197.マルレーネの助言

 総勢四十人の同人作家たちを受け入れるのはいい。移住の手続きについては特に問題ないという確認も取り付けた。


 しかしながら、住む家がないんだよなあ。


 大挙してやってくるんだもん。四十人分の住居なんか、すぐには用意できないって。


 とりあえず、建築途中の住居をそのまま同人作家たちの住まいとすることに。天界族用の家はまた別途建てることにしよう。


 クラフトゲーが好きなので、そういった作業が増える分には構わない。匠としての腕を存分に発揮できるしな。


 ともあれ、住居が完成するまでの間は、集会所や来賓邸などに分かれて暮らしてもらおうと思っていたんだけど。


 揃いも揃って魔道士たちの家に足を運んだり、領主邸の作業部屋に籠もったりと、なんだか忙しいみたいだ。


 理由をエリーゼに聞いてみたところ、


「皆さん、原稿が完成してないみたいで……」


 と、簡潔かつ明快な一言が。……締切はキチンと守れ。印刷所……じゃなかった、模写術師さんへ迷惑をかけないようにっ!!


 そんなわけなので、住居が完成しても同人作家たちは姿を見せず、納品のために旅立っていく始末。


 聞けば、そのまま即売会イベントへ参加するそうなので、何のために建築作業を急いだのか悲しくなってしまうな。


 ……ちなみに。


 触手の申し子――本当にそう呼ばれているらしい――として知られるマルレーネは、すでに原稿を完成させているそうで。


「うちのサークルは分業制ですので。私の担当部分が終わっただけですわ」


 なんて具合に、穏やかな微笑みをたたえながら謙遜していたものの、ソフィアたちに言わせれば、これは奇跡といっても過言でないらしい。


「あ、あのマルレーネさんが締め切りを守るなんて……」

「『破滅龍と災厄王』をぉ、英雄たちが倒した以来の奇跡じゃないのぉ……?」


 と、揃ってその衝撃を口にするのだった。……大陸崩壊の危機を防いだのと同レベルなの?


 とはいえ、原稿が完成しているのはこちらとしてもありがたい。すなわち手が空いているってことだろうし、病院建設について助言をもらいたいなと考えていたからだ。


 ……あれ? そういえば。


「マルレーネは龍人族なんだよな? ってことは、リアとクラーラのふたりを知っているのか?」


 話を聞くために、マルレーネとアルフレッドを執務室へ招き入れたオレは、ソファへ腰を下ろしながら問い尋ねた。


「お名前だけは伺ったことがあります。臨床・薬学に籍を置く、優秀な医師がふたりいると。残念ながら、直接お会いしたことはありませんが」

「会ったことがない?」

「ええ。私は基礎医学へ籍を置いていましたので」


 マルレーネの話によると、身体の構造など基本的な研究を中心に行う基礎医学に対し、現場での治療を中心に行うのが臨床・薬学部だそうだ。


 そして龍人族の医学界における派閥争いの過激さで知られるのも後者とのことで、なるほど、名声や名誉を好むお偉方には、サキュバスで異端者のクラーラは好まれないはずだと納得。


「こっちの世界にも『白い巨塔』はあるんだなあ」

「なんですそれ?」

「医学における権力闘争みたいな話さ」

「どこの世界も変わらないものですね」


 肩をすくめて紅茶をすするアルフレッドに頷いて応じる。特権階級を好む連中は世界共通ってことさ。


「私は夢のため、そういった喧騒とは離れた場所で研究に没頭したかったので……」


 知的な表情へ柔らかい微笑みを浮かべるマルレーネ。非常に素晴らしいことだと思うんだけど……。


 触手の件、本気ガチ中の本気ガチっぽいな。身体のことを研究する基礎医学ならどうにかなる……のか?


 いずれにせよ、魔法石の研究で発光ミミズを触って以来、個人的にウニョウニョしたのは苦手なのだ。できればお手柔らかにお願いしたいところである。


 さて、肝心の本題に入ろう。


 リアさんやクラーラさんにも意見を伺わないといけませんが、と、前置きした上で、マルレーネは病院に必要な設備等を見繕ってくれた。


 基本的な診察道具、治療に必要な薬品類、入院用のベッド、待合室の椅子等々。


 領地の規模から考えて、最初から大きい病院を建てるのではなく、面積としては集会所の二倍を目安に、医師の目が行き届くような病院を建てるのがいいだろう。


「すべての村や街へ満足な医療体制が整っているわけではありません。この程度でも、中都市なら大病院クラスですわ」

「二千人規模の街に、医師がひとりという状況もザラですからね。それを考えれば手厚いと言えるでしょう」


 ふたりの話に耳を傾けるものの、国としての医療体制の脆弱さに寒気を覚える。保証の厚い龍人族の国ですらこの現状なのだ、他の国はどうなってるのか?


「民間療法や呪術に頼る村がほとんどかと」

「……冗談だろ?」

「いえ事実です。それでも治らないようなら、三〜四日歩いて大きな街の病院へ行くのが普通ですよ」


 なんてこった。衛生の概念こそあるものの、医学の普及には繋がってないのか……。


 クラーラが弟子を貴重に思うはずだよ。というか、そんな状況下で、マルレーネたちを引き抜いてよかったのか?


「ご心配には及びませんわ。私達は四人とも、それぞれ研究者として籍を置いておりましたので、直接、患者さんを受け持つ立場ではなかったですし。何より現場へ移りたいと常々考えておりました」


 マルレーネ自身、医学会の現状に危機感を覚え、どうにかしたいと考えていたところを誘われたそうだ。


「この土地で独自に医学を発展進歩させていけば、他の土地へ普及させることも夢ではないはず。領主様のお力添えをお願いしたいのです」

「それはオレとしてもお願いしたい。予算の許す限り、援助は惜しまないつもりだ」

「ありがとうございます。夢を実現するためにも、一生懸命頑張りますわ」


 丁寧に頭を下げる黒髪の医師を見やりながら、心の中では「触手だけは勘弁してください」とツッコミたくて仕方ない。口にするのは我慢したけど。


 病院の建設場所についてはリアたちが戻ってきてから再検討ということで話はまとまり、ひとまず話し合いは解散。


 アルフレッドが発注を担当し、マルレーネは即売会に参加するため準備へ戻っていった。


 オレもオレで住宅建設の続きをしなければと、同人作家用の住宅作りを再開し、やっとの思いですべて建て終えたのだが。


 すでに同人作家たちは揃って即売会へ出かけた後で。住民のいない家を眺めやりながら、ひとりやるせない気分に陥るのだった。


 ……はあ、仕方ない。タイミングが悪かったと思って諦めよう。うん。


 気持ちを切り替え、ついでに天界族の住宅建設に取り掛かろうと、さらに数日が経過したある日のこと。


 作業をしている現場へカミラが現れ、今すぐ領主邸へお戻りくださいと告げに来るのだった。


「どうした? トラブルか?」

「いえ、そうではありません。良いご報告です」

「?」

「つい今しがた、クラウス様たちがお帰りになられました」

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