214.イヴァンからのお土産
ダークエルフの国との協議内容について報告を受けた後、「そういえば預かっていたものがあるんです」と前置きしてから、アルフレッドはいくつかの品々を取り出した。
「すべてイヴァンさんからのお土産です。くれぐれもよろしくお伝えてくださいと言っていましたよ」
執務室のテーブルへ並べられたのはカレーに使う各種スパイスと、茶色い液体が注がれた中型の瓶で。
最近、子どもたちの給食にもカレーを出す機会が増えたこともあり、スパイス類はとてもありがたいんだけど。
……こっちの、なんだ? 見るからに怪しい液体は……。
ラベルすら貼られてないし、よく見ると、茶色い液体の中になんか黒っぽい粒粒が浮かんでるしさあ……。
お土産はありがたいんだけど、もうちょっと素性がはっきりわかるものをくれないかなあ。
「滋養強壮に効く飲み物ですよ」
不審な眼差しで液体を見つめるオレに、アルフレッドが口を開く。
「連合王国との交易品だそうです。いま、ダークエルフの国ではちょっとしたブームが起きているとのことで」
「本当かぁ? 悪いけど、どう考えても飲み物と思えないんだけどさ」
それに、滋養強壮に効くと言われたところで、数日前のポーションが頭をよぎってしまうのだ。
あの後、いろんな意味で大変だったこともあり、できれば安全が保証されたモノに手を出したいんだけど。
「これ、アルフレッドは飲んだのか?」
「ええ、滞在中にいただきました。『スパイスシロップ』という名がついていて、その名の通り、なかなか刺激的な味わいでしたね」
スパイスシロップ、刺激的な味わい……。美味しいとも不味いとも表現されないところで、かえって怪しさしか感じないな。
「そんなに怪訝な顔をされなくてもよろしいでしょう? 大丈夫です、美味しいですから」
「取ってつけたようなコメントじゃないか」
「というか、なんでそんなに怪しむんですか?」
「数日前にちょっとな……」
首をかしげる龍人族の商人。いちいち説明するのも面倒だし、これはもう覚悟を決めたほうがいいかもしれん。
瓶を手に取り、蓋を開け、口元へ運ぼうとした矢先、アルフレッドは慌てた様子でオレの手を止めた。
「だ、ダメですよ、タスクさん! それ水で割って飲むものなんですから!」
「あっぶな! それ、早く言ってくれよ! 原液のままいっちゃうところだったじゃん!」
間一髪、口元から瓶を遠ざけた瞬間、鼻孔を懐かしい香りがくすぐった。
……あれ? これ、どこかで飲んだことがあるような……?
直後、冷水の入った水差しをカミラが運んできてくれたことで、スパイスシロップの水割りが作られることになったのだが。
アルフレッドの手によって作られるそれは、どこからどう見ても日本で飲んだ『アレ』を彷彿とさせる色合いのもので。
「なあ、アルフレッド。もしかしてなんだけどさ。このシロップって、炭酸水で割って飲んだりしなかったか?」
暑い夏にピッタリの飲み物を彷彿とさせる、その色合いを見やりながら尋ねると、アルフレッドは驚きの面持ちでこちらを見やった。
「よくご存知ですね!? 本来は連合王国の炭酸水で割って飲むらしいのですが、あいにく在庫がないとのことで持ち帰れなくて……」
水で割っても美味しいということでしたのでと続ける龍人族の商人の言葉に頷きながら、オレはこのシロップの正体に気付き始めた。
この色、この独特の香り。これで記憶している味と一致すれば……。
アルフレッドからコップを受け取り、シロップの水割りをぐいっと流し込む。
ゴクッ、ゴクッ、ゴクッ……!
先程までの怪訝な様子とは一変して、勢いよく水割りを飲み干していく様にアルフレッドは戸惑っているみたいだけど、正体がわかってしまえば安心して飲めてしまうもので。
……この味、間違いない。これ、コーラだ!
いやはや、マジで!? コーラあんの? こっちの世界にも!? ちょっと感動なんですけど!
いや、正確に言えば、コーラの味に近い別の飲み物と表現したほうがいいのかな? コーラとジンジャーエールの中間くらい? クラフトコーラといえばいいかな?
とはいえ、コーラとしての完成度はなかなか高いぞ!
スパイスシロップとはよく言ったもんだなあ……。確かにコーラの原料って、いろんな種類の香辛料が入ってるからな。スパイス類を特産品とする人間族の国で作られるのも不思議じゃないか。
残念な点は炭酸水で割って飲めなかったことぐらいで、連合王国との交易が始まったら、豚肉と同じく最優先で取引してもらうことにしよう。
そのためにも、コーヒーの二の舞にならないよう、今から布教に専念しなければ。
もう少し柑橘系の爽やかさや甘味を足せば、みんなにも受け入れてもらえるかもしれない。
脳内で布教プランを練りながら、久しぶりの味に痛飲していると、ドアをノックする音が執務室に響いた。
「失礼いたします」
姿を表したのはハンスで、うやうやしく一礼した後、オレとアルフレッドを交互に見やった。
「アルフレッド殿もお見えでしたか。ちょうど良かった」
「何かあったのか?」
「ええ。今しがた、獣人族の交易団一行が到着しましたので、ご報告に参上した次第です」
***
獣人族との交易はアルフレッドが立ち会い、一通り終わってから報告を受けることとなった。
こちらからは穀物類やスパゲティコーンといった食料品が出荷され、獣人族の国からは木材、肉節、紅玉などが入荷された。
「使者よりかは話しやすかったですね。商人同士、通じるものもありますし」
ひと仕事終えたアルフレッドが呟く。
「話を聞いた限りですが、彼らも自国の閉塞感には参っているようでしたよ」
「自由に商売ができないならうんざりもするだろうさ。で? 面白そうなものはあったか?」
その問いかけに、龍人族の商人は肩をすくめる。どうやらイマイチだったようだ。
「特産品である
「様子見かな?」
「あるいは上質なものは信頼関係を築いてからということなのかもしれません。ああ、それと」
思い出したようにふたつの小袋を取り出て、アルフレッドは続ける。
「置き土産ではないのですが、彼らから見本を渡されまして」
「見本?」
「ええ。今後、交易品として取り扱えないか相談したいそうです。向こうも売るものを探すのに必死なのでしょうね」
そう言ってひとつ目の袋を開けると、中には鮮やかな緑色の木の実のような物体が入っており、アルフレッドはそれがホップだと教えてくれた。
「ホップというと、エールの材料か?」
「はい。ワイン作りにノウハウのあるハーフフットたちなら作れるかもしれませんね」
なるほどなと頷き、とりあえず交易品として前向きに検討することで決定。
で、もうひとつの袋を開けようとすると、龍人族の商人は小首をかしげ、それは見たことがないと口にするのだった。
「穀物は穀物らしいのですが、それ単体で食べる習慣がないそうでして」
「穀物なのに?」
「ええ。他の穀物類と混ぜ合わせて砕いたものを、パンにしたりお粥にしたりするそうなのですが」
要は雑穀ってことなのかなと、期待もそこそこに袋の中身を覗いてみる。
間もなく視界に捉えたその物体に、オレは驚きのあまり言葉を失った。
「……彼ら、なんて言ってましたかね? 『レッドビーンズ』と言ってましたか。小さい豆なので食用に向かないとか、家畜の餌にしているとかなんとか……」
「……アルフレッド」
「はい?」
「これ、最優先で取り寄せてもらえないか?」
言っている意味が理解できないとばかりに、アルフレッドが目を丸くしている。
手のひらに広がった赤紫色の小さな豆を眺めながら、予期せぬ小豆との再会に、オレは心を踊らせた。
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