215.ゲオルクの来訪
天界族のかけ声が、周囲に響き渡っている。
互いの肉体美を褒め称えつつ、市場の建設に汗を流す光景は、慣れてしまえばある種のカッコよさを感じられるから不思議だ。
とはいえ、普通の人たちにしてみれば異様な光景以外の何者でもなく。
ゲオルクにとってもそれは同様だったようで、訝しげな眼差しを向けたまま建設現場の見学を続けているのだった。
「――その手の料理はハヤトからも聞いたことがないな。そもそもあいつは酒好きだったし、甘味に興味がなかっただけかもしれないが……」
案内するまでの道中、先日作った“とある料理”について話していたのだが、こちらについては興味を持ったらしい。
見学もそこそこにこちらを見やると、関心の面持ちを浮かべている。
「それで? 小豆とやらを獣人族の国から仕入れることにしたのかい?」
「うーん。個人的には仕入れたいところなんですが、今のところ、あまり評判がよろしくなくてですね」
とある料理、それはズバリ『つぶあん』である。
先日、獣人族の商人から受け取った小豆――こちらではレッドビーンズというらしいが――のサンプルに感動したオレは、すぐさまキッチンに向かい、つぶあんを炊くことにしたのだが。
いかんせん、サンプルとしてもらった量が少ないこともあり、出来上がったつぶあんは量も少なく。
そのような事情から、限られた人だけでの試食となったんだけど、これがまたあまり芳しくない結果に終わってしまったのだ。
オレとしてはなかなか上手くできたと思ったつぶあんも、こちらの世界の人たちの「豆を甘くする必要がどこにある?」という固定概念を壊すまでには至らず。
遊びに来ていた獣人族の子供たちが「美味しい」という感想を口にする程度で、大人たちにはサッパリといった具合である。
うーん……。豆を甘く煮るっていう調理法は日本独特のものだって聞いたことあるし、こっちの人たちには馴染みがないのかなあ……?
「ガキンチョたちも気を遣ったんじゃねえか? 自分たちまで『マズイ』って言ったら、領主サマが落ち込むんじゃねえかってよ」
出来上がったつぶあんをひと目見ただけで、眉間にシワを寄せたクラウスはそう口にするが、オレとしては子供たちの純粋さや正直さを信じたいところである。
というかね? この際言わせてもらうけど、一口も食わずに毛嫌いするお前より、ちゃんと食べる子供たちの方が遥かに偉いからな!?
……とはいえ、領内で好意的な反応を寄せたのは子供たちと翼人族、それに妖精たちだけという少数にとどまってしまい。
これは交易品としてやり取りするには需要が無いなと肩を落としていたのだ。
「いっそのこと、ここで育てるというのはどうだい?」
「それも考えたんですけどね。ウチだけが得する結果になるのは避けたいと思いまして。しばらくは遠慮しておこうかなと」
「ふむ……、物は試しだ。今度、小豆が入ってきた際に、そのつぶあんとやらを作ってくれないかな? 妻たちが気に入れば、仲間内に口コミで広まっていくだろうし、ある程度の需要も見込めると思うよ」
「そうですね。次回はぜひ」
樹海から涼しさをまとった風が通り抜け、ゲオルクの赤髪を揺らす。
考えてみればひとりだけでの訪問は珍しい。
事情を聞いたところ、ジークフリートは宮中から出たくないとこぼしていたそうだ。
「ここ最近、ジークのやつは落ち込んでいてね。タスク君の力になれなかったことを悔やんでいるのだよ」
「増税の一件ですか?」
「それさ。やれるだけ手を尽くした以上、仕方ないだろうと声をかけたのだが」
「政治判断ですし、お義父さんのせいではないでしょう? そんな気にする必要もないのに……」
「合わせる顔がないとさんざん口にしていてね。あんなジークを見るのは久しぶりだな。雪でも降らなければいいのだが」
心配しているのか茶化しているのか判断しにくいけれど、一応、ゲオルクなりに気をかけているのだろう。
「無理やり連れ出したところで、クラウスと顔をあわせたらケンカになるだろうし。そうなると私が苦労するだけだからね。今回は置いてきたのだよ」
「元気になってくれるといいんですが……」
「まったくだ。ま、そのためにも私が動く必要があるんだが……」
どういう意味かと尋ねるよりも早く、ゲオルクは視線を動かした。
天界族が忙しく動き回る光景を眺めやり、「ナイスバルク!」という掛け声に首を傾げている。
「ところで、市場はいつ完成する予定なんだい?」
「市場自体はほぼ出来上がっているそうなんですけど、それとは別に専用道を整備しなきゃいけないみたいで」
商業都市フライハイトと他国を結ぶ交易路は完成間近だが、更に市場へ向かうための専用道を整備しなければならない。
ハンスからそう聞かされたのはつい先日の事で、市場の工事が終わり次第、その着工に取り掛かるそうだ。
「なんでさ? 他国と往来するための交易路だろ? 他に道を作る理由はどこにあるんだ?」
オレとしては市場が完成次第、早く運用したいと考えていたのだが、ハンスやアルフレッドの考えは違うようで。
「交易路は住宅地に面しておりますし、住民たちを守るという意味でも、商業用の道を整備しなければなりません」
「様々な人が行き交う以上、市場以外でトラブルを起こされてはたまりませんからな。ここは多種多様な種族が共存する都市ですし、人によっては好奇の対象ともなり得るでしょう」
……と、ふたりから代わる代わるに言われてしまい。
そんなわけで、交易路から分岐した道を設け、そこから市場へ向かう専用道を整備することに。住民の安全安心には変えられないし、しょうがないか。
「最短で秋の終わり、遅くとも年内中とは聞いているんですが」
「なに、冬場に運用を始めたところで特に問題ないだろう。地域によっては物資が不足するだろうし、市場の存在は助かると思うよ」
「そうだといいんですけどね」
……あれ? そういえば。
そもそも、ゲオルクはどういった用事でウチにきたんだろうか?
もしかして市場の建設状況を確認するために来たのかな?
お義父さんは落ち込んでいるっていうし、代理で様子を見に来たのかもしれない。
「いやいや。あいにく、ジークから頼まれて来たわけじゃないんだ」
穏やかな笑みをたたえつつ、ゲオルクは首を横に振った。
「私が今日ここにきたのは、タスク君、きみに頼みがあってね」
「オレに、ですか?」
「うん。ほら、増税の一件でここの特産品の出荷量が減ってしまっただろう? それでちょっと困ったことになってね」
……あー。確かに減らしたな。
増税に対する対抗策として、上級階級や貴族向けの出荷量を減らして卸価格も上げたけど。
でも、それとは別にお義父さんにもゲオルクにも作物は渡しているし、不便はないはずだぞ。
「そうなんだ。我々は特に問題ないのだがね」
「?」
「どうだろう? 上流階級や貴族向けの出荷量を元に戻してくれないかな?」
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