195.ココの報告

 ココが戻ってきたのは夕方過ぎのことで、窓をノックする音に気付いたオレは、ガラス戸を開けて、執務室の中に招き入れた。


「あぁ、疲れた。ちょっと休ませてもらうわよ」


 ふわふわと宙を舞いながらココは呟き、ちょこんとソファに腰掛ける。


 人形程度の身体には不釣り合いな大きさだが、それを気にする様子もなく、器用に背もたれへ寄りかかると、ココは足を伸ばして寛ぎはじめた。


「お疲れ様。早かったじゃないか」

「言ったでしょう? 半日程度で帰るって。レディたるもの、出来ない約束はしないものよ」


 胸に手を当て、自慢げな表情を浮かべる小さな淑女。


 オレは妖精サイズのコップを用意して、はちみつ入りの特製果実水を注ぎ、ココの労をねぎらった。


「あら? 気が利くじゃない。さすがは私の見込んだ紳士ジェントルマンね」


 スペシャルドリンクに上機嫌のココは、早速とばかりに喉を潤している。


 テーブル越しに座るイヴァンは、そわそわと落ち着かない様子で、妖精が一息つくのを待っているようだ。


 気持ちはよくわかる。できるだけ早く話を聞きたいのだろう。


 ココの隣へ腰を下ろしたオレは、口元へコップを運んだままの妖精に向き直り、クラウス隊の現状について確認することにした。


「クラウスたちには会えたのか?」

「モチロン! 安心して、仕事はちゃんとこなしてきたわよ」


 ぷはぁと果実水を飲み干して、空になったコップを両手で抱えながら、ココは移住者たちについての報告を始めた。


 まず、クラウス隊について。


 リアとジゼルは変わらず元気で、クラーラと共に移住者たちのケアに当たっている。


 過酷な環境にも関わらず、ダークエルフの少女は懸命に働いているとのことで、その言葉にイヴァンは胸をなでおろしたようだ。


「ああ、そうそう。アナタ宛に伝言を預かっているわよ」

「オレに?」


 ココに伝言を託した人物はふたりいて、ひとり目のリアは、


「帰ったら、ボクのこと、いっぱい褒めてください! それから、いーっぱい甘えさせてくださいね!」


 ……と、眩しい笑顔を添えて言っていたそうで。


「まったく……。伝言を預かるこっちの身にもなってご覧なさいよ。甘々過ぎて、口からハチミツが溢れるかと思ったわ」


 なんて具合に、ココから氷のような眼差しを向けられる始末。いいじゃないかよぉ、夫婦なんだしさ。


「もうひとりは?」

「クラウスからよ。『戻ったら、から揚げとワインを用意してくれ』ですって」


 元々、そのつもりだったので、伝言するまでのことはないと思うんだけど。


「前置きのつもりなんでしょ? 本題は別にあるわ」

「本題?」

「ええ。『予定していたよりも大幅に帰還日数が伸びる』ですって」


 移住者たちの健康状態が芳しくないというのがその理由で、極力負担をかけることなく、体力を回復させながら、無理のない範囲で移動することを決めたそうだ。


「可能であれば追加で物資を送って欲しいとも言っていたわ」

「わかった、早急に手配しよう。しかし、クラウスがそう決めたってことは、よほど酷いんだろうな」

「そうね。私が見た限り、あまり好ましい状態ではなかったわね」


 そう言って頭を振るい、ココは移住者である猫人族たちの様子を話してくれた。


 満足に食事が取れていなかったのか、ほとんどがやせ細っていて、身体のあちこちに傷やあざが痛々しく残っている。


 中には首輪や足かせの跡がついている人たちもいて、劣悪な環境におかれていたことがはっきりとわかった。


 クラウス隊が手配した服に着替えたこともあり、身なりだけは整っていたらしいのだが……。


「クラウスの話では、元々着ていた服はつぎはぎだらけのボロボロなものだったそうよ。衛生面を考えて、焼却処分したって言っていたけれど」

「そうか……。その状況だと無理はさせられないな」


 それだけ厳しい状況なのだ。急いで準備を整えよう。


 状況判断に優れるハンスなら、十分にその役目を果たしてくれるはずだ。伝説の執事をリーダーに据えて、翼人族を十数名招集することにする。


 物資についてはアルフレッドに取りまとめてもらおう。善は急げである。早速、手配しなければ。


「義兄さん」


 ソファから立ち上がったオレを、イヴァンが呼び止める。


「私にも手伝えることはありませんか? ジゼルがお世話になっているのです。できることがあれば仰ってください」

「そうだな。それじゃあ、ひとつだけ頼みを聞いてくれるか?」


 どうぞ遠慮なくと続ける義弟へ、オレはこの土地では入手できない物資の調達を依頼した。


 人間族の国にある香辛料、クミンシードやクローブ、カルダモンなど、カレーの原料となるスパイス類だ。


 帰ってきた暁には、せめて美味しいご飯を用意しておきたい。カレーなら全員大好物だし、から揚げを添えたら最強のごちそうになること間違いなしだ。


 わかりましたと笑顔で応じるイヴァンへよろしく頼むと返しつつ、オレは執務室を後にした。


***


 数日後。


 クラウス隊の無事を願いながら、オレは黙々と住居の建設に取り掛かっていた。


 移住者たちの住居は完成しているけれど、市場の運営を任せる天界族たちの分はまだ建てていなかったのだ。


「市場近くに建てるのが良いでしょうな。彼らも移動に時間をかけたくはないでしょう」


 追加物資を輸送する直前、ハンスが助言してくれたこともあり、中央からやや北寄りの土地を確保して、建築資材を運ぶことにする。


 いつもなら力自慢が手伝ってくれるが、ガイアたちが不在のため、しらたまとあんこがその役割を担ってくれた。


 本来、荷物の運搬に役立てられていたこともあり、ミュコランの脚力はなかなかのもので、専用のリアカーを構築ビルドしてやると、それを器用に牽引して、次々に資材を運んでくれる。


「みゅ!」


 運び終えるたびに鳴き声を上げる様は自信に溢れたもので、キリッと引き締まった表情はどことなくドヤ顔っぽく見えなくもない。


 ……ちなみに。


 そんな光景を眺めながら、黄色い声援を送っていたのがヴァイオレットだったのだが。


 仕事に遅れますという言葉と共に、フローラが粛々と連行していった。去り際、女騎士が悲しそうな顔をしていたのは言うまでもない。


 やれやれ……。まったく仕方ないなとため息をひとつつき、作業へ戻ろうとした、その時。


「……スク……ん……」


 遠くから声が聞こえて、辺りをキョロキョロ見渡したものの誰もおらず。


 気のせいかと思っていたら、しらたまとあんこが鳴き声を上げて、西の空へ視線を向けていることに気がついた。


 つられて見上げた先には飛来して押し寄せる一団があり、その先頭に、杖へまたがったエリーゼの姿が確認できる。


 片手を大きく振るエリーゼに、こちらも負けじと大きく手を振り返す。どうやら問題なく帰ってこられたみたいだ。


 ……それはいい。喜ばしいことなんだけどさ。


 その後方に控える、あの団体さんは何なんでしょうかね? 二、三十どころじゃない。もっと多くいるような……。


 ……まさかソフィアが言っていた「友達を誘いたい」って、あの人たちのことじゃないだろうな?


 嫌な予感を覚えつつも、とにかく事実関係を確かめなければと、次々に着陸していく人たちのもとへ足を運ぶことにした。

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