208.増税
一夜明け、来賓邸での朝食を終えたオレたち四人は、カミラが淹れてくれた紅茶を味わいながら食後の時間を過ごしていた。
そこに現れたのは浮かない顔をしたアルフレッドで、うやうやしく一礼してから耳打ちをする。
「タスクさん、少しよろしいですか?」
「いいけど。……みんなに聞かれるとまずい話か?」
「そういうわけではないのですが……」
ジークフリートたちを前にして、すっかり恐縮しているアルフレッドにクラウスが応じた。
「アル。かまうことぁねえから話せよ。ヤベえ話だったら聞かなかったことにしとくから」
ジークフリートとゲオルクが首肯したのを確認して、書類を差し出すアルフレッド。
昨日のうちに帰っていった文官より預かったというそれは、特別自治領になってから納める税が記載されているそうだ。
なるほど、文官たちが領内を視察していたのはそういう理由もあったのかと腑に落ちつつ、手渡された書類へ目を落とす。
「何度も金額に間違いがないか確かめたのですが、文官たちからは『計算は合っている』としか言われませんで……」
アルフレッドの声は聞こえていたものの、最後まで聞き取ることは出来ない。
予想だにしていない税金額が記載されていたことへ衝撃を受けたからだ。
「……は? 合ってるの? これで?」
「間違いないようです……」
「いち、じゅう、ひゃく……えーっと?」
「従来の税と比べて、実に四倍です。悪い冗談ではないのかと思いまして」
紅茶を吹き出しそうになるのを堪えたクラウスは「四倍だぁ?」と声を荒げ、書類をひったくり、記載されている内容をまじまじと眺めやった。
「……おい、ジークのオッサン。こいつぁ一体どういうことだよ?」
睨みを利かせるハイエルフの前国王。それを受け流し、ジークフリートは淡々と呟いた。
「国王直轄領だからな。他の領地とは扱いが違う分、負担を負ってもらわねばならぬ」
「物はいいようだな。これを見る限り、難癖をつけて搾り取るだけ搾り取ってやろうって魂胆しか見えねえぞ」
書類をテーブルへ叩きつけ、クラウスは記載されている税の項目を次々と読み上げていく。
「どれもこれも聞いたことのない税金ばっかりだ。極めつけは『庇護税』ときた。こんなもん払わなくても、国が自国の領地を守るのは当然だろうが!」
いわゆる安全保障税みたいなものだろうか? だとしたら少しは納得でき……いや、金額が金額なだけに納得するのはなかなかに難しい。
クラウスに気圧されたのか、アルフレッドは額の汗をハンカチで拭ったままだし。ここへ来たのは失敗だったなとか思ってなきゃいいけど。
「……初めて適用する制度だからな。重臣たちも不安を覚えたのだろう」
ティーカップを戻し、ジークフリートは静かに口を開く。
「不安だぁ?」
「辺境の領主とはいえ、いわば特権を得たわけだからな。国王の威光を笠に、力を蓄えられては困るとでも考えたのだろうて」
「反旗を翻すとでも思ったってのか? バカバカしい。汗水垂らして働いた金を搾取されるんだ。領主へ反感を抱かせるだけだぜ?」
クラウスの言い分はもっともだ。オレとしても、領民の皆が頑張って働いてくれた分は、皆にきちんと還元したいしな。
……いや。もしかすると。
この税金っていうのはあくまで建前で、『お前のやることには目をつぶっておいてやる。その分、俺たちに金を払えよ』っていう意味も含まれているのだろうか?
そう考えると色々と合点がいく。重臣たちは保守派ばかりだというし、宗教の息が掛かっている人物も少なくない。
同性愛といった、こちらの世界の非常識を、常識として扱う領地の存在は都合が悪いのだろう。
だからといって、こういったやり口は閉口するしかないけどね。
「私が口を挟むのも何だがね、税を課すことにジークは最後まで反対していたのだよ」
声を上げたのはゲオルクで、穏やかな表情に苦悩をにじませながら話を続けた。
「発展途上の領地へ重税を課すなど愚行の極み、とね。将来へ投資できるだけの余力は蓄えさせやりたいとも言っていたな」
「止めろ、ゲオルク。結局は重臣たちに譲歩してしまったのだ。ワシの力不足に他ならない」
深く重いため息をひとつつき、ジークフリートは押し黙る。
「フン。どうせ『義理の息子が治める領地だけを優遇させるのはいかがなものか?』とか言われたんだろ? 気にせず押し通しちまえばよかったんだ」
「配下へ無用な不信感を抱かせるわけにもいくまいて。ワシは確かに国王ではあるが、独裁者になった覚えはないのでな。おぬしも為政者だったのだ。そのぐらいはわかるだろう」
諭すような賢龍王の呟きに、どうだったかなとそっぽを向くハイエルフの前国王。
やれやれと肩をすくめ、ジークフリートはオレを見やった。
「理解してくれとは言わん。が、ある程度の事情は汲み取ってもらえると助かる」
頷くオレに、義父は続ける。
「そなたの能力については秘密にしてある。短期間の内に、作物を複数回収穫できる能力など知られては、重臣たちはさらに重い税を課すだろうからな」
「なんだよ。重要なことはちゃっかり黙ってるんじゃねえか。悪ぃオッサンだな」
「当然であろう? 義理とはいえども我が息子なのだ。苦労させたくはない」
「よく言うぜ、昨日は一言も税について話してなかったじゃねえか」
「ワシとて本意ではなかった。が、文官の手前、配慮も必要なのだ」
「どうだかな。打ち明けたら嫌われるとか思ってたんじゃねえの? 将棋の相手をしてもらえないかもとかよ」
ケラケラ声を立てて笑うクラウス。「お義父さんに限って、そんなことあるはずないだろう」と苦笑しながらツッコミを入れたものの。
肝心のジークフリートは押し黙ったまま視線を室内へ遊泳させ、ゲオルクに至ってはティーカップを口元に運んで表情を隠している。
「……え? マジ?」
「お義父さん……?」
「ええい! 違う、違うぞタスクっ! ワシはあくまでも国王としての立場を守ってだな……!」
「うわー……。ウソだろ? 流石に引くわ、オッサン……」
「それはどうかと思いますよ……?」
「誓ってありえん! 本当だ、信じてくれ!」
必死に弁明を試みるジークフリートを眺めやりつつ、この人、本当に賢龍王って呼ばれてんのかなと疑問に思ってみたり。
とはいえ、話を聞いた限りでは、重臣たちとこちらの領地とでバランスを取った対応をしてくれたみたいだし。感謝するべきなんだろうな。
……自由の代償に金銭を支払うという点については、議論の余地があるけれど。
とりあえずはオレの望む方向で領地運営ができるだけ良しとしておくか。
***
「カワイイ息子から暴利を貪ろうってんだ! 苦情に文句、無理難題があるなら、今のうちにこのダメ親父へ言っておけっ!」
ジークフリートと取っ組み合いながらクラウスが声を上げた。
釈明に追われる賢龍王を煽っているうちに、自然とケンカへ発展したようで、仲裁に入ったゲオルクが互いの身体を引き離そうと努力している。
「……無理難題ねえ?」
って言われてもなあ。急に思いつくわけもないし。なんかあるかねえ?
「タスクさん。その、止めないでいいんですか?」
オロオロと狼狽えるのはアルフレッドで、オレはため息混じりに応じてみせた。
「いいんじゃない? やらせておこうよ」
「ですが……」
「オレに止められるわけないもん。下手したら死ぬし。いざとなったらハンスを呼んでくるさ」
「ですね……」
「どこか壊したら弁償してもらうから、記録だけはつけといて」
そんなやり取りを交わしながら、二八〇〇歳の古龍種と九六〇歳のハイエルフによる闘いを観戦すること十数分。
「あっ、ひとつだけあったな」
ようやく落ち着きを取り戻したふたりを前に呟くと、全員がこちらへ注目した。
「領地名って変えることできませんかね?」
ヨレヨレになったシャツを整えながら、ジークフリートが怪訝な顔を見せる。
「む? 前の『タスク領』という名前の方が良かったか?」
「いえ、それはもう勘弁してもらいたいんですけど。『国王直轄特別自治領』って、長ったらしいじゃないですか。いちいち呼ぶのが面倒というか……」
「長ったらしい……。面倒……。ワシが考えに考え抜いた渾身作なんだがな……」
まさかジークフリート本人が名付け親とは露知らず。
あからさまに肩を落とす義父を前に、どう声をかけたものか悩んでいる最中、クラウスの遠慮を知らない笑い声が室内に響き渡った。
「ゲラゲラゲラゲラ!! ダメだって、タスク、そんなこと言っちゃ! ジークのオッサン、ネーミングセンスが絶望的なんだからよ!」
クラウス曰く、龍人国の首都にもちゃんとした都市名があるものの、
「長い」
「覚えにくい」
「ごちゃごちゃして紛らわしい」
と、国民たちからは大不評。今では首都とだけ呼ばれているそうだ。
……それはかわいそうな気もするけど。一体どんな都市名なのかは実に気になるところだ。
「で? タスク君にはなにかいいアイデアがあるのかい?」
腹を抱えて笑い転げるクラウスをよそに、ゲオルクが場を取り繕う。ジークフリートに至っては未だに落ち込んだままだ。
「えーっと……。お、お義父さんの考えたやつもカッコいいのですが。ほ、ほら、庶民には感性が伝わりにくいといいますか……」
「よいのだ……。正直に言うがいい。ワシには言語的な芸術性が皆無だと」
うーん、フォローしようにもこのやさぐれっぷり。ごめんよ、義父さん。悪気があったわけじゃないんだ……。
ゲオルクの「いいから、放っておいて」という言葉に頷いてから話を続ける。
「実は、前々からこういう名前をつけたいなと考えていたものがありまして」
「ほう?」
「名は体を表すとも言いますし、自分自身が初心を忘れないためにという意味もあるんですけど」
「面白そうだな。聞かせてくれよ」
ようやく笑いを収めたクラウスが、興味をたたえた眼差しをこちらに向けた。
傾聴されるようなもんでもないんだけどなと思いながらも、オレは温めていたアイデアを伝えるのだった。
「……
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