200.猫人族の子供たち

「しらたまぁ、あんこぉ、出かけるぞー」

「みゅ〜!」


 稲作の状態を確認しに向かう前、オレは一旦、領主邸の庭に据えられた大きな小屋へと足を運んでいた。


 しらたまもあんこも米が大好きなので、収穫がてら食べさせてやろうと考えたのである。


 違和感を覚えたのはこの直後で、頭を擦り寄せる二匹を撫でている最中、誰かに見られているような感覚を覚えたのだ。


 辺りをキョロキョロ見渡してみると、すぐにそれが錯覚ではないことが判明した。


 離れた場所から無数の視線がこちらへと向けられていたのだ。


 じーーーーーーーー……。


 領主邸を取り囲む外壁から、姿を半分だけ覗かせてオレを凝視していたのは子供たちで、頭上の猫耳をぴょこぴょこと動かし、様子を伺っているようにも思える。


(ああ、猫人族の子供たちか)


 人間でいえば五、六歳といったところだろうか? 男女混じった子供の集団はオレが見ていることに気付いたらしく、あわあわと狼狽えた後、外壁へ身を隠した。


 ……なんといいますか。身を隠したっていっても、茶色いしっぽが見えているんですけどね……。


 そのまま眺めやっていると、再び子供たちは外壁からひょっこりと顔を覗かせ、そしてオレと視線が合った途端、再度その身を隠した。


 ……怖がられてるわけじゃないよな? 領主としては子供たちにも親しみを持ってもらいたいんだけど……。


 そんなわけで、三度顔を覗かせた子供たちに、オレは極力優しく微笑んでから、「おいでおいで」と手招きをしてみせる。


 数秒間の協議を重ね、集団の中から三人の子供が恐る恐る近付いてきた。ひとりは男の子で、残るふたりの女の子はその背中へ隠れながらこちらを見つめている。


「こんにちは」


 目線を合わせるためその場へしゃがみ込み、穏やかに話しかけた。そよ風に消え入るような挨拶が聞こえたのを確認してから、オレは子供たちへ問いかける。


「昨日引っ越してきた子たちだね?」

「……(こくり)」

「お兄さんの名前はタスクっていうんだ。これからよろしく頼むよ」

「……(こくり)」


 ……うーむ。気まずい。


 大人しいというか、警戒されているというか……。突如現れたおっさん……じゃなかった、お兄さんに戸惑っているだけなのか判断が出来ない。


「みゅみゅ」


 どうしたものか頭を悩ませていると、しらたまとあんこがオレの背中を優しくつついた。


「みゅー」


 言葉はわからないけど、何を言いたいかは十分に伝わる。


 そうだな。子供たちと手っ取り早く仲良くなるためには、一緒に遊ぶのが一番だよな。


 三人の子供たちへ向き直り、オレは改めて問いかけた。


「よかったら一緒に遊ばないか? この子達もみんなと仲良くなりたいって言ってるし」

「……い、いいの?」


 おどおどとしたか細い声に、「モチロン!」と力強く頷いて応じる。


 みるみるうちに輝きを帯びていく幼い表情から、「うん!」という声が上がったと思いきや、残りの子供たちも歓声と共に飛び出してきたのだった。


***


 領主邸の庭に笑顔が咲き誇っている。


 猫耳としっぽをぴょこぴょこ動かし、所狭しと駆け回る猫人族の子供たち。それを追いかけているのはアイラで、「捕まえてやるぞぉ」と、率先して鬼ごっこを満喫している。


 オレ? オレはもう疲れ果てました……。子供たちのあの無尽蔵なスタミナは一体なんなの……? こっちの息が上がるのおかまいなしで、延々と走り続けてるんですけど。マジでおかしくね?


 そんなこんなで地べたに座り込んで、隣に座ってる女の子達が作った花の冠を頭へ乗せてもらったりしてるわけですわ。……休憩じゃないって、立派な遊び相手になってるんだって!


 しらたまとあんこは子供たちを交代交代に乗せて、あちこちを駆け回っている。疲れが見えてきたら休ませてやろうと思っているけど、今のところは大丈夫なようだ。


「みんなぁ。おやつですよぉ!」


 バスケットを抱えたリア目掛け、一斉に子供たちが駆け寄っていく。


「井戸があるから、そこでちゃんと手を洗ってからね」

「「「はぁい!」」」


 ニコニコ顔のリアに引率されて、子供たちが井戸へ向かっていく。微笑ましい光景に目を細めていると、息を切らしながらアイラが近付いてきた。


「お疲れ様。……アイラでも息が上がるんだな?」

「消耗の具合が半端ではないからの……。狩りとは違う過酷さじゃ」

「悪いな。任せっぱなしで」

「気にするな。子供は遊ぶことが仕事じゃ。元気な姿が見られるだけで、私も嬉しいしな」


 アイラとしても思うことがあるのだろう。同じ様に目を細めながら子供たちを眺めやっている。


 その後、慌てふためきながら領主邸に姿を見せたのは猫人族の母親たちで。


 恐縮したように、何度も頭を下げては謝罪の言葉を繰り返す母親たちを落ち着かせてから、オレは笑顔を向けた。


「遊びに誘ったのはこの私だ。子供たちは何も悪いことをしていない」

「で、ですが……」

「子供たちの元気な姿が見られるのは、私も嬉しい。どうか気にすることなく、気軽に遊ばせてやってほしい」

「お、恐れ多いことでございます……」

「そんなに縮こまらないでくれ。子供たちは国の宝であると同時に、明るい未来でもある。健やかに成長できるよう、私も努力しよう」


 さらに領主邸の庭で遊ぶことを認め、どうか叱らないでやって欲しいとも付け加える。


 母親たちはひたすら恐縮した感じだったけど、オレ個人としては恐れられる領主より、親しみやすい領主の方が嬉しいしな。


 とはいえ、母親たちの気持ちもわからなくはない。子供たちにお土産のおやつを持たせて、この日は解散することになった。


「またねー! お兄ちゃん! お姉ちゃん!」

「ああ、また遊びに来るんだぞ!」

「今度は本気で捕まえるからのぅ!」

「お家に帰ったら、手洗いとうがいをするんですよー?」

「みゅー!!」


 大きく手を振る子供たちに、手を振り返して応じる。今まで辛いことがあっただろうけど、この土地で暮らしている以上、笑顔で日々を過ごして欲しい。


 それと、子供たちのための学校授業も進めなければ。


 遊ぶことも大事だけど、同じぐらいに学びも重要だ。一日でも早く学校を開くために準備を進めるとしよう。

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