193.二度目の夏(後編)

 市場建設は計画が進行中だ。


 ファビアンが珍しく長期滞在していることもあり、アルフレッドとハンスを加えた四人で、事あるごとに協議を重ねている。


 とはいっても、オレの役割は建設費用の承認ぐらいしかなく。それ以外は、面倒ごとを担当する三人の話へ耳を傾けるだけである。


 商人のための市場なのだ。餅は餅屋という言葉があるように、プロに任せておくのがいいだろう。


 建設場所についても、当初考えていたカフェなどの施設がある領地の中央にという提案は、即座に却下されちゃったしなあ。


「領主邸の近くぅ? クレイジーだよ、タスク君」

「防犯上、最悪の場所ですな」

「領民とトラブルが起きないとも限りません。すでに施設が集中している地域や、住宅街からは離したほうがいいでしょう」


 ……と、こんな感じですよ。そりゃもう、口出ししないほうがいいって感じですわ。


 で、三人の共通意見としては、領地の北側、家畜を飼育する牧場より更に北部を切り拓き、そこへ市場を設けるのがベストだそうだ。


「この場所でしたら中央から離れているため、事件や事故が起きたところで、被害が広がることもないでしょうな」

「牧場が近いのもいいね! 羊やヤクの取引を直接行えるし。なにより、家畜へ負担をかけないやり方は商品価値を高めてくれる。相手にも喜ばれると思うよ!」

「北の洞窟に関しては、警備をつけておきましょう。領地の管轄内ですし、荒らされるような事があっては困りますからね」


 三人の助言に、忙しく首を縦に振って応じる。うーむ、さながらシムシティでもプレーしている気分だな。


 もっとも、今のオレは市長じゃなくて領主だし。さらにいえば、これはゲームじゃなくて現実の都市運営だけど。


 セーブもロードもできないのだ。事は慎重に運ばなければいけない。


「――子爵。ご判断を仰ぎたいのですが」


 思考の海へ潜っていたのを引き上げたのはハンスの声で、いつの間にか、三人の視線が集中していることに気がついた。


「判断って、何を?」

「商人用の宿泊施設についてです。どこまでのサービスを提供するか、ご判断いただければ」


 交易に訪れる以上、宿屋は必須である。一般的には酒場を兼ね備えた宿泊施設がほとんどで、地域によって、酒場で提供するサービスが異なるそうだ。


「客の要望が多いことで知られるのは、仕事の斡旋、賭博場、娼婦の三点ですな。施設側にも手数料という収入が見込めることから、兼ね備えているところがほとんどです」


 淡々と説明する執事の声に、オレは思わず顔をしかめた。


 こういう世界なのだ。仕事の斡旋は理解できる。賭博場にも違和感はないし、娼婦がいるのも問題ないのだろう。


 でもなあ……。人格者を気取るわけじゃないけど、賭博や娼婦っていうのはモヤモヤするっていうか、なにか引っかかるものを感じてしまうというか。


「それらを提供する上で、こちらにデメリットはないのか?」

「デメリット、ですか?」

「収入というメリットがあるなら、当然、デメリットもあるわけだろ? 天秤の片方が極端に重たくなるなら、判断も厳しくしないと」

「仰るとおりでございますな。確かに、賭博場と娼婦につきましては禁止薬物の取引に使われたり、犯罪組織との関わりも指摘されております」


 反面、貴重な情報収集の場としても利用されますが、と、続けるハンスの言葉に、オレは頭を振った。


「いや、止めておこう。仕事の斡旋だって管理しきれないだろうし、賭博場がなくたって娯楽全般を禁止するわけじゃない。カード程度のささやかな賭け事には目をつぶろうじゃないか」

「すると、娼婦もですかな?」

「ここには仕事で来るんだし、必要ないよ。そういう気分になるようだったら、自分の右手を一夜の恋人にしてもらおう」


 ハンスは満足げに微笑み、深々と頭を下げた。……ひょっとして試されていたのか?


「僕もタスク君の方針に賛成だね!」


 前髪を手で払いながら、ファビアンは声を上げた。


「大金を扱う商人でも、品位を買うことはできないからね。こちらが一定の品格を示せば、無用なトラブルは避けられるさ!」

「僕も賛成ですね。基本的には性善説を信じたいですが、商人を相手にした場合では、それもなかなかに難しいでしょうし」


 同業者でもあるふたりの言葉は説得力があるな。とにもかくにも、宿泊施設は酒場兼食堂を用意するだけに留めておく。


 市場と宿泊施設の管理は、ハンスのスカウトによって集められた天界族が担当することとなった。


「一流のフットマンを集めましたからな。子爵にもご満足いただけるはずです」


 隆々とした肉体を見せつけるように胸を張るハンス。詳しくはわからないけど、確か『使用人』のことを、フットマンって呼ぶんだよな?


「そういう意味ももちろんありますが、戦闘執事協会における定義は多少異なりまして」

「定義?」

「ええ。こちらの世界のフットマンというのは、足技を得意とする使用人を指すのです」

「足技」

「皆、脚力に自信のある強者ばかりです。魔獣程度なら一撃でしょうな」

「一撃」

「もっとも、このハンスめにかかれば、フットマンも赤子同然。子爵は変わらず、この爺めを頼りにしていただければ幸いでございます」


 力強く言い放ち、声高らかに笑う伝説の執事。


 ……それ、フットマンっていうより、もはや『レッグマン』って呼んだほうがいいんじゃないか?


 「些末なことでございます、お気になさらず」と付け加えるハンスの笑顔を眺めやりながら、微妙に異なる異世界の常識へ、若干の目眩を覚えるのだった。


***


 市場用にと考えていた中央部の土地が空いてしまったこともあり、学校はそこへ建てることにした。


 とはいえ、当面は移住してくる猫人族の子供たちが利用するだけなので、本格的な学校を用意する必要はない。


 中央部からやや東側、住宅街近くを建設場所として定め、集会所と同規模の家屋を建てることにする。


 クラス分けにも対応できるよう、二階建てにして部屋数も揃えた。急激に人数が増加しなければ問題なく運営できる。


 学校といえば欠かせないのは給食で、広めのキッチンを一階へ設けることに。給食作りは、カミラたち戦闘メイドへ任せようと思っているけど、オレ自身が『給食のおじさん』になるのもやぶさかではない。


 そんな感じで、子供たちが楽しく通える学び舎を想像しながら、とててんとててんと、構築ビルドスキルで作業を進めていたところ、見学にやってきたのはファビアンで。


 お? なんだなんだ? 手伝ってくれるのか? と思いきや、イケメンの龍人族は白い歯を覗かせながら、こんなことを言うのだった。


「フローラから聞いたよ、タスク君! 子供たちのために学校を作るんだってね!?」

「今まさに、お前の目の前で建築作業をしてるのがそれなんだけど……。その口ぶりだと、手伝ってくれるわけでは無さそうだな」

「もちろんだとも! 優美で華麗なこの僕に、肉体労働は似合わないだろう?」


 同意を求められましても。


「しかしだね! 知的労働の手助けは出来る! それを伝えに来たのだよっ!」

「知的労働だぁ?」

「学校を作るなら、教師が必要だろ? その手配、僕が引き受けようじゃないかっ!!」


 確かに。授業内容をどうしようか悩んでいたところなので、ありがたい話ではあるけどさ。


「あてはあるのか?」

「任せたまえっ! ハイエルフの国の友人たちは芸術の心得がある! 彼らに授業を任せれば、歴史に名を残す画家を生み出すことなど造作もナッシンっ!」

「そうだな。文化を育てる上でも芸術は大事だからな」

「さすがは我が心の友! よくわかってるじゃないかっ!」

「……で? 美術以外にどういったことを教えられるんだ?」

「なにがだい?」

「芸術に心得があるのはわかった。でもさ、他にも授業は必要だろ? 国語とか数学とか……」

「芸術だけだよ?」

「はい?」

「教えられるのは芸術だけだと言っているのサ! 他の授業なんて必要ないだろう?」


 美術教師を何人も揃えるつもりなんだよ、おい。


「いやいや、なにも不安に思う必要はない! すべてを僕に委ねるといい! それではそういうことで! アデュー!!」


 領地中へ響き渡るんじゃないかという笑い声を立てながら、ファビアンは立ち去っていく。


 こっちとしては不安しかないんだけどなあ。美術教師がダース単位で揃っても困るだけだし、あとで釘を指しておかないと。


 ……ってなことを考えてたら、一時間も経たないうちに、ファビアンがハイエルフの国へ旅立っていったということをフローラから聞かされるハメに。


 おまけに先日渡したセクシーマンドラゴラを束にして抱えていったそうで、せめて袋にしまうとか出来なかったのかと問い詰めてやりたい気分である。


 はあ……。もうどうにでもなってしまえ……。


 投げやり気味に作業へ戻ろうとすると、東の街道にダークエルフの集団が現れたことに気がついた。


 技術者たちを伴って、イヴァンがやってきたのだ。

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