192.二度目の夏(前編)
照りつけるふたつの太陽から、強烈な日差しが降り注いでいる。
異世界に来て二度目の夏。
気温こそ高いものの、日本と違って湿度がなく、樹海から爽やかな風が吹き抜けることもあって、非常に過ごしやすい。
とはいえ、それはあくまでオレ個人の話に過ぎず。
しらたまとあんこは暑さに弱いようで、ここ最近、日陰で過ごす時間が多くなっている。
そりゃそうか、全身ふわふわの毛に覆われているもんな。暑いに決まってるよ。
オレに出来ることといえば、風通しの良い場所へ屋根付きの休憩所を
「……おい。なんでお前まで休んでんだ?」
組み立てた休憩所で寛ぐミュコランたちに混じり、アイラが横たわっている。
「なんじゃ……? 私の昼寝を邪魔するでない」
「しらたまとあんこのために作ったのであってな。アイラが昼寝をする場所ではないんだが」
「私とて夏場は弱いんじゃ……。このままそっとしておいてくれ……」
「みゅ〜……」
「ほれ、しらたまもあんこも休ませてやれと言うておる」
二匹のミュコランへ挟まるように背中を丸め、アイラはゆっくりと瞳を閉じた。
そうか。考えてみればアイラは猫人族。猫も暑さには弱いはずだもんな……って。
「いいや、騙されないぞ! お前、去年の夏、あちこち走り回ってたじゃんかっ!」
「……チッ。細かいことを覚えているやつじゃのぅ」
「舌打ちすんなっての。ったく、昼寝をしたいならしたいで構わんが、仕事はしっかりこなしてくれよ? 領主の妻なんだし、みんなへ手本を示す必要が……」
「わかっておるわかっておる。やることはちゃんとやるから」
寝転がったまま片手を上げ、あっちにいけというジェスチャー。
ダメだこりゃ……。ま、元々こんな性格だし、アイラの自由にさせてやろう。
頭をポリポリとかきながら、諦めの面持ちで踵を返した瞬間、向こうから猛スピードで突進してくる人物が。
「しらたまぁ〜!! あんこぉ〜!! 私も一緒に混ぜてくれぇぇぇぇぇ!!」
ブロンドの長い髪を激しく振り乱しながら突進してきたのはヴァイオレットで、その声が届いたのか、アイラは猫耳をピンと立たせ、焦りの色を浮かべた。
「げぇっ! ヴァイオレットっ!! だっ、ダメじゃ、ダメじゃ!! ここはもう満員でっ!」
「つれないことを言うなアイラ殿っ! 同じ姉妹妻の仲ではないかっ!! ほんの少し、ほんの少し、間へ入らせてもらえばいいのだっ!!」
「おぬしのでかい図体が、ここへ入るわけなかろう! 諦めて他のところへっ!!」
「それならアイラ殿が猫の姿になればいい! そうすれば私はしらたまとあんこだけでなく、猫になったアイラ殿と、思う存分モフモフが味わえるという至福の時間が……」
「い、嫌じゃ! た、タスクっ! 助けてたもれ!!」
「ダメだダメだ、アイラ殿。そんなに暴れては抱きしめにくいではないか! さあさ、遠慮せずに猫の姿に!!」
「たっ、タスクぅ!!」
いやはや、姉妹妻の仲がいいというのは素晴らしいことだね。夫として喜ばしい限りだ。
呆れがちなミュコランたちの「みゅー……」という鳴き声が聞こえたけど……。気のせいだな、きっと!
「お、おぬしっ、む、無視するなっ!? んっ……!? ちょっ、どこを触っておるんじゃ、ヴァイオレット! だっ、やめっ……!」
「ふあぁぁ、実にいい……。アイラ殿の猫耳ぃ……。最高だぁ……」
声だけ聞くとアレだけど、至って健全なのでどうか勘違いしないように。……健全ですってば。多分……。
アイラには悪いが、オレとしてもやることがいっぱい残っていてね。この夏はちょいとばかし正念場になりそうなのだよ。
……というわけで。
助けを求める声と恍惚の声が入り混じる、混沌とした中ではあるけれど、初夏からの出来事を振り返っていこうと思う。
***
まずは医者のスカウトについて。
つい昨日のこと。ハイエルフの国へ、エリーゼ、ソフィア、グレイスの三人が出かけていった。
目的地はクラウスが所有する山々で、同人誌即売会の会場準備のため、二週間ばかり家を空けることになる。
……仕方ないこととはいえ、ちょっと寂しい。
無意識のうちにそんなことをポツリとこぼしていたらしく、ふくよかなハイエルフは済まなそうな顔を浮かべ、遠慮がちに身体を寄せてきた。
「ワ、ワタシも寂しいです……。その……、タ、タスクさんと離れ離れになるのは……」
「エリーゼ……」
「できるだけ早く帰ってきますから……。だから……」
「……」
潤んだ瞳がオレの顔を真っ直ぐに捉える。やがて、どちらともなく自然と顔が近付き、唇と唇が触れ合おうとした、まさにその時。
「……いちゃついているところ悪いんですけどぉ」
いい雰囲気をぶち壊したのは、ジト目を向ける魔道士の声で、慌てて離れたエリーゼは、顔を真っ赤に染めながら、それを隠すようにあさっての方向を見やっている。
「自宅とはいえ、エントランスで堂々といちゃつかれちゃうとぉ、アタシとしても声をかけづらいっていうかぁ」
「その割には堂々と邪魔してくれるじゃないか。ええ? ソフィアさんや」
悪ぅござんしたねぇ、と、少しも悪びれない態度で続けながら、ソフィアは肩をすくめた。
「出発前にぃ、たぁくんへ確認したいことがあったのよぉ」
「確認したいこと? なにを?」
「ほらぁ、知り合いの医者の件。スカウトするって言ったじゃない?」
ソフィア曰く、給金はいくらぐらいにするつもりなのかを確かめておきたかったらしい。
「医者って特殊な仕事だからぁ、給金もそれなりなのよぉ。金銭的な条件を聞かれた時にぃ、提示できなかったら問題でしょぉ?」
「そうだなあ。かといって、オレは相場がわかんないし……。急いでアルフレッドに確認するよ」
「ありがと〜。それとぉ、もうひとつあってぇ」
こっちは個人的なお願いになるんだけど、と、付け加え、ソフィアはいたずらっぽく微笑んだ。
「アタシたちの友達でぇ、ここに来たいって子が居たらぁ、その子も誘っていいかなあ?」
「それは別に構わないけど……。なんでまた?」
「ほらぁ、創作するには自由な環境でしょぉ? 事情を知ったらぁ、来たがる子もいるかなって思ってぇ」
うーん、引っ越しするのに問題なければ構わないけどな。友達っていっても数名だろうし。別にいいんじゃないか?
そんな軽い気持ちで了承する旨を伝えたものの……。いやあ、甘かったね。
冷静に考えれば、何人ぐらいになりそうなのか、事前に聞いておくべきだったんだよ。
……まさかさ、四十人もの集団が押し寄せるとは思わないじゃんか? それも一挙にですよ?
まあ、これは後日の話になるので、ひとまず置いておくとして。
ここでは別件について、さらに話を続けたい。
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