186.披露宴
「悪いがジークは来られない」
応接室へ入るなり呟いたゲオルクの一言に、オレは思わず身を固くした。
もしかすると、すでに四人も妻がいる身にも関わらず、さらにもうひとり妻を娶ることに反対して、来ることを拒んだのかもしれない。
そんな不安が顔に出ていたのか、ゲオルクは苦笑し、違う違うと首を横に振ってみせた。
「奴は最後まで来たがっていたんだよ。どうしても手を離せない執務を抱えていてね。止むに止まれず、欠席となったわけだ」
「お忙しいのですね」
「なに、最近は将棋関係でサボり気味だったからな。ジークにはいい薬だよ。タスク君もいい宿題を与えてくれたものだ」
「は? 宿題、ですか?」
「ほら、以前話していた、同性愛の認可についてさ」
宮中では協議が続き、その席にはジークフリートも加わっているそうだ。
お祝いの品として預かってきたという赤ワインの瓶を掲げ、ゲオルクは続ける。
「そうそう。一緒に伝言も預かっているよ」
「お義父さんから?」
「うん。『結婚おめでとう。十人までは妻を娶っても問題ない。あとは応相談』……だそうだ」
随分とぶっ飛んだ伝言だな。これ以上、妻を娶るつもりなんてさらさらないのに。
「そうかい? 私には十六人の伴侶がいるが、姉妹妻というものはいいものだよ。君にはぜひ二十人を目指してもらいたいものだな」
「身体が持ちませんよ……。こう見えて、普通の人間なんですから」
呆れ半分で応じ返すオレに、それもそうだねとゲオルクは微笑んだ。
「ジークのことなら気にしないでいい。協議も詰めの段階だし、報告がてら、近いうちにやってくるだろう」
「まとまりそうなんですか?」
「さあ、どうだろう。私の口からはなんとも言えないな」
ニヤリと不敵に笑うゲオルク。……なんというか、嫌な予感しかしないんですが。オレの気のせいですかね……?
「心配することはないよ。義理の息子が治める土地だからね。父親としては、好条件で話をまとめるはずさ」
「はあ……」
「晴れ舞台の前日なんだ。余計なことは考えず、ゆっくりと過ごしたほうがいい」
そう言って、ゲオルクは踵を返した。変に不安を煽ったお詫びとばかりに、紅茶を淹れてくれるらしい。
それはありがたいんだけど……。
正直、どんな内容に落ち着くのか聞かされたほうがよっぽど落ち着くし、心構えも違うと思うんだよな。
結局のところ、後日、改めてもたらされた報告に、オレとしては驚くことしか出来なかったわけだし……。
とにかく。
この件については、別の機会にゆっくり話そうと思う。
***
挙式はつつがなく行われた。
二回目となる結婚式でも緊張することには変わりなく、ゲオルクが付き添ってくれたおかげで、何とか乗り切ることができたって感じだ。
ウエディングドレスに身を包んだヴァイオレットは見惚れるほどに美しかったものの、同じく緊張していたようで、とにかく全身を硬直させていたのが印象的だった。
四人の奥さんたちのサポートがなければ卒倒するんじゃないかってぐらいだったし。
それに何より、
「クッ……! こんな恥ずかしい思いをするぐらいなら、いっそ殺せ! 殺してくれっ!」
……とか、今にでも叫びだしそうだったからなあ。女騎士にその台詞は付きものとはいえ、めでたい日に死なれるのは困る。
式の立会人はクラウスが務めてくれた。普段の陽気なノリとは違い、厳かな雰囲気はさすがといったところだろうか。
最初から最後まで泣きじゃくっていたのはフローラで、式を終えた直後、真っ先にヴァイオレットが寄り添いに向かう姿を見ることとなった。
長年苦楽を共にしたふたりである。聖域のようにも思える光景を見守りながら、フローラが結婚する際は派手にお祝いしようと心に決めた。
……というかね。そもそも、だ。
「次に結婚するのは誰になるんだろうな?」
挙式後の開かれた大宴会の最中のこと。
何気なく呟いた一言に反応したのはアルフレッドで、口元へ運ぼうとしていたワイングラスを宙で止め、まじまじとオレを見やった。
「突然、どうしたんです?」
「すでに何組かカップルがいるだろ? 交際が順調なら、そろそろ報告を受けてもいいんじゃないかと思ってさ。式を挙げるなら、みんなで祝ってやりたいじゃんか」
「それぞれにタイミングというものがあるでしょう。しばらくは見守っているのがよろしいのでは?」
「領主としてはそうするべきなんだろうけど……」
クラウスと談笑するソフィア、フローラへ愛を囁くファビアン、クラーラの後を追うジゼルと、賑やかな面々の中を次々に視線を動かしながら、オレは龍人族の商人に尋ねた。
「いち友人としては、浮いた話のひとつも聞かないと心配になるって話さ。なあ? アルフレッド君」
「なるほど、そう来ましたか」
「グレイスとはどうなんだ? そっとしておいて欲しいっていうなら、無理に聞かないけど」
「ご心配なさらず。僕なりに順調だとは思ってますので」
その時が来たらキチンと報告に伺いますよと笑い、アルフレッドは片手を上げた。視線の先には、着飾ったグレイスの姿が見える。
羽根がついたような軽い足取りで、グレイスの元に向かっていくアルフレッド。やれやれ、どうやら余計なお節介だったみたいだ。
「たっ、タスク殿……」
消え入りそうな震える声に振り返ると、そこには純白のウェディングドレスをまとったヴァイオレットがいた。
「……そ、その、あ、あああ、あああ改めて妻としてよろしくお願いしたいというかなんというか気がつけば挙式が終わっていたのでロクに話も出来なかったというかそのなんだ」
美しいブロンドのロングヘアを揺らしながら、動転したようにまくしたてるヴァイオレット。
「落ち着いて、ヴァイオレット。ちゃんと聞いてるからさ」
「そ、そそ、そうか。うん、そうだな。わ、私としたことが……」
ごほんと咳払いをしたものの、気恥ずかしさからか、ヴァイオレットは顔を真っ赤に染めたままだ。
「がさつで、武芸以外にこれといって取り柄のない私だが……。妻として立派に努める所存だ。末永くよろしくお願いしたい」
何を言われるかと思っていたけど、そういうことか。うーん、堅苦しく考え過ぎなんだよなあ。
「立派とか、努めるとか、そんな難しいこと考えなくていいぞ?」
「は……?」
「四人の奥さんを見てみろって。誰も気負うことなく、自由気ままに暮らしてるだろ」
「それは……。否定しないが」
「だろ? それに、ヴァイオレットはがさつなんかじゃない。花を扱わせたら一流だし、動物をいたわる優しい心だって持ってるじゃないか。もっと自信を持たなきゃ」
「そ、そうだろうか……」
「そうそう。むしろよろしくお願いしたのはオレの方だしな。こんなに素敵な奥さんを迎えられたんだ。愛想を尽かされないよう努力しないと」
素敵という一言にますます顔を上気させ、言葉を失うヴァイオレット。
そこに現れたのはしらたまとあんこで、ベルお手製の衣装に身を包んだ二匹のミュコランは新婦へ寄り添い、愛らしく鳴き声を上げた。
「みゅ!」
「ほら。しらたまとあんこも、素敵だっていってるぞ?」
「みゅー!」
同意の声を上げ、頭を擦り寄せるミュコランたち。ようやく落ち着いたのか、ヴァイオレットは優しく微笑み、ありがとうと、しらたまとあんこを交互に撫で始めた。
「……それで、だな。タスク殿に相談があるのだが」
「相談?」
「その……。結婚して夫婦となったからには、タスク殿と呼ぶのは他人行儀でないかと考えてだな……」
再び緊張し始めたのか、ミュコランたちを撫でる手の動きが、徐々に速さを増していく。
誰とも視線を合わせることもなく、独白するようにヴァイオレットは言葉を続けた。
「それで……。で、できれば、今後、タスク殿のことを……。だ、『旦那様』と、そう呼びたいのだが……」
うっ! そんな可愛らしい相談をされるなんてっ……! 不意打ちにもほどがあるっ!
普段は凛とした女騎士がもじもじと照れくさそうにしている様子は、正直、ぐっとくるものがあり、オレとしては「もちろん!」と即答するしかないわけで。
「ほ、本当かっ!?」
ぱぁっと表情を明るくさせる新婦を抱きしめたい衝動にかられながらも、オレは早速そう呼んでもらうようにお願いするのだった。
「い、今すぐだろうか?」
「もちろん!」
「す、少し待ってくれ……。相談したものの、心の準備が……」
大きく腕を広げながら、スーハースーハーと深呼吸を繰り返すヴァイオレット。
やがて覚悟を決めたように、両頬をパシンと叩いて気合を入れた女騎士は、今から一騎打ちに臨むぐらいの真剣な表情でオレに向き直った。
「……だ」
「だ?」
「だ……、だん……」
「……」
「だ……んな……さ」
「あー!! こんなところで新郎と新婦がいちゃついてやがるぞぉ!!!」
甘い雰囲気をぶち壊す大声の主はクラウスで、ワイン瓶を片手にやって来たハイエルフの前国王は、絡み酒のお手本ともいえるタチの悪さを披露した。
「隠れていちゃついてるなんて話になんねえよなぁ!! もっと、目立つところでやってもらわねえと、酒の肴になんねえだろぅ!?」
「夫婦の時間をつまみにするんじゃないっ」
「わかったわかった……。じゃあせめて、ちゅーしろ。ちゅー。新婚なんだ! ちゅーぐらい見せつけなくてどうする!?」
「見せつけるようなもんじゃないだろうが!」
「おーい、みんなー! いまからこの夫婦がちゅーするってよー!」
全っ然、聞いちゃいねえ……。
あー、ほら! クラウスが余計なこと言うから、みんながわらわらと集まってきたじゃないか! 見世物じゃないんだぞ!?
「ほれっ、さっさとちゅーしろー! ちゅーぅ! ちゅーぅ! ちゅーぅ!」
周囲から自然と湧き上がる『ちゅー』コール。この酔っぱらいどもめ……。
こうなったら仕方ない。見世物覚悟で、軽くキスをして撤収してもらおうじゃないか。
そんなことを考えながら、ちらりとヴァイオレットを眺めやると、ウェディングドレスに身を包んだ女騎士は身体を震わせ、そして絞り出すように声を上げた。
「こっ……」
「こ?」
「殺せぇっ! こんな辱めを受けるぐらいならっ! いっそのこと殺してくれぇっ!!」
……祝いの席に不釣り合いな魂の叫びは、またたく間に響き渡り、初夏の爽やかな風に乗って、樹海の奥深くへと消えていった。
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