199.クラウス邸での飲み会
その日の夜。
夕飯を終えたオレとアルフレッドは、クラウスの住居となった旧領主邸に足を運んでいた。
夕飯を終えたハイエルフの前国王から、「よかったら家で飲み直さないか?」という誘いを受けたのだ。
ちょうど、アレックスとダリルから試飲用にワインを何本か渡されていたし、男同士語り合う夜もいいだろう。
リビングのテーブルにはナッツ類、チーズ、魚のマリネなどのつまみと、塩ゆでされた枝豆が並べられている。
大豆はあるのに枝豆を食べる習慣がないことから、わざと未成熟の大豆を収穫して茹でてみたんだけど。ふたりともいたく気に入ってくれたようだ。
「こいつぁは美味い! さや付きの大豆を茹でただけなんだろ? 楽でいいな!」
「食感も楽しいですね。こう、さやから口へ放り込む感覚も楽しいといいますか、クセになるといいますか」
エールを用意するべきだったかと思ったものの、ワインと枝豆の組み合わせもなかなかにオツである。
アレックスが「まだ若いのですが」と言っていたワインも、スッキリした飲み口で実に美味い。
グイグイいけちゃうタイプのワインに、クラウスのグラスが一瞬にして空になったと思いきや、間髪を入ることなく、透明な液体が注がれていく。
ったく……。この前みたいに二日酔いになっても知らんぞ?
「久しぶりの酒なんでな。これぐらい見逃せよ」
「始まって間もないのに、早くも一本空きそうなんだ。ちっとはペース落とせって」
「酒は百薬の長だぞ? 長期任務を終えた身体にはうってつけってワケ」
「……夕飯の時に、山盛りのから揚げ食べながら『疲れた身体にはこれが一番。俺にとっては薬代わりだ』とか言ってたじゃんか」
「昔のことは忘れたっ! 未来に生きる男だからな、俺は!」
そう言うと、クラウスはケラケラ笑いながらグラスをあおった。二日酔いになったらなったで、特別苦い薬をリアに用意してもらうとするか。
雑談に花を咲かせること小一時間。空になったワイン瓶たちと、半分以上減ったつまみ類が広がる中、オレは気になっていたことをクラウスに尋ねた。
「そういえば……。移住者たちは酷い有様だったって、ココが話してたけど」
「ん? ……ああ。見ていて気分がいいもんじゃなかったな。アイラの嬢ちゃんを連れて行かなくて良かったぜ、ホント」
乾き始めたチーズを口元へ運び、それをワインで流し込んでからクラウスは続ける。
「獣人族の連中は労働に従事させているだけって言ってたけどな。結局のところ、奴隷階級と変わんねえよ」
「それほどまでにむごいのですか……」
「忌み子とか耳欠けとか知ったこっちゃねえけどよ。伝承も与太話にしか過ぎねえのさ。てめえらの都合のいいように拡大解釈をしてるとしか思えんわな」
ハイエルフの前国王は断言し、こちらへ向き直る。
「アイラの嬢ちゃんの話だと、忌み子は殺すか捨てられる、どちらかの処置をしなければならない。そういう決まりらしいな?」
「ああ。結構前の話だけど、確かにそう言っていた」
「にも関わらず、伝承を破ってまで、連中には忌み子を生存させる必要があった」
「何のためにですか?」
「決まってんだろ。敵を用意するためさ」
テーブルへ視線を落としたクラウスは、空になったグラスを指で弾いた。
「団結を図るのに一番手っ取り早い方法は、共通の敵を作ることでな。あいつらがいるからと憎悪をぶつける対象がいることで、強固な結束が生まれるわけよ」
「だからといって、忌み子を敵に選ぶことはないだろ。同じ種族同士で揉めてどうするんだ?」
「ポイントはそこなんだ。連中の巧妙なところは、敵と同時に差別の対象を作り出したことでな」
すなわち、自分たちより下の存在がいると思い込ませることで、民衆に優越感を抱かせ、不平不満のはけ口としても扱うことができる。
「で、為政者たちは民衆たちに触れて回るわけだ。『ああなりたくなかったら勤勉に励め』とな。身近に見本がいれば、説得力も増すってもんさ」
「……」
「多数を占める民族が、適当ないちゃもんを付けて、少数民族を迫害する。歴史上、その手の愚行は何度となく繰り返されてきたもんだぜ。反吐が出るけどな」
「オレが暮らしていた世界の歴史も似たようなもんだ。住む世界が変わったところで、その手のことはなくならないもんだね」
「……嘆かわしいことですね」
残りわずかとなった白ワインをグラスに注ぎ、ハイエルフの前国王は表情を改めた。
「なに、悲観する必要はないだろ。今回の一件が露呈すれば、否が応にも変革を迫られるからな」
「獣人族の国がそんなに早く行動を起こすでしょうか?」
「起こさせるのさ。周りから外圧を加えてな。ハイエルフの現国王には連絡を入れているし、ジークのおっさんにも事情は話してある」
「いつの間に……」
「こう見えても行動の速さには定評があってな。『疾風』の二つ名で呼ばれてたからよ」
少年を思わせる屈託のない笑顔に、オレ達は肩をすくめた。
「移住者たちの仕事はいつから始めるつもりなんだ?」
「できれば二、三日中にってところだな。猫人族も疲れているだろうし、身体を休めさせてやりたい。ま、じっくりと腰を据えてやっていくさ」
最後の一杯となった白ワインを飲み干して、クラウスは熱い吐息を漏らしている。
製紙工房も出版も、猫人族にとっては未知の仕事だろうし、のんびりと進めるのがベストだろう。急ぐ理由はどこにもないしな。
……と、そんなことを考えていたんだけど。
翌日の朝早くから繰り広げられた光景に、オレはただ驚くことしか出来なかった。
***
「……ナニコレ?」
ハンスの知らせで製紙工房へ出向いたオレは、忙しく働く猫人族たちの様子に目を丸くした。
「クラウスの話では猫人族を休ませたいって……」
「ホッホッホ。子爵の演説が響いたのでしょう。皆、早く働きたいと申しましてな」
活気溢れる工房内の光景を眺めている最中、けだるそうな声が背後から届いた。
「おいっす……。いやぁ、参ったぜ……」
「お、クラウス。おはよ……って、また二日酔いか?」
「違ぇよ。早朝からハンスに叩き起こされたんだっつの」
クラウスが言うには「猫人族たちのやる気が尋常ではないので、さっさと起きて指導にあたってください」と、熟睡してる中を襲撃されたそうで。
「俺としては麗しいメイドに声をかけてもらいたかったんだがね。何が悲しくて、爺さんからモーニングコールを受けにゃならんのだ……」
「お望みでしたら、もう少し過激な起こし方もございましたが。こう、足の関節を逆方向に決めましてな……」
「おはようどころか、永遠におやすみになるだろが! ったくよー……」
艶のない銀色の長髪をボリボリとかきむしりながら、ハイエルフの前国王は猫人族たちを見やった。
「ご覧の通りだ。お前さんの演説効果で、士気は最高潮さ。不慣れな仕事だろうが、この分だったら軌道に乗るのも早いだろ」
「そんな大したこと言ってないんだけどね」
「謙遜すんなよ、人気者」
ニヤニヤ笑いながらクラウスが呟く。
「仕事量は上手いことコントロールするさ。やる気があっても身体がついていかなかったら意味ねえからな。無理はさせないから安心しろ」
「全面的に信頼してるから、まったく心配してないよ」
「おう、任せとけ」
胸をドンと叩き、自信満々といった面持ちでクラウスは宣言した。
「見てろよ、タスク。俺とこいつらで大陸中にマンガを根付かせてやる! マンガ旋風だ!」
純粋な瞳は明るい未来を確信する力強さを感じさせる。お前だったらきっとやれるはずさ。
こちらも負けずに頑張ろうと、一旦領主邸へ戻ったオレは仕事の準備に取り掛かったのだが。
若干の違和感を覚えたのは、その最中のことだった。
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