207.伯爵

 外に出たオレたちを待っていたのは、十数名の文官を引き連れて歩くジークフリートとゲオルクで、完成したばかりの病院と学校を興味深げに眺めやっている。


 程なくして、ふたりともこちらに気付いたらしい。龍人族の王は上機嫌で手を振り、周辺へ響き渡るぐらいの大声でオレを呼び寄せた。


「おう! 久しぶりだな、我が息子よ!! 邪魔しておるぞ!」


 お久しぶりですと駆け寄るオレの肩へガッチリと手を回し、ジークフリートはさらに続ける。


「聞いたぞ、タスクよ。つい先日祭りを開いたそうではないか? ん?」

「ええ、そうですけど……」

「なぜワシを呼ばんのだ? つれないではないか。そのような楽しい催しがあるなら、執務など放っておいて」

「……ジーク」


 ゲオルクが咳払いをしてサインを送る。文官たちの恨みがましい視線を一身に集めて、ジークフリートは口をつぐんだ。


「おい、ジークのオッサン。そんな話をするより前に、いきなり大挙して押しかけた理由を聞かせてもらおうか」


 並び立つクラウスの言葉に、「おお、そうであったな」と応じる賢龍王。


「いや、特にこれといってなにかしようというわけではないのだ。むしろタスクにいい知らせを持ってきたというべきかな」

「いい知らせだぁ?」

「うむ。とにかく、そなたたちは視察の続きを頼むぞ。終わった後に式典を執り行うのでな」


 文官たちはうやうやしく一礼し、領地のあちこちへ散っていく。


 っていうか、式典ってなんだ? いい知らせを持ってきたって言うけどさ、オレとしては嫌な予感しかしないワケで……。


「そんなに父親を疑わんでもよかろう。正真正銘いい知らせなのだからな」

「はあ……」

「ああ、そうそう。式典にはそなたの妻たちも参加させる故、声をかけておくのだぞ?」

「いえ、それは構わないのですが……。一体なんの式典なのですか?」


 小首を傾げて尋ねた途端、よく聞いてくれたと言わんばかりにジークフリートはニヤリと笑った。


「新たな爵位を授けるための式典に決まっておろう。喜べ、タスク。今日からそなたは伯爵だ」


***


 おかしいと思ったんだよなあ……。


 爵位の授与に文官が揃うなんて領主任命の時以来だし、子爵の時なんかお義父さんが勲章放り投げて寄越すぐらいだったもんな。


 ご丁寧にわざわざ形式を整えてまで授与を行うっていうのは、何かしら裏があるんじゃないか?


 訝しみつつ臨んだ式典は領主邸の応接室で開かれることとなり、文官や奥さん方が揃う中、粛々と執り行われた。


 ジークフリートから直接手渡された伯爵位の勲章は、きめ細やかな銀細工が施されており、重量感よりも優美さを感じさせる作りである。


「――以上の儀をもって、貴殿を龍人国伯爵に封ずる。祖国へ忠誠を誓い、祖国の繁栄により一層努めること……」


 長ったらしい文面を荘厳に読み上げている文官には悪いけど、オレとしてはさっさと終わってくれないかなあとしか思えないわけで。


 ま、授与式が終わったところでお義父さんとの将棋に付き合わなきゃいけないだろうし、今日取り掛かろうと思ってた仕事はできないか。


 ……なんてことをね、真剣な顔つきのまま考えていたんですよ、ええ。


 そしたら、文官が予想だにしない言葉を続けましてね。


「――なお、本日をもってタスク領は廃止とし」


 ……はい? なんですって?


 ……え゛っ? ちょっと待って。……いま廃止とか言わなかった?


 思わずジークフリートの顔をまじまじと見やるが、賢龍王はニコニコと笑顔を浮かべたままだ。


 いやいやいや、何笑ってんですか、お義父さん! いい知らせどころか、ものすごく悪い知らせじゃん!


 何か言ってやろうかと口を開きかけた次の瞬間、文官は更にこう付け加えたのだった。


「同時に、黒の樹海一帯を『国王直轄特別自治領』と改め、タスク伯を領主に任ずる――」


***


 来賓邸の応接室ではおじさんたち三人が、マンガ本を囲みながら談笑をしている。


「良い出来ではないか、クラウスよ。仕上がりがどうなるかなど杞憂であったな」

「これでも苦労したんだぜ? これからバシバシ作っていくから、オッサンたちも宣伝よろしくな?」

「しかし、こうなってくるといよいよ将棋文化が根付いてくるな。ジークが建てた娯楽所も無駄ではなくなるということか」

「だからいったであろうが、クラウスよ。これが先見の明というものなのだ」

「まっ、将棋マンガが広まれば、将棋をやるガキ共も増えるだろうしな。ゲオルクのオッサンも普及に手を貸してもらうぜ」

「それは構わないが……。私はジークが執務を放ってまで普及に勤しむのではと思ってな」


 ……あのぉ、盛り上がってる最中に恐縮なんですが。


「一旦、詳しい話を聞かせてもらえませんかねえ? なんです? 『国王直轄特別自治領』って?」


 マンガをテーブルへ戻し、ジークフリートは何も問題ないだろうと言わんばかりの表情でこちらを見やった。


「名前の通りだ。本日よりこの領地は国王直轄の土地となる。喜べ、ワシ直属の管轄だぞ?」

「それがわからないって言ってるんです。今までとどう違うんです?」


 オレの問いかけに、ジークフリートは顎に手を当てて応じる。


「領主としては今までと変わらんが……。ほれ、以前、そなたに頼まれたことがあったであろう? 同性同士の婚姻の件とか。あれを解決するための手段がないものかと考えての」


 重臣たちの多くは保守派。納得させるにしてもよほどの特例を認めさせなければならない。


 とはいえ、そのような特例を成立させるためには国法を変える必要も生じる。そのような事態になれば、重臣たちの反発は必死だ。


「なにか妙案はないかと頭を悩ましている内に、あることを思い出してな。そなたの先輩にあたるハヤトのことだ」

「ハヤトさんですか?」

「うむ。二千年前、ワシが国王に就任したばかりの頃だがな。ハヤトにとある領地を任せようと、強引に成立させた制度があったのだ」

「それが『国王直轄特別自治領』なんですか?」

「そうだ。自治領においては領主の権限が強化される。国王ワシが認めさえすれば、独自の法や税を定めることも可能だ」

「なんと言いますか、反則技ですね……」

「うむ! ハヤトのためにワシが作った制度だからな! くだらないしきたりなんぞに囚われることなく、やつには存分に手腕を奮って欲しかったのだが……。奴め、辞退するだけに飽き足らず、そのまま故郷へ帰りおってからに……」


 ほんの一瞬だけ、感慨深そうな眼差しを向け、賢龍王は表情を改める。


「よもや役立つ機会が来るとは思わなんだ。ともあれ、この制度下であれば、そなたも辣腕を振るえるであろう? 多少の無理難題も、ワシが首を縦に振ればまかり通るからな」

「非常に助かりますが……。伯爵になる必要はどこにあるんです?」

「単なる箔付けだ。爵位が形骸化しているとはいえ、子爵を相手に特例措置を取るというのも外聞が悪いでな」

「そんな理由でいいんですか?」

「かまわんよ。分不相応だと思ったら勤勉に励めばいいだけのこと。そのうち伯爵としての自覚も出てくるだろうて」


 言い終えた直後、何かを思い出したのか、ジークフリートは苦笑を浮かべた。 


「どうしたんです?」

「いや、なに。つくづくそなたの願いから遠ざかっていると思ってな」

「はあ……」

「のんびりと穏やかに日々を過ごすのが、そなたの願いであったはずだろう? ますます多忙になるであろうし、昼寝を貪る暇もなくなるのではと、そんなことを考えたのだ」


 肩をすくめる義父を眺めやりつつ、オレは髪をかきむしった。


「そうは言いますがね、オレとしてはまだ諦めたわけじゃないんですよ」

「ほう?」

「優秀な人材が集まって開拓が進めば、すべての仕事を任せるつもりですからね。そうなれば自由です。奥さんたちとのんびり暮らすためにも、しばらくの間は頑張りますよ」

「そうかそうか。期待しておるぞ、我が息子よ」


 励ましの言葉もそこそこに、両隣のゲオルクとクラウスへ視線を走らせて、ジークフリートは呟いた。


「しかしなんだな。伯爵を相手にこんなことを頼むのは心苦しい限りなのだが……。いつもの面子も揃っておるし。どうだ? 今から」

「今から一局指そうって言いたいんでしょ?」

「その通り! 伯爵になる男は実に慧眼だな!」

「慧眼もなにも、いつもと同じじゃないですか」


 ガハハハハと豪快に笑った後、「そうであったな」と付け加え、将棋盤を取り出すジークフリートは。


 特別自治領だか伯爵だか、いまいちピンとこないけど、この分だと今までとやることはあんまり変わらないんだろうな。


 ……と。少なくとも、この時点ではそう信じて疑わなかったのだ。


 翌日、アルフレッドから、あの書面を見せられるまでは……。

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