205.夏祭り(後編)

 ――自分を見失ってから、いったいどれ程の時間が経っていたのか……。


 正気を取り戻したオレが目にしたのは片付けに勤しむメイドたちと、グループを抜け出し、チョコレートクッキーアイスに舌鼓を打っているアイラの姿である。


 子供たちのためにと用意した『お好み焼き』と『いちご飴』だったものの、ソースの香りや映えるスイーツへ真っ先に反応したのは大人たちで。


 「領主様が見たことのない新作料理を作ってる」とか、「美味しそうな匂いがする」なんて声がたちまち会場中を駆け巡ることとなり、あっという間に長蛇の行列ができてしまったのだった。


 ……で。それを見た子供たちは「空いているところにいこう!」なんて具合に、他の出店へいっちゃうし。


 オレとしても、まさか「大人たちはダメだ!」なんて言えるはずもなく。


 行列をさばくため、無我夢中でお好み焼きを焼いていたものの、行列がなくなるより早く材料が尽きてしまい。


 結果として、子供たちにお好み焼きといちご飴を食べさせることができないまま、打ち止めを迎えることとなってしまった。 


 ……フフ、子供たちの人気を取り戻す完璧なプランが、ここまで見事に崩れ去るとはな……。


「……何度も申し上げておりますが、子爵は他の誰よりも慕われております。どうかご安心くださいませ」


 片付けの手を止めてカミラが口を開く。……そうは言うけどさあ。せっかくの機会だし、オレの作った料理で喜んでほしかったじゃん?


「ご心配は無用でしょう。子爵がこのような場を設けなければ、あのような笑顔は見られなかったのですから」


 戦闘メイドが目をやった先では、いつの間にか浴衣に着替えたベルが、猫人族の子供たちに浴衣を着付けている。


 先日、「浴衣っていうのはこんな感じの服で……」と、ベルにイラストでイメージを伝えたのだが。


 ダークエルフのデザイナーの手によって完成したそれは、日本で見る浴衣となんら変わらず、見事な出来栄えに仕上がった。


 隣では同じく浴衣に着替えたエリーゼが、猫人族の女の子を相手に髪を整えてあげている。


 お団子ヘアや編み込みなど、浴衣に似合うヘアスタイルに、女の子達も猫耳をぴょこぴょこ動かして笑顔を浮かべていた。


 男の子たちは男の子たちで、外灯球目掛けてジャンプしたり、会場中を所狭しと駆け回ったりと、負けじとはしゃいでいるようだ。


 ……そうだな。オレの計画は失敗したとはいえ、子供たちの元気な姿が見られただけでも満足しなきゃな。


 猫人族の大人たちも、だいぶ打ち解けてきているみたいだし。夏祭りの試みは成功だったと思うことにしよう。


「タスクさ〜んっ!」


 陽気な声で登場したはリアとヴァイオレット、それにクラーラとジゼルで、揃って浴衣に着替えている。


 リアは髪色と同じ淡い桜色をしたものを、ヴァイオレットは名前と同じ艶やかな紫色をしたものをまとい、どことなく気恥ずかしそうだ。


「えへへへへー! どうですかっ!? カワイイですかっ!?」

「おお、カワイイぞ、リア! ヴァイオレットもキレイだし、みんなよく似合ってる!」

「き、キレイだなんて……。そんな……」


 頬を染めて身体をもじもじとさせる女騎士を眺めやりつつ、オレはリアに問い尋ねた。


「ベルが用意したのか?」

「はいっ! せっかくの機会だしって! ボクたちみんなの分を用意してくれたんですけど」

「けど?」

「アイラさんだけは着るの嫌だって。食べるのを優先したいって言って、いつの間にかいなくなっちゃって」


 なるほど。アイスを頬張る前にそんなことがあったのか。今は場所を移動して、クラウスと談笑しながら、から揚げを食べてるみたいだけど。


 一緒にそれを眺めやっていたカミラは、深くため息をついて「アイラ様も子供っぽい所がございますね」と呆れがちに呟いた。


「ベル様がせっかく用意してくださったのです。こういう機会でないと着れないのですし、お召しになられるべきなのでは?」

「あっ、そうだっ。ベルさんから伝言なんだけど、カミラの分も用意してるって」

「……は? わっ、私の分です、か?」

「そうそう! 浴衣カワイイし、カミラも一緒に着ようよ!」

「い、いえ、そんな恐れ多い……。メイドとして仕事が残っておりますし……」

「なに、少しくらいなら構わないだろう。行こうではないか、カミラ殿」

「た、タスク様っ。 どうかおふたりを止めて……」

「うん。いいんじゃないか。オレもカミラの浴衣姿見てみたいし」

「決まりだね! それじゃあ行こっか、カミラ!」

「あっ、そんな! リア様、手を引っ張ら……」


 両腕をリアとヴァイオレットに掴まれたまま、カミラは強引に連れ去られていく。


 片付けは残ったメイドたちと一緒に、オレがやればいいだけの話だしな。


 三人を見送っている最中、残ったジゼルが呟いた。


「この浴衣っていう服、領主さんの故郷の伝統衣装なんですよね?」

「うん、そうだよ。気に入ったか?」

「ええ、とても! 私、この土地へきてから色々な体験が出来て、本当に嬉しくて!」


 クラーラの腕に掴まりながら、満面の笑顔を浮かべるダークエルフの少女。考えてみれば、ジゼルも国の中では厄介者扱いされていたんだっけ。


 今回の夏祭りが、彼女にとってもいい思い出になったならオレも嬉しい。


 夏祭りも成功したし、皆も楽しんでくれている。ひとまずは良かったと思うべきなんだろうな。


 個人的に残念なのは、アイラの浴衣姿を拝められなかったことぐらいか。絶対似合うと思うのに、色気より食い気が優先するからな、あいつ。


 そんなことを考えていると、エリーゼに連れられて、猫人族の子供たちが浴衣姿を披露しに来てくれた。


 抱きついてくる子供たちの頭を次々に撫でてやりながら、よく似合ってるよと声をかける。照れくさそうに笑う顔に頬を緩めつつ、祭りの夜は更けていった。


***


「さ、流石に疲れたな……」


 誰に言うまでもなく呟いて、寝室のベッドへ倒れ込む。


 あれからしばらく片付け作業をやっていたのだが、次から次に酒を勧める領民たちが現れては、そのたびに手を止めねばならず。


 しまいには残った戦闘メイドたちから「あとは我々にお任せください。というよりも、領主様がいると作業が進みませんので……」と、追い出されてしまったのだ。


 それからというもの、色々な人たちと酒を酌み交わし、子供たちの前でボディビルのポージング大会を始めようとするハンスたちを止め、クラウスにこき使われているアルフレッドを解放し、グレイスの元へ行かせてやったり……。


 つまるところ、どこへ行ってもなんだかんだと忙しく、隙を見て、逃げ帰るように領主邸へ戻ってきたというわけなのだ。


「でも、喜んでくれてたし……。夏祭り、やってよかったな……」


 寝返りを打って仰向けになった、その時。寝室のドアをノックする音が聞こえたのだ。


 はて? まだほとんどの人が祭りの会場にいると思うけど、誰だろう?


「どうぞ、開いてるよ」


 返事と共に現れたのはアイラで、言葉もなく、しずしずと部屋の中へ進み出る。


 声が出なかったのはオレも同じで、赤面したアイラの浴衣姿に息を呑み、ただただ見惚れるしかできない。


 白地に藍色と黄色の花が大きくデザインされた浴衣から、透き通るような肌が覗いて見える。


 栗色の長くつややかな髪も、アイラにしては珍しくワンサイドでまとめられ、美しく細い首元が強調されていた。


「べ、ベルがどうしても、どうしてもというからな? 着てやったのじゃ……」

「お、おう……」

「……ほ、他になにも言うことが無いのか、おぬしは」

「……あ。悪い、あまりに似合ってるから、ついまじまじと見ちゃって」


 頭上の猫耳がピクッと動く。


「ふ、ふ〜ん……。に、似合っておるか? そ、そうか?」

「うん。とってもカワイイぞ」

「っ……! そ、そうじゃろ……、そうじゃろ!? うむっ! 当然じゃ! 私が着たのだからな!」


 褒められたことで上機嫌になると、アイラはそのままベッドへ腰を下ろした。


「なかなかに楽しい催しじゃった。これだけ楽しいならば、夏だけとはいわず、季節ごとにやりたいものじゃな」

「そうだな。オレの計画はダメダメだったけどさ。子供たちも喜んでくれたし、定期的に祭りを開くのもいいかもな」


 身を起こして応じながら、アイラの隣へ腰掛ける。オレの腕にぽすんと頭を預け、アイラは口を開く。


「じ、実を言うとな。私はおぬしの計画が上手くいかないことを願っておった……」

「え゛? いやいやいや。子供たちには慕われたいだろう? 上手くいかないことを願うなって」

「し、仕方ないであろうっ!? 子供たちがおぬしに付いて回るようでは、私としてもやりにくいというか、その……」

「?」

「お、おぬしに、あ、甘えにくいというか……」


 言い淀んだまま、アイラは押し黙る。腕に押し付けられた顔からみるみるうちに熱が伝わり、頭上からは蒸気が立ち上っているようにも思えた。


「なんだよ、甘えたいなら、いつでも甘えて貰って構わないんだぞ?」

「そ、そうは言うが……。こ、こっちとしても心の準備がっ……!」


 たまらずアイラを抱きしめて、そのままベッドに押し倒す。


「にゃっ……!にゃにを……」

「ご期待に応えるべく、甘えさせてあげようかなって」

「こ、このような状態で、あ、甘えるとか…」

「いやあ、そこは頑張ってほしいなあ。ね? アイラさんや」

「お、おぬしという男は本当に……」

「はいはい、文句は後で聞きますので。今は……ね?」


 潤んだ瞳と共に「……阿呆ぅ」と囁く声が耳元へ届く。そして、しなやかな腕が背中に回された。


 祭りの余韻に浸る歓声が窓の外から響き渡り、多少うるさくしたところで誰にも気付かれないだろう。……多分。


 甘い夜は過ぎていき、こうしてはじめての夏祭りは無事に幕を下ろした。

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