185.式の前日

 ヴァイオレットとの挙式を二日後に開くぞと聞かされたのは、移住者用の住宅を建てている最中のことで、オレは驚きの眼差しでクラウスを見やった。


「近いうちとは聞いてたけど、急すぎやしないか?」

「なにいってんだ。これ以上ないベストタイミングだぜ? 移住者もやってくるし、市場だって建てるんだ。のんきにしてる場合じゃないだろ」


 ジークのおっさんと、ゲオルクのおっさんには招待状送っといたからなと言い残し、挙式の準備へ戻っていくクラウス。


 すると、一緒に建築作業をしていたワーウルフのガイアが張り切って声を上げた。


「では、我々も準備しませんといけませんな! 挙式に豪華な料理はかかせません!」


 今から急ぎ、狩りに行ってまいりますので! と、付け加え、『黒い三連星』は資材を置いて樹海へ消えていく。


 うーん、まだ仕事中なんだけど、どうしたもんか……。


「おぅい! タスクや! こっちじゃこっち!」


 呆然と取り残されたオレに声をかけたのはアイラで、上機嫌に猫耳をぴょこぴょこと動かしながら姿を見せた。


 隣にはしらたまとあんこが付き従っていたのだが、珍しいことに二匹とも着飾っているのがわかる。


「どうしたんだ? しらたま、それにあんこも。ビシッと決まっているじゃないか」


 ミュコランたちはドヤ顔を浮かべ、「みゅっ!」と、勢いよく鳴き声を上げてみせた。


 それもそのはず、しらたまは華やかなドレスを模した衣装を、あんこはシックなタキシードを模した衣装を、それぞれにまとっているのだ。


「ヴァイオレットのやつが、しらたまとあんこと共に祝いたいと言いだしての。ベルがこしらえたんじゃ」

「そうか。しらたまもあんこも似合ってるぞ?」

「みゅっ! みゅみゅみゅ!!」


 顔を擦り寄せ、甘えてくるミュコランたちを撫でてやる。すっかりと立派な体格になったけど、甘えん坊なところは変わらないな。


「二匹のこんな格好を見たら、ヴァイオレットが騒ぎ出すんじゃないか? カワイイカワイイって」

「あ〜。それなんじゃがのう……」


 ポリポリと頬をかくアイラは、その時の状況を思い出したのか、苦笑いを浮かべている。


 何でもウェディングドレスを合わせている最中に、着飾った二匹を目撃してしまい、興奮のあまり鼻血を流し、そしてそのまま気を失ってしまったそうだ。


「気を失ったって……。大丈夫なのか?」

「幸せそうな顔をして倒れておったし、大事はなかろう。まったく人騒がせなやつじゃ」


 リアが診てくれているとのことで、心配しなくても大丈夫みたいだけど。


 果たして無事に挙式を終えることが出来るのか、むしろ、そっちの方が心配になってくるな……。


***


 翌日。


 てんてこ舞いといった具合で、挙式の準備に忙しいみんなの姿を応接室の窓辺から眺めやりつつ、オレはひとり、来賓邸の中でぼーっと過ごしていた。


「ヒマだ……」


 以前と同じく精霊式のため、挙式前日から新郎新婦は別の場所で待機、身を清めておくという事情はわかるものの。


 何をするわけでもなく、話し相手もいないというのはなかなかに寂しい。


 ちなみにヴァイオレットは、姉妹妻の一員となる準備のため、四人の奥さんたちと過ごすそうだ。……楽しそうでいいなあ。


「なんだいなんだい? 随分とたそがれているじゃないか、タスク君!」


 視線を向けた先には、真っ白なスーツに身を固めたファビアンが、ポージングを取っているのが見える。


「まさかとは思うが、もしやマリッジブルーではないだろうね!?」

「そんなわけあるかい。やることがなくてな、ヒマを持て余していたんだよ」

「ハッハッハッ! それならば結構っ!」

「あれ? もしかして式のためにきてくれたのか? 予定では戻ってくるのはもっと先だったはずだろ?」


 長い前髪をかきあげつつ、ファビアンは白い歯を覗かせた。


「明日はボクにとってもめでたき日だからねっ! 盛大に祝うべく、予定を切り上げてきたのさっ!」

「ファビアンにとっても?」

「そうさっ! フロイライン・ヴァイオレットはフローラの姉君といっても過言ではないだろう? ならばっ! フローラの伴侶であるっ! このぼぉくのっ! 姉君になるといっても当然っ!!」


 一言一言にポーズを取りながら、最後は両腕で自分自身を抱きしめるファビアン。


「つまりはこれ以上ないほどにめでたい日なのサ! ご理解いただけたかな!?」

「なるほど、よくわかった」


 でもさ、まだフローラと結婚してないよなと突っ込むと、両腕を上げ、頭をふるいながら、金髪のイケメンはため息をついた。


「フフフ、些末なことじゃないか、タスク君。この僕とフローラが結ばれることは必然のこと……。運命の輪舞曲ロンドによって紡がれた必然……! 精霊が与えし、前世からの宿命ともいえる……!」

「さいですか」

「つれないじゃないか、タスク君っ! フロイライン・ヴァイオレットがフローラの姉君であるならば、君は兄同然。つまりは僕の兄弟といっても差し支えない立場だというのに……!!」


 ……勘弁してください、いやホント。これ以上、日々の暮らしがやかましくなっても疲れるだけなんだって。


「おや? ファビアン様もお帰りでしたか」


 ゲンナリしているところで耳元に届いたのは、穏やかなテノールの声で。


 オレより早く反応したファビアンは、わなわなと身体を震わせながら、ゆっくりと振り向いて声の主を見やった。


「は、ハンス……。ど、どうして、ここに……?」

「おや、これは異なことを申されますな、ファビアン様。あるじのめでたき日に、執事たる私めが不在ではいけませんでしょう?」

「そ、それも、そうだね……。ハハ……」

「そういえば……。首都の店舗を訪ねる度、ファビアン様はご不在のようでしたが。間が悪かったのですかな?」

「う、うん! そ、そうなんだ! 実はいろんな方面に挨拶へ出向かなければならなくてねえ!」

「左様でございましたか。いや、ここでお会いできたのは幸運でした。この爺、いくつかお話したいことがございましてな」

「いや、それはまた今度にしよう! うん! ぼ、ぼ、僕もフローラのところにいかなければならないしね! そんなわけでタスク君また明日っ!」


 脱兎のごとく、その場を後にするファビアンの背中へ視線をやりつつ、ハンスは大きくため息をひとつ。


「やれやれ。逃げられてしまいましたな」

「忙しい中、ハンスもわざわざすまないな」

「何をおっしゃいますか、子爵。仲間はずれにされておりましたら、この爺、死の間際まで根に持ったでしょうな」


 声高らかに笑うものの、冗談が重すぎて笑えないんだよな……。


「そうでした、子爵に頼まれました人集めの件ですが……」

「おお、どうだった?」

「問題なく揃いそうです。人数にして五十名ほどになるでしょうか」


 ……ごっ、五十人!? 随分と多くないか!?


「この短期間に、よくそれだけ集められたな……」

「造作もございません」


 なんでも、戦闘執事協会に所属している天界族たちに声をかけ、異邦人の治める領地で働きたいという者を次々にスカウトしたらしい。


「良い筋肉を持っている者を見かけたら、その都度、『君、いい身体してるね? 子爵の下で働かないか?』と声をかけましてな。おかげで精鋭を集めることができました」


 ……どこかで聞いたことのある口説き文句だと思ったら、『スーパーロボット大戦』のスカウトとまったく同じじゃねえか。


 そもそもスカウトの決め手が筋肉とか、体育会系のノリというのは得てしてそんなもんなのだろうか?


 とはいえだ。伝説の執事と讃えられたハンスの眼鏡に叶ったのである。筋肉はさておき、期待してもいいだろう。


 それではこれで、と、うやうやしく一礼して立ち去るハンスを見送って、再びヒマを持て余す時間がやってくるのかと思っていた矢先。


 今度は飛来してやってくる、赤い体躯のドラゴンを視界に捉えた。あの姿は、間違いなくゲオルクである。


 しかしながら、どうやら単独での訪問らしい。


 一緒に招待状を送っていたはずのジークフリートの姿は、そこにはなかった。

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