194.様子見

 クラーラの指示通り、水道技術の講習へ訪れたダークエルフ一行をロルフに任せ、オレはイヴァンと共に領主邸へ戻ることにした。


「意外ですね」


 執務室のソファへ腰を下ろしながら、義弟は声を上げる。


「何がだ?」

「水道の新技術のことですよ。義兄さんとクラーラさんによる共同研究かと思っていたので」

「残念ながら、その手の分野はちんぷんかんぷんでね。リアとクラーラ、ロルフたちに任せているんだ」


 他愛もない雑談の中、カミラは慣れた手付きでお茶を用意し始めた。


 ハンス直伝の名人芸によって淹れられる紅茶を、感心の面持ちで見やりつつ、イヴァンは続ける。


「異邦人という存在は超越した知識や能力を有すると聞いておりましたし……。新しい技術を考えるのも容易なのかと」

「そりゃ誤解だなあ。知識量にも限界はあるし、何でもかんでも出来ると思ったら大間違いだぞ?」


 構築ビルド再構築リビルドはチート級スキルだけど、万能ではないし。戦闘に関しては役立たずといってもいい。


 第一、異邦人が万能であるというなら、二千年前のハヤトさんの時代に、オーバーテクノロジーが誕生していたっておかしくない。


 にも関わらず、ハヤトさんの偉業として今日まで伝わっているのは、戦闘能力の高さに加え、水道技術や活版印刷、複式簿記といった知識と技能だ。


「食料事情が改善されていない点を考えると、恐らく、生産系が苦手だったんだろうな。みんなと同じで、異邦人にも得手不得手があるのさ」

「義兄さんにもですか?」

「そりゃそうだよ。みんなに力を貸してもらわないと領主なんか務まらないって。情けない話だけどね」


 苦笑いを浮かべ、ティーカップへ手をかけた瞬間、テーブルへ焼き菓子を並べ終えたカミラが、「恐れながら」と声を上げた。


「子爵は異邦人でありながら、自らを過信せず、皆の意見へ耳を傾ける度量の広さを兼ね備えておられます。十分、尊敬に値するかと」

「そうかなあ?」

「はい。子爵へお仕えできるのは、私としても誉れでございます。どうか誇りを持ってくださいますよう」


 うやうやしく頭を垂れて、部屋を後にするカミラ。そんな戦闘メイドの姿に、イヴァンはばつの悪そうな顔をみせている。


「……やれやれ。私としたことが、つまらない話をしてしまいましたね」


 そう言って肩をすくめた後、義弟は「本題へ移りましょう」と半ば強引に話題を転じた。


 イヴァンの話は交易路についての報告が主で、長老たちへの働きかけの結果、国内において人間族の通行を認める方向に決まりそうだという内容だった。


「もっとも、通行税に関しては議論の余地がありますね。安く設定するのはもったいないと」

「料金を抑えれば、その分、商人は増える。結果的に儲かるさ。その点、説得してもらえると助かる」

「引き続き努力します。……ところで」


 わざとらしく神妙な顔つきに変わってから、イヴァンは顔を寄せて囁いた。


「エリーゼさんとリアさんがご不在のようですが……」

「ああ、ちょっとな」

「……離婚されたとか」

「……それでこそつまらない話だな、おい」

「やだな、冗談ですよ。冗談」


 ケラケラと笑う顔を見やりながら、遠慮がなくなってきた義弟の頭上へ、チョップをお見舞いしてやりたい気持ちをぐっと堪える。


 まったくもって心外な話だ。こちとら相変わらずラブラブだっつーの。


「エリーゼは諸用でハイエルフの国へお出かけ中。リアは医療班として、獣人族の移住者たちを出迎えに行ってるよ」


 クラーラとジゼルも一緒だと伝えると、イヴァンは表情を曇らせた。


「ジゼルも一緒……。大丈夫でしょうか?」

「クラーラたちは反対してたんだけど、本人の強い要望でな」

「そうですか」


 言葉少なに紅茶を口元へ運ぶイヴァン。その表情には不安の微粒子が漂っている。


「心配か?」

「ええ……。幼い頃からの付き合いもあって、ジゼルの性格は把握しています。張り切るのはいいのですが、それが空回りしないかと」


 取り繕った微笑みは苦いもので、ジゼルを思いやる気持ちがひしひしと伝わってくる。


 クラウスたちが出立してから一週間。問題がなければ移住者を引き連れ、帰路についているはずなんだけど……。


「……わかった。オレもリアたちが心配だし。無事かどうか確認してもらおう」


 席を立ったオレに、イヴァンは怪訝そうな眼差しを向けている。


「確認してもらう……って、どうやってですか?」

「うちには優秀な情報網があってね。彼女たちへ頼もう」


 とにかく一緒についてこいと促して、オレたちは妖精たちが運営するカフェ『喫茶メルヘン』へ向かうのだった。


***


「あれぇ? タックンにイックンじゃん☆ ふたりともどーしたのー?」


 喫茶メルヘンの前に佇んでいたのはベルで、ギャルギャルしい格好をした実の姉に、イヴァンは頭を抱えている。


「姉さん……。結婚したんだし、もう少し落ち着いた格好を……」

「ぶーぶー! イックンったら乙女心がわかってないなー☆ 女の子はいつだって、自分がカワイイと思った服を着たいモノなんだヨ?」

「そうは言うけど、子爵の奥さんなんだよ? もう少し恥じらいというかさ」

「ウチが着てる服、ちょー似合ってるって、タックンなら褒めてくれるもーん! ねえ? タックン☆」

「そうだなあ。カワイイし、いいんじゃない?」

「エヘヘへへ! タックンだーいすきー♪」


 満面の笑顔で抱きついてくるベルを全身で受け止める。気持ちは嬉しいけど、実の姉のいちゃつく姿を見せつけられる、イヴァンの心情を想像すると辛いものがあるな、コレ。


「私の目の前で、はしたなくいちゃつくなんて……。大した度胸ね、アナタたち」


 声の方向へ視線を動かすと、宙を漂う妖精が睨みを利かせていることに気がついた。


「いいご身分じゃない、タスク。レディたる私を放っておいて、他の女にうつつを抜かすなんて」


 全身で不満を表しながら、ココは口を尖らせている。


「いや……。他の女っていうか、実の嫁さんだからな」

「時と場合を考えなさいって話よ。私がそばにいる時は、私を最大限に愛し、そして敬いなさい」


 ふふんと胸を張るココを眺めやりつつ、オレはそこはかとない違和感を覚えていた。


 普段の格好に比べて、かなり涼やかな感じというか……。


「あ。もしかして、店の制服変わったのか?」


 ぱぁっと表情を明るくさせるのを見るに、どうやら正解だったらしい。くるりと身体を一回転させて、ココは新しい制服を披露した。


「ココっちに頼まれたんだー☆ 夏だし、爽やかな制服が欲しいって!」

「つい今しがた、ベルの作ってくれた夏用の制服を試着したところなの」


 どう、似合う? という無言の圧力を感じ取り、オレはまじまじとココを見やった。


 半袖のシャツは水色と白のストライプで爽やかさが際立ちながらも、ショートスカートにはフリルが施され、可愛らしさも兼ね備えている。


 どことなく古き良きアメリカのウェイトレスを思わせる装いに、オレは「似合っている、カワイイよ」と素直に感想を述べた。


「そうでしょう、そうでしょう! 私が着たんだもの! 当然ね!」


 口ではそう言いながらも、ココはまんざらでもなさそうだ。素直じゃないなあ、まったく。


「それはそうと、今日は何の用かしら?」


 すっかり機嫌が戻ったのか、ココは穏やかな微笑みを浮かべ、オレとイヴァンを交互に見やった。


「ちょっと頼み事があってさ。ロロとララっているかな?」

「ふたりなら店の中だけど……。頼み事って?」


 小首を傾げるココに、オレはこれまでの事情を説明した。


「――と、いうわけでさ。帰路についているクラウス隊の様子を見てきてもらえないかなって」


 以前に獣人族の国への偵察をこなした経験から、ロロとララなら問題なく役目を果たせるだろう。


 そう考えて、今回もふたりへ行ってもらおうと思っていたのだが……。


 オレの話に頷きながら、ココは深くため息をつくのだった。


「水臭いわねえ、タスク。まずは私に頼るのが筋ではなくて?」


 やれやれと言わんばかりに、頭を振るうココ。……いや、そうは言うけどさ。


「前に頼んだ時、店の責任者が不在でどうするのって言ってたじゃんか。だからココに頼むのは遠慮しようって」

「偵察じゃなくて、単なる様子見でしょ? 問題ないわよ」

「……店はどうするんだ?」

「私の飛行スピードなら、半日程度で帰ってこられるわ。その程度なら大丈夫!」


 片手を胸に当て、ココはドヤ顔をしてみせる。うーむ、それならお願いしたいけど……。


「レディたる私に任せなさいっ! 仕事はしっかりこなしてくるわ!」


 言葉尻を遮って力強く宣言し、ココは空高く舞い上がっていく。やがてその姿は光の玉へと変化して、音もなく樹海の中へと飛び込んでいった。


 妖精の後を辿るように、かすかな光の痕跡が一筋の糸となって宙に浮かんでいる。


 程なくして音もなく消えゆく光跡を眺めつつ、オレはみんなの無事を願った。

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