206.フットマンと出版事業

 天界族がやってきた。


 ハンスがスカウトした、『フットマン』と呼ばれる男性たち四十名だ。


 とにかく印象的だったのはその筋肉で、皆、着ているシャツがはちきれそうなほどに、隆々とした肉体を誇っている。


 ワーウルフのガイアなんか、作業を放り出して見学にやって来たほどで、


「なかなか見事な筋肉! 我らと共に『マッチョ道』を極めませんかな!?」


 ……と、片っ端から勧誘しまくってたし。何人かは興味津々で話を聞いていたみたいだけど、筋肉同士、通じあえるモノがあるのだろう。


 ともあれ、これでようやく市場建設に取り掛かることができる。


 建築作業はオレも時折参加すると決めていたけど、現場の責任者はハンスへ任せることにした。


 天界族の中でも伝説の執事と謳われた人物なのだ。人望があるだけでなく、適切な作業指示や全体の工程管理も務めてくれるだろう。


 唯一気になる点は、遠く離れた米畑にも工事現場の声が届くことで……。


「ナイスバルク! 筋肉が輝いてるよ!」

「その筋肉を育てるには、眠れない夜もあっただろう!?」

「お前の背中、満月熊乗せてんのかいっ!」


 ここではすっかりお馴染みとなったボディビルの掛け声も、慣れていない人たちには当然ながら奇妙に思えるらしく。


「タスクおにいちゃん……。あのこえ、なぁに?」


 ……なんて具合で、収穫の手伝いをしてくれている猫人族の子供たちが怯える始末。


 大丈夫、怖くないよー。あのお兄さんたち、ちょっと変わってるだけだからね? あの声も「みんなで一緒にがんばろう!」って、そういう意味だから、ね?


 ……と、こんな調子で、子供たちのケアをするハメに。なんでオレがマッチョたちのフォローをせにゃならんのだ。


 とはいえ、このままでは子供たちの前でも半裸でポージング合戦しかねないからな。ハンスたちにはよくよく言い聞かせておこう。


 ……で。


 市場建設以外でオレが何をやっているかというと、ここ最近はひたすらに米作りへ没頭している。


 大陸中へ米食を普及させるためには稲作を拡張する必要があるし、味だってもっと向上できるはずだ。


 育てた米は子供たちにも受けがよく、給食で提供される焼きおにぎりは人気の献立となりつつある。


 自分たちが収穫を手伝っただけに、愛着もあるのかなと思っていたんだけど、純粋に美味しいと思ってもらえているらしい。自信に繋がるな。


 そういった理由で稲作にかかりっきりということもあり、他の仕事に関してはほぼノータッチである。


 それぞれの責任者へ任せっきりで、確認事項や報告、問題や相談があれば話を聞くといった日々なのだ。


 ノウハウの無い仕事へ口を挟んだところで邪魔以外の何者でもないしな。ここには各分野のプロフェッショナルが揃っているし、仕事には全幅の信頼を寄せている。各々の裁量下で自由にやってもらいたい。


 そんなある日のこと。


 執務室へ駆け込んできたのはクラウスで、「ついに完成したぞ!」と、マンガ本を片手に歓喜の声をあげるのだった。


***


 完成品は試作のものより装丁が美しく、見た目にも上質な紙へ印刷されていることがわかる。


「なっ、なっ? すげえだろ!?」


 鼻息荒く、興奮しているハイエルフの前国王を制しつつ、ペラペラとページをめくっていく。


 うん、落丁もなさそうだし、実に見事な出来栄えだ。


「エリーゼとソフィアには見せたのか?」

「いや、これからだな。まずは領主であるお前さんに見せようと思ってよ!」


 これだけのものが作れたのだ。作者であるエリーゼとソフィアも喜ぶに違いない。


 できるだけ早く見せてやれよと応じつつ、オレはマンガ本を返した。


「猫人族たちもよくやってくれたよ。一から仕事覚えるのも大変だっただろうけど、おかげでいいものが作れた」

「それはよかった。あとは部数を増やしていくって感じか?」

「そうだな! 大陸中へ普及させるためにも、ガシガシ増産体制に入んねえとな!」


 クラウスの言葉は情熱に満ちたもので、その熱意に圧されながらも、オレは前々から気になっていたことを尋ねてみる。


「そういやさ、聞こう聞こうと思っていて聞いてなかったことがあったんだけど」

「何だよ?」

「これ、いくらで売るつもりなんだ?」


 紙は高級品と聞いていたし、これだけ見事な出来なのだ。商品としては結構な値段になるんじゃないかと考えたのである。


 大人も読むとはいえ、メインターゲットは子供たちだし、お小遣い程度で買える金額でなければいけない。


「心配すんなよ。近所のガキどもが小遣いを出し合って買えるような値段にするからさ」


 ……それ、完全に元取れてないだろ? 子供たちがお金を出し合って買えるようなレベルの代物じゃないぞ、これ。


 その指摘に、クラウスは頭をボリボリとかきむしりながら、投げやり気味に応じてみせる。


「いいんだよ。赤字になったところで問題ねえんだ」

「赤字は大問題だろうが」

「だぁっ! うっせえなぁ! 赤字になってる分は俺自身が負担するからいいんだって!」

「……なんだそれ? どういうことだよ」


 しまったと言わんばかりのクラウスを追求すると、私財をなげうって出版事業を行っていたことがもれなく判明。


 以前、「事業資金に」と手渡した妖精鉱石についても、まったく手を付けておらず、ひとつたりとも売却していなかったそうだ。……おいおい、マジかよ。


 低価格で販売するマンガに至っては、その損失分を自分で補填するつもりだったらしい。


「いいんだよ。どうせ使わず貯め込んでた金だ。死んだところであの世には持っていけねえだろ? だったら未来のために有効活用しないとな」

「……あのなあ。出版は領地の事業でもあるんだぞ? 金がかかるなら相談しろよ」

「アホ抜かせ。第一だ、俺のワガママで取り掛かった事業なんだぜ? オレが勝手にやりだしたようなもんだし、てめえのケツはてめえでぬぐうさ」

「そうは言うがな、オレも共同出資者なんだ。いわば共犯みたいなもんだから、遠慮せず妖精鉱石を売って、資金の足しにしてくれって」

「領地の開拓にはまだまだ金がかかるだろうが。こんなくだらないことにお前さんの大事な金を使えるかよ」

「おいおい、くだらないとか言うなよ。オレにしてみてもマンガは大事な事業なんだからな。……それに」

「なんだよ」

「大変なことを黙ったままにされていたのは寂しい。オレたち、友達だろう?」


 友達、という言葉が響いたようで、ハイエルフの前国王は気まずい表情を浮かべている。


 いじけたように「だってよぅ……」と小声でブツブツ呟く様は、見た目相応の少年っぽさを思わせる。この人、一応、九六〇歳なんだけどなあ。


 ……はあ、まったく。


 普段はめちゃくちゃ頼りになるのに、不思議と頑なな所があるよな、クラウスは。


 とにもかくにも、アルフレッドを呼び寄せて緊急の対策会議を始めることに。


 アルフレッドは現状の赤字額に驚いていたものの、すぐに財務改善の計画に取り掛かってくれた。


 話し合いの結論としては、価格帯の異なるマンガを作り、販売と普及に努めるということで決着。


 紙や印刷品質に優れた高価なマンガ本は貴族や上流階級向けに販路を確保。


 一般庶民向けのマンガ本は、紙の品質を落とし、合間合間に宣伝広告を挟むことで低価格を実現させる。


 この宣伝広告に関しては、「面白い試みじゃないか! ぜひ、僕の店を宣伝させてくれ!」と、ファビアンが快く引き受けてくれたこともあり、すんなりと出資者が決まった。


 とはいえ、出版事業がギリギリなことには変わらず、軌道に乗るまではまだ時間がかかりそうだ。


 先行投資に赤字はつき物っていうけどさあ……。


「任せっきりだったオレも悪いけど、今後はもっと相談しろよな?」

「わかった! わかったって!」


 倒れ込むようにソファの背もたれへ寄りかかるクラウス。流石に少しは反省しているようだ。


「お話中のところ、失礼します」


 ノックと共に姿を見せたのはカミラで、一礼した後、領地へジークフリートとゲオルクがやって来たことを知らせてくれた。


「そうか、対応ありがとう。来賓邸にいるんだろ?」

「いえ、それが……いつもとは違うようでして」


 いつもと違うという一言に、オレとクラウスは顔を見合わせる。


「何がどう違うんだ?」

「ええ。本日は文官の皆様を同伴させておいでなのです。なにやら仰々しい様子でして……」

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