184.余談。協議の後に
ここからは完全な余談になる。
協議を終えたオレたちは、揃って薬草畑へ足を運ぶことにした。
イヴァンへのお土産として、例の叫び声の小さいマンドラゴラを渡そうと思ったのだ。
ここ最近、ダークエルフの国とうちの領地とを頻繁に行き来してもらっているし、イヴァンも疲れが溜まっているんじゃないか。
マンドラゴラはマナも豊富な上、滋養強壮にもいいという話だ。今のイヴァンにはうってつけの代物だろう。
それに、新たに発足された『マンドラゴラ愛好会』の手によって、マンドラゴラの改良も進んでいる。
賢明なる皆様におかれましては、『マンドラゴラ愛好会』とはなんぞやと思われていることだろうが、実のところ、詳しいことはオレにもわからない。
そもそも、愛好会の発足人はクラウスだったのだ。
先日収穫した、“色白能面フェイス脚線美マンドラゴラ”を、ハイエルフの前国王はいたく気に入ったらしい。
艶めかしく、そしてセクシーに、根っこが二本へ分かれているマンドラゴラを見るやいなや、クラウスは大爆笑。
「ゲラゲラゲラッ!!! なんだよこれっ! ひぃ…ひぃっ……! なんだよっ、これぇ!!! バッカじゃねえの! ばっ……かっじゃ! ねぇのぉぉぉ……!」
……と、涙を流しながら引きつり悶え、しまいには呼吸困難へ陥るほどだったのだが、それがようやく落ち着くと、
「よし、俺にも手伝わせろ。こいつを上回る、芸術的なマンドラゴラを作ってやるっ!」
……なんて具合で、多忙の身にも関わらず、自ら望んでマンドラゴラの栽培へ加わることになったのだ。
それからというもの、『セクシーマンドラゴラ』の存在を知ったソフィアとグレイスも、「創作意欲をそそられる」と、栽培を手伝うこととなり、先日やってきたジゼルも「コレ、面白いですねえ!」と、無垢な好奇心から加入が決定。
それならばいっそ栽培チームを作ってしまおうと、リアとクラーラをメンバーに巻き込み、前述の愛好会が誕生した。
ちなみに、オレは愛好会に参加していないものの、クラウス曰く、「参加してなくても、お前さんは名誉会員だから」だそうだ。一体何の名誉だよ?
とにかく。
マンドラゴラ愛好会の栽培にかける情熱は本物で、クラウスなんかはニッコニコしながら、「すげえの出来たぞー!」と、頻繁に、オモシロ造形のマンドラゴラを持ってきてくれる。
持ってきてくれるのはいいんだけど……。
涅槃っぽいやつとか、考える人っぽい芸術的な形状のマンドラゴラはまだいいとしよう。
女豹のポーズとか、M字開脚とか、どうコメントしていいのかわからない形状のマンドラゴラを持ってきては、
「な!? なっ!? すげえだろっ!?」
と、興奮混じりに尋ねてくるのはやめていただきたい。男子中学生か、お前は。
とはいえ、困ったことに、こういった形状のものほど、マナの含有量は、野生のマンドラゴラと比較にならないほど抜群だそうだ。
魔法のスペシャリストが手を加えた分、完成したものも凄いんだなと素直に感心するものの、いかんせん、普通の形状で作れないのかと思わなくもない。
……いやね? そもそもセクシーなマンドラゴラを作ったのはオレだし。さらにいえば、多少いびつな方が野菜は美味いっていうじゃない?
果たして、マンドラゴラを野菜と同等に扱っていいのか、甚だ疑問ではあるんだけど。
愛好会のメンバーは「どこに出しても恥ずかしくない、自慢の逸品」って胸を張るけど、本当にそうなのか、部外者にも確認してもらう必要があるだろう。
そこでイヴァンの登場なのだ。
お土産代わりに渡す一方で、商品として売れるかどうかを判断してもらおうと考えたのである。
***
聡明なダークエルフの義弟は、薬草畑へ足を運ぶなり、マンドラゴラが栽培されていることにいたく感動したようだ。
目を輝かせながら畑を眺めやっている。
「こんな風にマンドラゴラを育てている光景は初めてです! 野生の物しか見たことないですからね!」
「リアとクラーラの研究成果だよ。ダークエルフの国で売れるかどうか、判断してもらいたんだけどさ」
「魔法を使う上ではなくてはならない物ですからね! 絶対に売れるに決まっています!」
鼻息荒く「いくらで売っていただけるんですか?」と迫る義弟を手で制し、オレは苦笑しながら応じた。
「落ち着けって。とりあえずお土産に現物を渡すから。それから判断してくれ」
「本当ですかっ!? いやぁ、嬉しいなあ。土壌からもマナが溢れていることがわかりますよ。相当いい出来なのでしょうね!」
早く現物をとせがむイヴァンへ、ジゼルが収穫したばかりだというマンドラゴラを持ってきてくれた。
「イヴァン様! これが採れたてのマンドラゴラですよ!」
「おおっ!」
歓声を上げたものの、イヴァンは一瞬にして困惑の表情へと変わる。
「…………えっと、これが……?」
「ハイっ! 自慢のマンドラゴラです!」
ダークエルフの少女から手渡されたのは、いまや面白さでいえば中ぐらいのレベルといえる、『ボンッ・キュッ・ボンッ!』な、グラビアアイドル体型の色白セクシーマンドラゴラで。
うっすら微笑んだようにも見えるマンドラゴラの表情を、なんともいいようのない瞳で眺めやりながら、イヴァンは押し黙った。
「どうしたんですか、イヴァン様?」
ダークエルフの少女から純粋な眼差しを向けられ、イヴァンがようやく口を開く。
「あー……。なんというか、な、ジゼル。気持ちは嬉しいのだが……。べ、別のものはないかな?」
「別のものですか?」
「その、どう言ったら君にわかってもらえるだろうかな……。これより落ち着いた形状のものというか……」
言っていることを理解したのか、ジゼルはオレを見るなり、確認するように小首を傾げた。
「領主さん、こういう形以外のものって、見たことないですよね?」
「うん。まあ、な……。イヴァンの持ってるそれは比較的大人しい方だと思うぞ?」
「これで……ですか?」
グラビア形状マンドラゴラを再び眺めやるイヴァン。
「……義兄さん」
「お? どうだ? いくらぐらいで売れそうだと思う?」
「いえ、この形ではちょっと刺激が強いといいますか……。買い手はつかないかと……」
商品として売りたいんだったら、もっと真っ当な形状のものでなければと続けるイヴァンに、ジゼルは反論した。
「でもでも! そういった形の方が、マナが強くなるんですよ?」
「……何事も程々が一番なのだよ、ジゼル。お前にも、いつかわかる日が来るさ……」
遥か遠くを眺めやり、そして、イヴァンはジゼルにマンドラゴラをそっと手渡した。
「お土産に持っていかないのか?」
「ええ。今回は遠慮しておきます……」
「遠慮なんかしなくていいのに」
「……義兄さん」
「なんだ?」
「義兄さんはやっぱり変な人ですね……」
「それはさっきも聞いた。褒め言葉なんだろう?」
「いえ、今回は本気でそう思ってます」
張り付いた笑顔の義弟はそう呟いて、
「ジゼルのことを、く・れ・ぐ・れ・もっ! ……よろしくお願いします」
と、念押しするように帰って行った。
「イヴァン様……。どうしたんですかねえ?」
グラビアマンドラゴラを大事そうに抱えるジゼル。その純粋な瞳を見るからに、イヴァンの願いは叶いそうになさそうだ。
そもそも、この領地自体、奇人変人大集合みたいなもんだし。毒されないほうが無理っていうかさ。その点、ジゼルはまだまともな方だと思うんだよな。
「あっ、そうだ。領主さんを見つけたら呼んでくるように、クラウスさんから言われてたんでした!」
「へえ? なんだろう?」
「なんでも、子供には見せられない、すっごい形のマンドラゴラができたとか! 私も見たいなあ……」
……まともな大人が少ない点については、領主として、本当に申し訳ないと思う。
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