 そんなわけで、子供たちからもらったイラストは執務室の壁へ貼り付けることに。


 今や壁面の大部分が埋め尽くされており、クラウスなんかは「美術館を作ったほうがいいんじゃね?」なんて言い出すほどだ。


「……なるほど、美術館か。それもアリだな」

「ねえよ。冗談だっての、本気にすんなっ」


 なんだよ、冗談かい。こっちは額縁を構築して、デカデカと飾るまで想像したっていうのにさ。


 とにかく。似顔絵がもらえるってことはありがたいことでね。子供たちに人気があるって証拠ですから。いやあ、慕われちゃってるわ、オレ。かぁー、参ったねえこりゃ。


 猫人族の女の子からは、


「あのね、おおきくなったら、タスクおにーちゃんのおよめさんになるの!」


 とか言われちゃうしさ。本当に子供ってのは可愛らしいですよ、ええ。


「……そうは言うがの。おぬし、あの子供が本気だったらどうするつもりじゃ?」


 ジト目を向けるのはアイラで、釘を指すような一言にオレは思わず苦笑した。


「まさか。子供らしい冗談だろ? 大きくなれば、自然と素敵な相手が見つかるだろうさ」

「どうかのぅ? 子供というのは無垢だからな。その手の願望を抱いたまま成長するかもしれんぞ」

「ははは、それこそまさかだろ。そんなことあるわけがない」


 言葉では否定したものの、「だといいんじゃがな」と言い残すアイラの口調が真剣味を帯びたものだったので、笑い飛ばすまでには至らず。


 ……え゛?


 いやいやいや……。そんなことないって。大丈夫だよな? ……多分、きっと……。

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