213.お茶の話

 ファビアンがハイエルフの国から帰ってきた。


 新たな交易を取りまとめるための出張だったんだけど、どうやら上手くいったようだ。


 執務室でド派手なポージングを取りつつ、ファビアンは成果を口にする。


「龍人族の国に卸す予定だった商品のうち、半分を引き受けてくれることになったよ! 欲を言えば、もう二割程度引き取ってもらいたかったけれどね!」

「上出来さ、ありがとう。穀物は備蓄に回せるし、売れ残っても問題ない」

「僕のエレガントな交渉術が役に立ったようでなによりだ! ……あ、そうそう」


 間を置くように前髪をかき上げてから、ファビアンはさらに付け加えた。


「頼まれていた“例のもの”だけど、カミラへ預けてあるからね。地下の倉庫に運んでいるはずさっ!」

「おっ! マジで!? いや、ありがたいなあ。そろそろ無くなる頃でさ」

「人の嗜好に口出しするつもりはないけれど、タスク君も変わっているねえ? ああいったものを好むとは。……いや、喜んでくれているならいいのだが!」

「そうかなあ……?」

「ま、好みなんて人それぞれさっ! 同好の士が少ないからといって、やさぐれてはいけないよ?」


 それじゃあ僕はフローラのところへ行ってくるからと言い残し、白い歯をキラリと覗かせてファビアンは立ち去っていく。


 くっそう……。あんにゃろうめ、言いたい放題言いやがって。


 ……あ。皆さんには『例のもの』とか『ああいったもの』とか言われたところで、何がなんだかわからないか。


 オレがファビアンに頼んで持ち帰ってきてもらったもの。それはコーヒー豆なのです。


 はい、そこ。「なんだよ、コーヒーかよ」とか思わない。言っとくけど、こっちの世界でコーヒー豆を栽培してるのって、ハイエルフの国だけなんだからな?


 おまけに飲むためじゃなくて、薬用としか使われてないという悲しい現実。


 いやね? ちょっと前に、ハイエルフの国と交易を始めるにあたって、「コーヒー豆があるじゃん、ラッキー!」とか思ってたんですよ。


 で、いざ取り寄せてみたら生豆の状態なワケですわ。そりゃそうだよな、薬用だもん。焙煎する必要ないよなあ。


 というわけで、試行錯誤を繰り返しながら自己流で生豆を焙煎し、コーヒーミル用にわざわざ小さい石臼までをも構築ビルドしたんですけど。


 やっとの思いでドリップしたコーヒーは、まあまあの味ながらも、みんなには大不評。


「苦い」

「不味い」

「真っ黒で気味が悪い」

「飲めたもんじゃない」


 と、散々な酷評を浴びせられ、まったく持って受け入れられないという結果に。


 そんな理由で、交易品からコーヒー豆は除外されることとなりまして……。


 誰かがハイエルフの国に行く時に、お土産で生豆を頼むという状況が続いているのです。


 とはいえ、地道な布教のかいもあってか、ここ最近は徐々に愛好家が増えてきましてね。


 今ではハーフフットたちと、グレイス、それにルーカスがコーヒー同好会の士として名を連ねているわけです。


 チョコやワインが好きな人は、コーヒーにも親しみやすいという話は前にどこかで聞いた覚えがあるんだけど。


 確かにアレックスとダリルのコーヒーに対するコメントを聞いている限りでは、


「香りがいいですね。果実を思わせるフルーティさと、鼻から抜ける香ばしさはナッツを彷彿とさせます」

「ボディが強いな。舌の上に残るとろみも心地良いしよ」


 なんて具合で、ワインの品評と似ているし、結構、共通項が多いのかもなと納得。


 一方でグレイスに至っては、何やら渋い顔でコーヒーをすすっているので美味しくないのかなと心配になるんだけど。


「……いえ。美味しいとか美味しくないとかではなく、飲むと目が覚めるといいますか、覚醒した気分になれるので、原稿が捗るのです……」


 そういって力なく笑う魔道士の顔を見やりながら、カフェインの力って怖いなあと思うと同時に、いい加減スケジュール管理をしっかりしろよと突っ込みたくなる始末。


 まあいいか、少なくともコーヒー仲間が増えたことには違いないしな。


 閑話休題。


 で、コーヒーが市民権を得ていないこの世界において、メジャーな飲み物といったら何かというと、それはやっぱり紅茶になるわけで……。


 こっちの人たちの紅茶のこだわりといったら、それはもう、とてつもなく。


 とにもかくにも、この世界における紅茶事情というものを少しお話しよう。


***


 大陸中で、最もポピュラーな飲み物として親しまれている紅茶なんだけど。


 中でも二大産地として有名なのが、ハイエルフの国北東部とダークエルフの国西部で、ここで採れた茶葉は特に品質の良い高級品として知られている。


 そんなわけで、ハイエルフとダークエルフは民族的にも紅茶愛が強く、互いに「ウチの国の紅茶が一番だ」と譲らないらしい。


 例えば、だけど。


 以前、クラウスとイヴァンと三人で紅茶を楽しんでいた際、ふとしたきっかけでミルクティー論争が勃発。


 なんでも、ダークエルフの国ではミルクで茶葉を煮出すのに対し、ハイエルフの国では紅茶を淹れてからミルクを注ぐのが一般的とのことで……。 


「山岳部がほとんどだからな。ロクな作物が採れねえから、栄養のために貧乏くさい飲み方するんだよ」


 クラウスが嫌味を交えてそう呟くと、


「弓しか能が無い民族はこれだから嫌なんですよ。遠くからチクチク攻撃するしか芸のない人たちは、紅茶の淹れ方もワンパターンで芸がない」


 なんて感じでイヴァンが応戦し、危うく一触即発の事態になりかけたことがあったのだ。


 うん、エルフたちの紅茶愛怖い……。


 ちなみに、紅茶にまつわる有名な逸話として、かつてハヤトさんと共に冒険に出ていたハイエルフとダークエルフが、食後に出された紅茶の産地を巡って大ゲンカ。


 それがきっかけでパーティが崩壊寸前……なんてこともあったそうで、なるほど、あながちウソじゃないかもななんて、しみじみ思ったり。


 戦闘メイド協会や戦闘執事協会でも、紅茶の淹れ方は当然の教養として叩き込まれるらしいし。


 それだけ紅茶に強いこだわりがあれば、コーヒーなんて見向きもされないかと、ちょっと寂しい気持ちにもなるんだよなあ。


 ……とはいえ。


 紅茶一強時代がいつまでも続くようでは、こちらとしても困ってしまう。


 なにせここは商業都市フライハイト。これといった商品があるなら売り出していかなければならないわけで。


 紅茶に続けとばかりに、目下、新たな飲み物を開発中なのだ。


 最近ではヴァイオレットと妖精たちがチームとなって、花や果実を使ったフレーバーティーの試作が続いている。


 お湯を注ぐと華やかな見た目になる上、立ち上る香りは爽やかで、間違いなく人気が出るだろう。


 で、そんな中。ダークエルフの国へ行っていたアルフレッドが帰ってきたんだけど。


 お土産ですと持参したガラス瓶には、何やら怪しい液体が入っており……。


 これがちょっとした騒動を巻き起こすことになるのだった。

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