191.知人の医師
へえ? エリーゼに医者の知り合いがいるなんて初耳だ。
意外な交友関係に若干の驚きを覚えていた矢先のこと、思い出したようにソフィアとグレイスが次々に声を上げた。
「あ〜……。そういえばぁ、確かにいたわねぇ」
「そうですね。エリーゼさんに言われるまで、失念しておりましたが」
「……ん? ソフィアとグレイスも面識があるのか?」
「ええ。共通の知人と言いますか……」
「年に二回ぐらいしか会わないけどねぇ」
そこまで言われたらオレでもわかる。エリーゼたち三人の共通の知り合いで、年に二回しか会う機会がないといったら、同人誌関係の人物に決まっている。
エリーゼとソフィアがマンガを描いていることは周知の事実だけど、BL同人誌に関しては秘密のままだ。ここでは説明しにくいこともあるだろう。
とにかく、話は作業が終わった後に聞くよと話を切り上げ、ささやかな雑談へと話題を転じ、オレたちは残りの休憩時間を楽しむことにした。
***
……で。その日の夕方。
夕食前の執務室へ姿を表したエリーゼたちから、改めて詳しい話を聞くことになったわけだが。
事前に予想していた通り、共通の知り合いという医者は即売会に関わっている人物らしい。
「そ、その……。即売会で事故や急病人が出た場合、それをケアするお医者さんが必要になりますので……」
「同人仲間の数名が医師ということもあり、イベント中は医療班を担当してくれているのです」
「その人たちもぉ、同人誌出してるんだよぉ。売るのは他の子たちに頼んでるみたいだけどぉ」
……うーん。話を聞く限りでは、日本のコミケ事情とあんまり変わらないんだな。コミケもボランティアの医師が滞在してるし。
「万が一のことがあった場合、即売会の存続にも関わりますので。健康な状態で戻らないと、村の人からも不審の目で見られてしまいますし……」
「家庭を持ってる人が、ある日を境に突然いなくなったとか、混乱するだけですからね……」
そりゃそうだな。ご法度モノの同人誌イベントへ、自分の身内が参加していたと知られたら、それはもう大騒ぎどころじゃ済まないだろ。
「即売会を続けていく上で、医者が必要だっていうことはわかったよ。でもさ、他の国で暮らしているんだろ?」
即売会がない時は、その人も普通に医者として働いているはずだ。スカウトするのはいいとして、そんな簡単に来てくれるとは思えないんだよな。
「た、多分ですけど……。問題ないかなって……」
エリーゼの言葉に、グレイスが続ける。
「そうですね。我々の現状を知れば、喜んで来られると思われます」
「随分な自信だけど。その根拠は?」
「うーんとぉ、アタシたちぃ、ここでは自由に同人活動させてもらってるでしょぉ?」
「他の土地ではそういうわけにはいきませんし……。隠れながらこっそりと創作するしかないので……」
なるほどね。人目を気にすることなく、創作できる環境は魅力的か。趣味を兼ねた生きがいみたいなもんだろうし、できれば自由に楽しみたいよな。
「それもあるのですが、もうひとつ、大きな理由が……」
「?」
「同人仲間がそばにいると、お互いに進捗が確認しやすいので……」
模写術師への提出期限ギリギリに原稿を完成させるのはまだいい方で、超過料金が発生してから原稿を完成させる作家が多く存在する。
同人仲間が近くにいれば、原稿の手助けも出来るし、締切も確認しあえる。Win-Winの関係が築けるそうだ。
……世界が変わったところで、作家さんたちの環境は変わんないんだな。締切に追われるのは世の常なのだろうか。
「お医者さんも、その、締め切りを守らないことで有名でして……」
「模写術士から泣きつかれたこともありましたね……。イベント二日前に原稿持ち込むのは止めてくれと」
「余裕で締め切りぶっちぎるもんねぇ……。ファンが多いからぁ、絶対に新刊落とさないけどぉ」
三者三様の表情を浮かべ、虚空を見やる三人。なるほど、いろんな意味でスカウトした方がいいのかもな。
しかし、なんだな。医者をやりながら同人活動って凄いな。その上ファンも多いんだろう? どんな作品を描いてるのか読んでみたいね。
「たぁくんならそう言うと思ってたんだぁ。ほらぁ、持ってきたんだよぉ?」
そう言って、同人誌の入ったメッセージボールと再生装置を差し出すソフィアだが、エリーゼは神妙な顔つきでオレを見やっている。
「そ、その……。タ、タスクさんには刺激が強いというか……。ワ、ワタシとしては、オススメしにくいというか……」
明らかに読まないほうがいいという忠告だけど、そう言われるとますます読みたくなってしまうのが性というものでしてね。
「いいのではないですか? 同人仲間からも『震える』『新しい世界が開けた』『同人界の夜明けぜよ』という感動の声を聞いておりますし、タスク様の嗜好に合うかもしれません」
後押ししたのはグレイスで、それなら読んでみようかなという決意を固めたものの、正直、感動の声とやらには疑問が残る。
なんだよ、『同人界の夜明けぜよ』って。文明開化でもすんのか?
ま、考えていてもしょうがない。とにもかくにも読んでみようじゃないか。
そんなわけで、早速……。再生装置をポチッと、な。
――あー。なるほど……。はいはいはい……、これはこれは……。あぁ〜、こりゃ確かに、人によっては新しい世界が開いちゃう内容だなあ……。
「凄いでしょ!? この、可愛らしい男の子のおち(自主規制)が、突然(自主規制)になっちゃって、それでも(自主規制)が(自主規制)で、(自主規制自主規制自主規制自主規制、以下略)」
早口でまくしたてるソフィアに続き、グレイスが恍惚とした表情で解説を続ける。
「この、美少年から出現した触手が(自主規制)、男の子の反り立(自主規制)を、丹念に(自主規制)して、(自主規制自主規制)、なおかつ射(自主規制だって言ってんだろ!!!)で……! 私、尊死不可避なのです!!!!!」
はあはあと息遣い荒く、ふたりの魔道士に挟まれながら読み進めていたわけだけど、ぶっちゃけ、「ソウデスネ(棒)」という感想しかないわけで。
ソファの隣へ腰掛けるエリーゼは、いたたまれないのか、赤面したまま黙々とティーカップを口元へ運んでいるし。……気持ちはよくわかるよ。できればオレもそうしたい。
「こんな素晴らしい作品を手がける作家さんなんだよぉ!? スカウトする以外にないでしょ!」
「私達にお任せくださいっ! 良い返事を引き出してみせますわっ!」
キラキラとした瞳のふたりには申し訳ないが、オレとしては若干、早まった気がしないでもない。
……いやいやいや! そういう一方的な決めつけは良くないぞ、タスク! 趣味は人ぞれぞれ! 個人個人で自由に楽しむべきじゃないか! 偏見、ダメ絶対っ!
そういうわけで。
近日中、エリーゼたちが即売会の準備へ出かけることもあり、その医者と会えるようなら、スカウトすることが決定。
めでたく(?)、医師不足の解消に道筋をつけることができたのだった。
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