201.久しぶりのルーカス

 夏の同人誌即売会が終わり、エリーゼたちが戻ってきた。


 ソフィアとグレイスの他、四十人の同人作家に加え、マルレーネと同じ『這い寄るお医者さん』のメンバーだという三人の医師も一緒だ。


「タスク様。紹介しますわ。私の友人で皆、優秀な医師ですの」


 知的な顔へ穏やかな笑みをたたえ、マルレーネが呟く。


 頭を下げる三人はすべて女性なのだが、天界族・ハイエルフ・ダークエルフと種族はバラバラだ。


 にも関わらず、好みの性癖は触手と見事に一致しているそうで、非常にウマが合うらしい。


「とは申しましても、『触手道』は一筋縄ではいきません」

「私は女の子同士が触手プレイに興じるのが好みで」

「アタシは女の子が触手を使って男の子を屈服させるのが好き」

「自分は推しカップルが、触手でめちゃくちゃにされてるところをひたすら眺めていたいですね」


 ……そんなことを言われてもなあ。「あっ、そうですか」としか返すことが出来ないわけで。だいたい、何だよ『触手道』って。初めて聞いたわ、そんなパワーワード。


 ともあれ、優秀な医師には違いないらしい。


 リアやクラーラへ紹介しようと連れて行った所、その知識の豊かさにふたりとも感心していたからな。


 ただ……。同時にクラーラからは、


「なんでアンタの周りには、クセの強い変わった人しか集まらないワケ?」


 なんて具合に、本気で問い詰められてしまったわけだけど。


 そうは言うけどさ、クラーラ自身も相当アレだと思うぞ? 類は友を呼ぶっていうじゃんか。あとが怖いから黙っておくけど。


 とにかく、医師たちが勢揃いしたこともあり、病院建設は本格的に始動することとなった。


 場所は領地の中央部分である。ガイアやロルフたちが手伝ってくれる中、医師たちの意見を聞きながら作業に取り掛かる。


 備品類はそのほとんどを、ハイエルフの国から仕入れることになった。アルフレッドの話では、龍人族の国は医療関係の管理が厳しく、諸手続きも煩雑なことから時間がかかりすぎるそうだ。


 こちらとしては、品質に問題なければどこの国のものでも構わない。安心安全で使えることが第一だからな。


 驚いたのは、注文からわずか数日の間にすべての荷物が届けられたことで。


 医療関係のものばかりだし、緊急性の高い品として、急ぎ手配してくれたのだろうかと思っていたんだけど。


「やあやあ、タスク君! 君の心友しんゆう、ファビアンが戻ってきたよ!」

「領主殿、ご無沙汰しております」


 輸送隊を率いるファビアンと共に姿を表したのは、ブロンド色の長髪が美しいイケメンハイエルフで、オレは目を丸くしながらその人物を眺めやった。


「ルーカスか!? 久しぶりだな!」

「ええ。アルフレッド殿とは何度となくやり取りさせていただいているのですが。領主殿には長らくご挨拶も出来ませんで、申し訳ございません」

「いやいや、気にしないでくれ。そうか、手配を整えてくれたのはルーカスだったのか」


 うちとの交易を担当しているルーカスなら、荷物の手配も容易いことだろう。早く届いたのも納得だ。


「国での最後の仕事ということもあり、できるだけ早くお届けしようと張り切ってしまいました」

「……最後の仕事? ルーカス、仕事を辞めたのか?」


 ハイエルフの国で交易と移住を担当してたはずだよな? 結構偉い立場だと思っていたんだけど、そんな急に辞めてもいいの?


「ファビアンから誘いを受けましてね。一念発起、新たな人生の一歩を踏み出そうと決意したのです」


 疑問に応えるルーカスの顔は活き活きとして、微塵も後悔を感じさせないものなんだけど。


 オレとしてはファビアンの誘いという言葉に嫌な予感を覚えてしまうわけで、悲しいかな、その予感は見事的中してしまうのだった。


「喜んでくれ、タスク君! 前に話していた教師の件! ルーカスが快く引き受けてくれたよ!」


***


 執務室に爽やかな香気が漂い始めた。


 手際良く紅茶を淹れるカミラを前に、ファビアンとルーカスは口説き文句を繰り返している。


 戦闘メイドが毒づいて応じる空間の中で、オレは静かに頭を悩ませていた。


「まっ、いいんじゃねえの? 来ちゃったもんはしょうがねえよ」


 隣へ腰掛けるハイエルフの前国王が投げやりがちに呟く。


「今更どうしようもねえんだし、悩むだけ無駄だぞ?」

「わかってるんだけどさあ……。エリート街道真っ只中にいる人が、いきなり仕事辞めてくるとか予想できないじゃんか……」


 そうなのだ。クラウスの話によれば、ルーカスが担当していた仕事はかなり重要なポストで、このままいけば国の要職間違いなしとのことで。


 辞めると言い出した時も、周囲から「なんで!?」と止められたらしい。そりゃあそうでしょうよ。


「より魅力的な環境を選んだまでです。皆にはそれがわからないのでしょう」

「その通りっ!! 真に高尚な価値観は得てして凡人には理解できないもの!! 我が友ルーカスの判断に一点の曇りもないっ!」


 勢いよく席を立つファビアンに、「迷惑なので黙って座ってください。っていうか、一言も発しないでください。永遠に」と、冷たくあしらうカミラ。いいぞ、もっと言ってやれ。


「子供は未来への希望です。その子供たちの教育に携われるのは、私としても僥倖なこと。何より、教師というのは崇高な職務ではありませんか」


 そう言ってルーカスは瞳を爛々とさせている。確かにその通りなんだけどさあ……。


「いいじゃねえか。いずれにせよ教師は必要になるんだ。やりたいやつにやらせてやれよ」


 ティーカップを口元まで運び、クラウスが呟いた。


「それに責任者も必要になる。ルーカスなら優秀だし、任せても問題ないんじゃね?」


 直後にぼそっと付け加えられた「まあ……。性格はアレだけどよ……」という一言に、一抹の不安を覚えるんですけど。


 とはいえ、クラウスの言うことも一理ある。いまの所、責任者の候補もいないし、教師集めも急務だ。


「……わかった。それでは当面の間、学校長兼教師として、その腕をふるってくれ」

「お任せください! ご期待に添えるよう、精一杯務めます!」


 力強い宣言とともに、胸を張るルーカス。その表情は自信に満ち溢れたもので、子供たちを正しく導いてくれると確信させた。


 ……とはいえ、肝心なことはまだ聞いておらず。


「ところで、子供たちには何を教えるつもりなんだ?」


 教師をやってもらうのはいい。授業内容をどうするかということが問題で、その疑問にルーカスとファビアンは次々と声を上げた。


「もちろん、芸術です!」

「僕は言っただろう、タスク君! 芸術の教師を探してくるって!」

「芸術だけを教えるわけにもいかないだろ。教師なら、他のことも教えないとさ」

「芸術しか教えないつもりですが?」


 キョトンとした表情を浮かべるルーカス。……は? 本気か?


「本気も何も、もとより優れた芸術家を育むつもりでしたから!」

「我々、『シェーネ・オルガニザツィオーン』は美を追求する組織! 芸術以外何を教えるというのだね!?」


 あー……。これは……。ちょっと早まったかなあ……。


 隣ではクラウスが、


「なんか……悪ぃな」


 とだけ呟いていたんだけど。いやいやいや! 謝るぐらいならなんとかしてくれ! 子供たちの未来がピンチなんだぞ、おい!


 とりあえず、だ。


 授業内容については他の面々を加え、早急に取りまとめることに決定。バランスの良いカリキュラムを組むと念を押すことに。


 子供たちの笑顔を守るためにも、楽しい授業を目指そう。いや、マジで。

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