203.夏祭り(前編)

 学校が開かれて数日経ったある日のこと。


 夕食後のお茶を楽しみながら、オレはこの数日間考えていたことをみんなに相談していた。


「……歓迎会?」

「そう、猫人族たちの歓迎会。開いてやりたいなって思ってさ。どうだろう?」


 突然の発言に反応したのは隣に座るクラウスで、ティーカップをテーブルへ戻しながらこちらを見やった。


「歓迎会をやることは賛成だけどよ、猫人族の性格上、きっと辞退すると思うぜ?」


 そうなのだ。それが今回、歓迎会を開こうと思い立った理由のひとつでもあるのだが……。


 ここで暮らし始めてしばらく経つというのに、移住してきた猫人族は未だよそよそしく、要するに何をするにも遠慮気味なのだ。


 他の領民に対しても敬語みたいだし……。今までの環境が劣悪だった分、現状に戸惑っているのかもしれないけど、いつまでもそれが続くようでは困る。


 領民の中には上も下もないし、領主であるオレですら、普段の会話がタメ口でも問題ないと思ってる――ハンスには示しを付けてくださいって怒られるけど――からなあ。


 もうひとつの理由は……。ま、これはあとで話すとして。


 とにかく。


 一刻も早く領地に親しんでもらうため、他の皆との交流を図ってもらうためにも、手段を講じるべきだと考えたのだ。


「領民たちとの交流を図るための歓迎会、それは問題ないかと思います。しかし……」


 テーブルの奥まった場所へ腰掛けるアルフレッドが口を挟んだ。


「今まで移住してきた領民たちへは、そのような催しを開いておりません。猫人族だけを特別扱いしては、無用な反発を招く恐れがあるのでは?」

「オレもそう思う。だからさ、歓迎会を装った別の催しを開くことで、みんなに楽しんでもらおう、ってね」

「おっ。いいアイデアがあるのか?」

「もちろん!」


 テーブルに座る面々の視線が集まるのを確認してから、オレは続けた。


「夏祭りを開くのさ!」


***


 夏祭り、という言葉に慣れていないのか、みんなの反応はイマイチで、頭上へ疑問符を漂わせている。


 こっちの世界のお祭りといったら、年越し兼新年を祝う祭りと収穫祭しか無いって話だしな。夏に何を祝うんだって思われても当然か。


「地域ごとにローカルなお祭りがあるというのは、文献で読んだ記憶がありますけど……。夏祭りというのもそういうものなのですか?」


 リアが小首を傾げつつも、学術的関心の眼差しを向けている。


 『お盆』の概念は説明しにくいし、ざっくりと日本の祭りがどんな感じかだけ話せばいいかな?


 というわけで、


「夏祭りっていうのは様々な露天商が設けられて、浴衣っていう伝統衣装を羽織りながら、飲み食いや遊びを楽しんだり、歌ったり踊ったりしながら過ごすイベントなんだよ」


 ……と、こんな具合で割愛にも程がある解説をすることに。盆踊りを歌ったり踊ったりって説明するのは我ながらどうかとは思ったけど。


 こういうことは楽しい雰囲気が伝わることが何より重要だしね。細かいことは気にしない!


 それに、こんな雑な解説でも興味を引くことには成功したようで、アイラなんかはテーブルへ身を乗り出しながら、頭上の猫耳をぴょこぴょこ動かしている。


「た、タスクよ。その、飲み食いというのは露天商が提供するのかえ?」

「ああ。いろんな店があってな。焼きとうもろこし、イカ焼き、あんず飴。あと、こっちの世界にはないけどたこ焼きっていう料理とか」

「ふ、ふ〜ん……。実際に食べたことがないから、なんとも言えんが……。なかなかに良さそうな催しではないか」


 これといって関心がなさそうな表情を見せつつも、アイラはこれ以上なくしっぽを激しく揺らすのだった。素直じゃないなあ、まったく。


 続けて声を上げたのは褐色の美しいダークエルフで、はいっはいっと勢いよく挙手をしながら、キラキラとした瞳を浮かべている。


「ねえねえ、タックン☆ その、ゆかた? っていう服、カワイイの?」

「そうだな。シンプルなやつだけじゃなく、可愛らしいやつもあって、女の子の人気も抜群だよ。夏祭りデートコーデの鉄板だね」

「デートっ!? うきゅ〜♪ ウチ、そのゆかたっていうの、作ってみたいナっ★」


 カワイイとデートというキーワードが響いたらしく、想像の世界へ翼を広げているのか、ベルは身悶えはじめた。


 他の面々も夏祭りというものについておおよそのイメージができたらしく、場の雰囲気は強い興味へ取って代わりつつある。


 隣同士で声を交わし合っている様を眺めやりつつ、オレは声を上げた。


「露天商に関しては、グループをいくつか作って飲食物を用意してもらおうと考えている。店番も交代制にすれば祭りを平等に楽しめるだろうしな」

「同じ料理を用意する可能性もあるんじゃねえか?」

「事前に申告してもらうよ。被るようなら、グループ同士話し合いで調整だな」

「じゃ、俺はから揚げ屋でもやるかな。一番乗りだから真似すんなよ?」


 声高らかに宣言するクラウスへ驚きの眼差しを向けるアルフレッド。


「え゛っ!? ご自身で露天商を引き受けられるおつもりですか!?」 

「あったりまえだろぉ? こういうのは楽しんだもん勝ちなんだよ。第一、他人事じゃねえんだぞ、アル。お前にも手伝ってもらうからな?」

「ぼ、僕も、ですか?」

「タスクが言ってただろうが、グループ作るって。お前も俺と一緒にやるんだよ」


 そう言って、半ば強引に自らのグループを結成し始めるクラウス。話が早くて助かると言うか、気が早いと言うか……。


「はいはいはいっ!! それじゃあボクも! ボクも露天商やりたいです!!」


 続いて手を上げたのはリアで、先日イヴァンが持ってきてくれたスパイスを使って、カレー屋をやりたいそうだ。


「リアちゃんがやるなら、私も参加するわ! 当然よね、だったそこには愛があるも……」


 胸を張るクラーラの言葉尻を遮り、ジゼルが口を開く。


「お姉さまが参加されるなら私も! だって、そこには愛がありますからっ!」

「アンタはいいのよっ、やらなくてもっ……!」

「ああん、いけずです、お姉さまっ!! お供させてくださいぃ!!」


 なんだかんだありつつも、夏祭りは開催することでまとまりつつあり、とにもかくにも一安心。


 早々に準備を進めようと思いやっている最中、エリーゼが控えめな口調で問い尋ねた。


「と、ところで、タスクさんは何をやられるのですか?」

「オレ?」

「は、はい。タスクさんもお店を出されるのかなって思って……」


 む、なかなかに鋭い。エリーゼの言う通り、夏祭りを開こうと考えた時、オレ自身、露天商をやろうと思っていたのだ。


 そしてこれが歓迎会を装った夏祭りを開く、もうひとつの理由でもあるのだが……。


 それはまた、別の話に。

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