202.学校
紆余曲折あったものの、ルーカスを校長に据えて学校運営が始まった。
二十人いる猫人族の子供のうち、六歳以上の十六名が生徒として通うことになる。
残り四人の子供についても、託児所代わりに学校で面倒を見ようかと相談を持ちかけたんだけど。
猫人族の親御さんたちから、そこまでしていただくのは申し訳ないと辞退されてしまった。遠慮しなくてもいいのになあ?
とはいえ、このまま子供たちが増えていくようなら、保育所みたいな施設も検討しなきゃいけない。
男女関係なく働いてもらっているし、せめてそのぐらいはサポートしなければ。
懸念していた授業内容については、簡単な読み書きと足し算引き算ができることを目標に進めることとなった。
こっちの世界の初等教育がどのようなものかはわからないけど、文章を作成する能力や、四則演算ができるようになれば上等らしい。
社会や理科といった教科は追々進めていくとして……。
授業以前にとある事情から、子供たちには『学校へ通う』ということに慣れてもらう必要が出てくるのだった。
***
学校が始まる前日のこと。
領主邸へ遊びに来ていた子供たちへ、「明日から学校が始まるぞー! 楽しみだろー?」なんてことを話していたんだけど……。
「がっこうってなに?」
「べんきょー? おいしいの、それ?」
「ずっとおそとであそびたい!」
とまあ、見事なまでに子供たちの反応が悪くてですね……。領主としてはガッカリするしかないわけですよ。
領主のお兄さんは君たちのことを思って学校を建てたんだけどなあ……。
「……がっこうって、タスクおにいちゃんもくるの?」
途方に暮れそうなところを食い止めたのは、オレの膝に座る猫人族の女の子で、頭上の耳をぴょこぴょこと動かしてはこちらの様子を伺っている。
「お兄ちゃんは先生じゃないからなあ……。皆と一緒に学校へいけないんだよ。ゴメンな?」
「そっか……」
見るからにしゅんと落ち込む女の子は、うつむきながら小声で、
「おにいちゃんがいっしょだったら、うれしいのに……」
……なんてことを言ってくれるわけですよ。もうね、オレはこの時、決意を固めたワケですわ。
そうだ! 子供たちと一緒に学校へ通おう! ……って。
……いや、違うんスよ、ロリコンとか、そういうんじゃないんスよ。マジで。いや、マジでっ!
正直な話、聞いたこともない場所へ子供たちをいきなり通わせるのは厳しいかなと、前々から思ってはいたのだ。
一緒に遊んでいる大人たち……、例えばアイラやリアが一緒なら、子供たちだって安心して通えるようになるだろう。
教師経験のないルーカスだって、他にサポートがいれば心強いはずだ。
そういうわけで、急遽ではあるけど、しばらくの間は大人をひとり付き添わせることに決定。ローテーション制にすれば仕事も支障をきたさないだろうしね。
給食はカミラたち戦闘メイドが担当してくれる。リアとマルレーネが栄養バランスについて助言をし、それをもとにして献立を考えるそうだ。
ちなみに。
学校が始まる前、カミラは執務室へ姿を見せたかと思いきや、うやうやしく一礼し、
「いくら子供たちが可愛いとはいえ、むやみやたらおやつをあげるのはお止めください。ご飯が食べられなくなってしまいます」
……なんて具合で忠告しにきまして。
実にもっともだと思ったので、オレも言ってやったワケですよ。
「当たり前だろう? お菓子じゃなくて、食事でお腹をいっぱいにしなければ。カミラたちが愛情を込めて用意してくれる給食を無駄にはできないからな!」
……と、こんな感じで応じながら、用意していたビスケットの入った袋を、バレないよう執務机の引き出しへ押し込んだりしてました。
ハイ……。駄目な大人でゴメンナサイ……。
だってさ、いっつも美味しそうに食べてくれるんだよ、あの子達。そんなの見たら、おやつあげたくなるじゃんか!
とはいえ、このまま続けていたらカミラになんて言われるかわかったもんじゃないしなあ。
ファビアンを相手にしてる時みたく、毒を吐かれたらと思うと恐ろしいし、ここは大人しく止めておこう……。
***
授業は午前中のみ行われることになった。
子供たちの集中力は長続きしないだろうという結論の下、給食が終われば下校となる。
わずかな授業時間にも関わらず、ルーカスの授業プランは見事なもので、短時間で色々なことを体験できる内容が整えられていた。
本人がこだわった芸術の授業に関しても、読み書きの授業と計算の授業の合間に行うことで、息抜きを図っているらしい。
その話を聞いた時、芸術の授業が息抜きになるのかと疑問に思えたものの、授業内容としてはお絵かきしかやっておらず、しかも子供たちには好き勝手に描いていいと伝えているそうだ。
「最初から堅苦しいテーマや絵を描く手法を叩き込んでもつまらないでしょう? 自由にのびのびと、なにより楽しんでもらうことが重要なのですよ」
そう言ってルーカスは白い歯を覗かせる。てっきり、英才教育を施すもんだと思っていたので、かなり意外だ。
授業方針としては全面的に賛同したいところなんだけど……。
子供たちが絵を習い始めたと知った一部の同人作家が、将来有望なアシスタントにと青田買いの様相を呈し始めたので、それを全力で阻止することに。
特にソフィアとグレイス! 自作のチョコレートで子供たちを釣らない! あとマルレーネ! 怪しい性癖を教えないように! ……ったく、油断も隙もないな。
クラウスはクラウスで。
「絵を習わせるんなら、将棋も習わせようぜ! 頭を使う遊びだし、勉強の役に立つからよ!」
と、猛プッシュしてくる始末。授業じゃなくて、普通に遊んでやればいいだけの話だろうが。
あ、そうそう。クラウスといえば、試作のマンガが何冊か完成したということで、それは読み書きの教材として使わせてもらうことになった。
マンガなら手っ取り早く文字に触れられるし、授業にうってつけだ。子供たちには楽しみながら読み書きを学んでもらいたいしね。
それと、これは余談になるんだけど。
学校を終えた子供たちは、探検がてら大人たちが働いている職場を巡っているようで、オレがいる米畑にも姿を見せるようになった。
見様見真似で収穫を手伝う様子は健気で可愛い。子供たちの話によれば、職場巡りにも人気があるらしく。
一位はチョコレート工房、二位は菓子工房、三位がオレのいる米畑だそうだ。
一位、二位に関しては「お菓子がもらえるから」というのが人気の秘密だそうで……。
くっそー……、お菓子で人気取りとかさ、大人たち卑怯じゃないか? オレが子供たちへおやつをあげるのをどれだけ我慢してるか、あいつらわかってんのかね?
とはいえですよ?
逆説的に考えれば、おやつをあげていないにも関わらず、三位に食い込むオレってば人気者なんじゃなかろうかと。
いやあ、やっぱり子供たちに慕われる領主を目指しているわけでね。子供たちの素直な感性には、それがわかっちゃうんだろうなあ。
……ってね? そういうことを考えていたんですよ。でもねえ、子供たちの正直さっていうのは時に残酷なものでして、ニコニコしながらこんなことを言うわけです。
「あのね! ここにくると、しらたまとあんこにあえるから!」
「せなかにのって、いっぱいはしってくれるの!」
子供たちの声に「みゅ!」という鳴き声を上げて応える二匹のミュコラン。ドヤ顔をするな、ドヤ顔を。
いや、わかってた、わかってたよ……。ふわふわもこもこしてるもんな……。子供たち、そういうの大好きだもんな……。
時折、子供たちに混じって、女騎士がはしゃいでる姿を見ないこともないんだけど。仲良く遊んでるみたいだから、何も言うまい。
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