209.フライハイト首脳協議
龍人族語で『自由』という意味を持つ都市名は、ジークフリートの承認により正式名称として使われることとなった。
領民のみんなが種族や性別、環境にとらわれることなく、自由な生活を送れますようにという願いを込めて名付けたんだけど。
ここだけの話、フライハイトという言葉を選んだのにはもうひとつ理由がある。
元はといえば、自由にのんびりスローライフを過ごしたいという一心で始まった開拓生活なのだ。
伯爵になってしまったとはいえ、願望を諦めたわけではないんだぞという意思も込められているのだが……。
目下、商業都市フライハイトの現状を考えると、そんな生活は夢のまた夢なワケで。
執務室のソファへ腰掛けるクラウスなんかは、気炎を揚げて、本気とも冗談ともつかない言葉を口にするのだった。
「納めることなんかねえんだよ、あんな額。タスクよ、いっそのこと、ここに独立国家を作っちまえ。そうすりゃ税も納めなくて済むし、アホ共だって見返せる。一石二鳥じゃねえか」
例の桁外れな増税に相当ご立腹らしく、ハイエルフの前国王はさらに続ける。
「お前さんの為政者としての能力は買ってるんだ。その気があるなら俺が国務の補佐をしたっていい」
「バカ言うな。ジークフリートには恩義があるんだ。それに背いてまで反旗を翻そうとは思わないね」
とは言ったものの、クラウスが怒る気持ちは痛いほどよくわかる。オレだって納得できかねないからな。
「せめて貴族年金とかが出るんだったら、少しは納める気も湧くってもんなんだけど」
何気ない呟きに、クラウスがキョトンとした顔を浮かべている。
聞けば年金という制度そのものがないそうで、すっかりやる気は急降下だ。
「なんにせよ、嫌われたもんだね。こっちは敵対するつもりなんてさらさらないんだけどな」
「新勢力が現れ、地位が脅かされそうになった時、既存の特権階級にいる連中が何をするかっていうとな、まず嫌がらせなのさ。古今東西問わず、な」
そして早々に自分たちのテリトリーから追い出そうとする。
「既得権益に固執する連中ほどその傾向が強い。まったく、露骨過ぎてヘドが出るぜ」
頭の後ろで両手を組み、クラウスは面白くなさそうに呟いた。
「とはいえだ。あのオッサンが折れたってことは、国政に関してだけはバランスが取れているんだろうな。似通った思想なら意思疎通も容易ってことか」
「開明派は陛下と一部の王族のみですからね。国務の大多数を保守派が占めている以上、無茶な増税といえ、従わざるを得ないかと」
テーブル越しに座るアルフレッドが、メガネを直しつつ書類に目を通す。
「増税の内訳ですが、大部分が農作物に関連しています。作付面積に対しては固有税が設けられているので、陛下のお言葉通り、タスクさんの能力が知られなかったのは幸いですね」
「短期間で複数回収穫とか聞いたこともねえし、聞いたところで信じられねえだろうけどよ、黙っておくに越したことはないぜ」
頷くオレにアルフレッドは続ける。
「よって、今後の対応としては農作物の増産をお勧めしたいところです。固定税ですので、収穫回数が増えればそれだけ収入も増えますからね」
「工芸品や加工品に対しての税はどうなった?」
「品目ごとに税率が変動するようになっています。服飾や調度品に関しては実績があるため、すでに高い税率が設定されていますが……」
アルフレッドから書類を受け取ったクラウスは、目を通すなり舌打ちをした。
「こりゃ酷え。どんな悪意があればこんな数字が出せるのやら」
「服飾と調度品は貴族や上流階級が主な取引先です。高額な分、目をつけられたのでしょう。それ以外の物については取引実績もほとんどなく、良心的な税率になっていますが」
「良心的ねえ? この数字を見たら、どれも良心的に思えるわな」
押し付けるように書類を返し、クラウスはソファへふんぞり返る。
「で? 商業都市フライハイトの領主としての考えはどうなんだ?」
「オレとしては農作物の増産よりも、加工品や工芸品の開発に注力したいね」
「へえ。その心は?」
「単純な話さ。そっちの方がオレが死んだ後も収入源を確保できる」
死ぬという一言に動揺したのか、アルフレッドはぎょっとした表情を浮かべ、ソファから立ち上がった。
「そんなっ! 死ぬだなんて縁起でもない!」
「ああ、いや……。言葉が悪かった。要はさ、オレの能力が使えなくなった場合のことを考えないといけなくてな」
アルフレッドに腰を下ろすよう勧め、オレは話を続けた。
しかし、この能力だっていつまで使えるかの保証はない。収入源が偏ったままでは、万が一の場合、すぐに破滅を迎えてしまう。
「そうならないためにも、バランス良く産業を育てる必要があるってことを言いたかったわけ」
「でもま、タスクの言いたいこともよくわかるぜ。生きてるうちに、次の世代へ引き継げるものは残しておかないとな」
「そういうこと。みんなで力を合わせて、ここまでの都市を作り上げたんだ。オレの代限りで終わるとか寂しすぎるだろ?」
すっかり冷めきってしまった紅茶を一気に流し込み、喉を潤す。
「幸いなことに、うちには優秀な職人たちが集まってくれた。技能や技術を活かせる産業を育てていこうじゃないか」
「評判が高まれば、さらに優秀な職人がやってくるかもしれねえしな」
「だな。増税の影響が大きいとはいえ、やることは変わんないよ。地に足をつけた開拓を進めていくだけさ」
水晶の工芸品やワインに薬、それにマンガなど、卸していない特産品はまだまだ残っている。
当面はこれらと農作物に収入を確保しつつ、新商品の開発へ注力していく方針で決着。
同時にアルフレッドからは領民たちの給金を減らす提言をされたんだけど、これは即座に却下する。
増税は領地の問題であって、領民たちの問題ではないのだ。
人件費をカットしたところで増える収入は微々たるものだし、むしろ、こういう時だからこそ給金をアップしてみんなにやる気を出してもらいたいね。
……と、そんなことを話したら、アルフレッドだけでなくクラウスからも止められたわけだけど。
「気持ちはわかるが、収入を増やしてからにしてくれ。流石に破綻する」
ウンウンと何度も頷くアルフレッド。ま、削減を認めないだけで良しとしよう。
ちなみに、人件費カットを提示された際、自分でも気付いてなかったけれど、結構な剣幕だったようで。
「お前さん、自分のことはさておき、他の連中のことになると必死になるのな」
と、クラウスが苦笑いする始末。いやあ、そんなつもりはないんだけどなあ……?
「いやいや。それがお前さんのいいところさ。誇るべきだと俺は思うね」
***
商業都市フライハイト首脳陣による初めての協議はこれで終わったわけだけど。
増税を課した連中にはそれなりの対応をとらないとなということで、龍人族の貴族や上流階級に向けての取引量を減らすことに決めた。
遥麦、七色糖、ハーバリウムにいちごといった、高級品や嗜好品がその対象となる。
合計で七割減。卸価格は三倍にする。
ギルドとの関係上、当初、難色を示していたアルフレッドだったが、領地内に別の商業ギルドを設立することで同意してくれた。
遅かれ早かれ、市場が完成すれば交易用の商業ギルドが必要になるのだ。領地の財務同様、アルフレッドには手腕を奮ってもらいたい。
削減された商品類は、ハイエルフの国とダークエルフの国へ取引できるように便宜を図る。
ハイエルフの国へはファビアンを、ダークエルフの国へはアルフレッドを使者として送り、事情を説明することに。
「まかせたまえ、タスク君っ! この僕が! 華麗に! そして優美に! 話をつけてこようじゃないかっ!!」
意気揚々とするファビアンに一抹の不安を覚え、ハンスを同行させようとしたのだが、ものすごい勢いで拒否されてしまった。
ま、基本は優秀だしな。いい結果を期待しよう。
アルフレッドには長老たちとイヴァンに向けの手土産を預けることにした。フライハイトとという都市名に変わった経緯も含めて協議をしてもらうつもりだ。
……しかし、なんというか。
伯爵になって早々、仕事量が増え過ぎじゃないか? 過重労働にも程がある!
勤労の精神とか奉仕の精神なんてものは、前の世界で使い切ってきたのだ。第二の人生、できるだけ楽に暮らしたいんだけど。
「ホント。いつになったらスローライフが送れることやら……」
頭をボリボリとかきむしりながら、大きなため息をひとつ。
恐らくしばらくの間は叶わないであろう夢に未練を残しつつ、オレは領主の仕事に取り掛かるのだった。
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