198.クラウス隊の帰還
領主邸の庭へ待ち構えていたのは六十名の猫人族で、寄り添いつつ地べたに座り込んでいる。
アイラと同じく、皆、揃って透き通るように白い肌をしているが、この肌の色がいわゆる『忌み子』としての証らしい。
体調を見ながら、無理をさせないというクラウスの言葉通り、ぱっと見、血色は良さそうだけど……。
その反面、右耳の上半分が無くなっている姿は実に痛々しい。『耳欠け』と呼ばれ、迫害されていた現実をまざまざと思い知らされる。
様子をうかがっていると、所々で子供の泣く声が上がり始めた。慣れない環境に戸惑っているのだろう。できるだけ早く安心させてあげなければ。
「よぅ、タスク! 帰ってきたぜ!」
視線をやった先にはクラウスがいて、オレたちはガッチリと握手を交わした。
「長期任務お疲れ様! 元気そうで何よりだ!」
「なぁに、どうってことねえよ。リアにクラーラだけじゃなく、ジゼルの嬢ちゃんも頑張ってくれたしな」
……そういえば、三人の姿がどこにもないな。
あちこち見渡してみても、荷物を整理しているハンスしか目につかない。どこにいったんだと問い訪ねようとした矢先、背中へ強い衝撃が走った。
「背後からドーンっ!」
疲れを微塵も感じさせない朗らかな声は愛する人のもので、オレの腰へ手を回し、抱きついたまま離れようとしない。
その手を解いて振り返った先には、瞳をうるませているリアがいて、改めて真正面から抱きしめると再会を喜びあった。
「エヘヘへへ……。タスクさん、ただいまです」
「おかえり、リア。頑張ったね」
「うん……」
淡い桜色をしたショートボブを優しく撫でてやる。気持ち良さそうに目を細める妻を愛おしく思っている最中、氷点下を思わせる声が耳元に届いた。
「……移住者たちの目の前ですし? せめて家の中でいちゃついてもらえませんか? ねえ、領主サマ?」
クラーラの眼差しが頬へと突き刺さる。再会早々、嫉妬と怒りをぶつけられるのは非常に不本意なんだけど、とにもかくにも労をねぎらわなければ。
「おかえり。色々ありがとうな。本当に助かったよ」
「フンっ! 私の愛するリアちゃんを抱きしめながら言われたところで、感謝なんかちっとも伝わらないわよ」
「なんだ? クラーラも一緒に抱きしめてやればいいのか?」
「あ゛ぁ゛っ?」
「ゴメンナサイ」
「そうですよ! お姉さま! 抱きしめるなら私を! さぁ、今すぐ!」
物陰から飛び出してきたのはダークエルフの少女で、クラーラの真正面へ抱きつき、そのまま離れようとしない。
「ジゼルもおかえり。大変だったろ?」
「いえいえ、お姉さまたちに助けていただきました!」
「抱きついたまま平然と話を進めないでっ!! 離れなさいってば!」
やかましいほど賑やかな光景は、三人が帰ってきたことを実感できて嬉しいんだけど。
同時に、猫人族がポカーンとこちらを見ていることにも気付くわけで……。
ゴホンと大きく咳払いをした後、オレはジゼルへアイコンタクトを送るのだった。
その意味を理解したのか、ダークエルフの少女はぱっとクラーラから離れてみせる。物分りの良さはさすがだね。
さてさて……っと。気を取り直して、領主の務めを果たさなければ。
一歩前に進み出ると同時に、猫人族の視線が集中するのがわかった。その瞳に宿る不安を取り除くためにも、オレは意を決して語りかけた。
***
手始めに、この土地を治める領主であること、移住者である猫人族の皆を歓迎すること、これからは龍人族の国の民として暮らしてもらうことなどを伝えてから、オレはさらに話を続けた。
「――住居については、家族ごとで暮らせるよう個別に用意している。それと当面の間、生活用品や食料などの一切はこちらで面倒をみるので……」
……と、ここまで話しておきながら、説明を途中で終えたのには理由がある。
オレの話がまだ終わっていないのにも関わらず、猫人族たちが顔を見合わせ、ヒソヒソと声を交わしあっていたからだ。
変なことでも言ったかな?
困ったね。話さなきゃいけないことはまだあるんだけど……。
とりあえず、それらを聞いてもらった上で不満なり不安なりを改めて聞くことにしようじゃないか。
そんなわけで、再び大きな咳払いをひとつ。静寂が戻ったことを確認してから、オレは説明に戻った。
「仕事に関してだが、君たちを案内してきたクラウスの下で働いてもらおうと考えている。働いた分に見合った給金は支払うので安心してもらいたい」
「お給金がいただけるのですかっ!?」
声が上がったのは移住者の中からで、オレは戸惑いながらも首を縦に振って応じた。
「もちろん。そうでなければ生活できないだろう?」
「し、しかし……」
「それと、希望する仕事があれば、遠慮なく言ってもらいたい。適材適所、自分の能力を発揮できる環境が一番だからな」
またもやざわつき始める猫人族。今度はさっきよりも大きな声で。……何なんだ、一体?
「あ〜……。最後に子供たちのことだが」
そう切り出した瞬間、ざわつきがピタリと止んだ。そうだよなあ、大人たちにとっては最も不安に思うことだろうからな。しっかりと話しておかなければ。
「子供たちには学校に通ってもらい、教育を受けてもらう。当然、無償だ」
「……が、学校っ?」
「遊ぶことも大事だが、同じぐらいに学びも大切だからな。ああ、そうだ。昼食は学校で用意するから弁当を持たせる必要はない……」
「どっ、どうしてっ! どうして、そこまでしてくださるのですかっ!?」
言葉尻を遮ったのは猫人族の青年で、その場で立ち上がり、不審と驚きをごちゃまぜにしたような表情を浮かべている。
「どうしてと言われても……。この土地で共に暮らす仲間だからとしか言い様がないな。仲間は助け合うのが当然だろ?」
「しかし……」
「ここで暮らす以上、皆の自由と生活はオレが保証する。それが領主とのしての務めだからな」
「……っ!」
「働いて稼いだお金で美味しいものを食べたっていい。お金を貯めて他の土地へ引っ越すのも構わない。熱心に勉強へ取り組むのもいいだろう。それぞれの人生なんだ、でき……」
その時だった。
オレの話を聞き終えるよりも前に、あちこちから歓声が上がり始めた。
「領主様、ばんざい!」
「タスク様、ばんざい!!」
その声はまたたく間に広がっていき、猫人族たちはひとり残らず立ち上がってはお互いに抱き合い、あるいは涙を流し、全身で喜びを表している。
「領主様、ばんざいっ!!」
「タスク様っ、ばんざい!」
押し寄せる歓喜の声に戸惑っていると、クラウスがオレの背中を強く叩いた。
「ぼーっとしてないで応えてやれよ。皆、喜んでるだろ?」
「喜んでるって……。こっちは普通のことしか話してないぞ?」
「今までそんなことすら考えられない場所にいたんだ。そう考えれば、普通のことだって夢のような話に思えるもんだぜ」
そう言って白い歯を覗かせるハイエルフの前国王。半ば圧されるように手を振って応えた途端、歓声は一際大きいものへと変わった。
予想もしていなかった反応なので、オレとしてはただただ困惑するしかないんだけど……。
とにかく。
この期待を裏切らないためにも、猫人族たちが安心して暮らせる環境を整えようと、固く心に誓うのだった。
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