177.ジゼルとクラーラ
お嫁さん? クラーラの? なんで?
突拍子のない発言は、とてもじゃないけど理解できないもので。
どういった反応をすればいいのだろうかと悩んでいた矢先、指名されたクラーラは声を上げた。
「まともに取り合わなくていいわよ。この子が勝手に言ってるだけだから」
「酷いです、お姉さま! 『毎朝、ジゼルが淹れてくれたハーブティーが飲みたい』……めくるめく熱い一夜を過ごしながら、そう囁いてくれたではないですかっ!!」
「アンタと一夜を過ごしたことなんてないでしょう!? 都合よく記憶を捏造するなぁ!」
そしてギャーギャーと騒ぎ始めるサキュバスとダークエルフ。……何だこれ?
どうなってるのとハンスを見やって説明を求めると、孫娘たちを見守るような微笑ましい表情で、戦闘執事は口を開いた。
「滞在中、ジゼル嬢がクラーラ様のことをいたく気に入られたようでして……」
長老たちを前にしても堂々と振る舞い、空いた時間に病人を診察して回るだけでなく、薬学の研究にも取り組むという、勤勉な姿へ惚れ込んだらしい。
気がつけばクラーラの後をずっとついて回り、薬学の弟子にして欲しいと頼み込む始末。
……ん? するとお嫁さんっていうのは、どっから出てきたんだ?
当然の疑問に、ハンスは顔を近づけて囁いた。
「それが、どうやらジゼル嬢は同性愛者だそうでして……」
「……クラーラが同性愛者だっていうことを知って近づいたのか?」
「そうではないのですが……。感覚的にわかるんでしょうなあ。気がつけば、あのような状況に」
なおも揉め続けているクラーラとジゼルに視線を送る。キスをせがむダークエルフを、全力で遠ざけるサキュバスという構図はなかなかに新鮮だ。
「長老のひ孫なんだろ? ここに来ることは向こうも了承済みなのか?」
ハンスは頷き、そして続ける。
「大陸では同性愛が禁じられておりますし、それはダークエルフの国も変わりません。身内からそのような者が出てしまうと体面が悪いのでしょう」
「つまりは厄介払いみたいなもんか。酷い話だなあ、おい」
別に悪いことをしているわけでもないっていうのに、同じ女性を好きになるっていうだけで疫病神みたいな扱いかい。
どこもかしこもマイノリティには厳しいもんだと、思わず大きなため息をひとつ。
とはいえ、ため息をついてばかりもいられないな。
ジゼルは小柄な身体に不釣り合いの力強さで、今まさにクラーラの服を脱がしにかかろうとしている。
まだ明るい時間帯だし、せめて部屋でやりなさいというツッコミを堪え、とりあえずはふたりを止めることに。
「ジゼルって言ったな。クラーラの何がそんなに気に入ったんだ?」
オレの声に動きを止めたダークエルフの少女は、純真無垢な表情でまくしたてた。
「それはもう、なんといってもクラーラお姉さまはかっこいいというか! 凛としたお姿もお綺麗なのですが、物憂げな表情も愛らしいっていうか、それに風にそよぐ麗しい髪からはいい匂いがしますし、スタイルも抜群で形のいいおっぱいとか吸い付きたいですし許されるなら今すぐベッドへ直行したいっていうかおはようからお休みまで暮らしを見つめ続けたいっていうかできることなら子供は五人は欲しいって思っているんですけれどクラーラお姉さまがお望みならそれい」
「オーケー。ストップ。そこまでだ」
いつの間にかハイライトの消えた瞳を見やりながら、オレはジゼルの態度に既視感を覚えるのだった。
うん、リアに迫るクラーラと変わんねえな、これ。
まさか初対面の相手の頭上へチョップを放つわけにもいかないし、本人は至って大真面目っぽいしなあ。
「理解は追いついていないけど、話はわかった。とりあえず、しばらくの間、ここで暮らしてみるか?」
オレの提案に喜ぶジゼルと、声を荒げて迫るクラーラ。
「ちょっ! アンタ何考えてんのよ!? この子を住まわせるとか正気なの!?」
「とはいってもなあ。この子が大人しく国へ帰ると思うか?」
「……う」
「当面、薬学の弟子ってことで面倒を見てやればいいじゃないか。クラーラの役に立つようなら万々歳。そうならなかったら追い返す口実ができるだろう?」
「……役に立つようなら、ずっと居着いちゃうじゃない。その時はどうすんのよ?」
「……」
「ちょっと、なんとか言いなさいよ」
クラーラから視線を外し、全身で喜びを表現しているジゼルを見やる。
「ジゼルの家なんだけど」
「ちょっと! まだ話は終わってな」
「クラーラと一緒の部屋でいいか?」
「お願いだから止めて」
「そいつは残念。領主邸も空き部屋がなくてね、急ぎ用意できるのは目の前にある旧領主邸になっちゃうんだけど」
旧領主邸、という言葉を聞いた途端、沈み込んでいたクラウスは勢いよく立ち上がった。
「一部は俺の仕事部屋として使っているけど、それでもよければ歓迎するぜ!? 小さい女の子の一人暮らしとか不安だろ? その点、“ハイエルフの前国王”である俺が一緒なら警備は完璧! 安全安心だしな!」
爽やかな表情をみせてアピールするクラウスだが、ジゼルの反応は冷たい。
「え〜……。ハイエルフのおじいさんが一緒なのはちょっと……」
「おじいっ……」
ジゼルの一言にショックを受けたのか、再びその場へ倒れ込むクラウス。そうだよな、見た目は十代だけど、実際は九六〇歳だもんな。そりゃあおじいちゃん扱いされちゃうか。
クラウスへのフォローは後回しにしておいて。他に空いてる部屋となると……。
「隣の薬学研究所かなあ。元々クラーラが住んでたし、風呂もトイレもついてるから不自由は」
「そこにします!!」
言葉を遮り、ダークエルフの少女はオレの手を取った。
「さすがは領主様です! クラーラ様の残り香を堪能できるお部屋をご提案されるなんて!!」
本人は全く持って悪気がないんだろうけど、クラーラの背中には寒気が走ったようだ。
両腕で身体を抑えながら、ジト目でジゼルを眺めやった。
「……妙な真似したらすぐに追い出すわよ?」
「安心してくださいお姉さま! お姉さまの嫌がることは、決していたしません!」
汚れのない輝きを帯びた瞳を向けられ、頭を抱えるクラーラ。
「はあ……。もういいわ、疲れたし……。私は休ませてもらうから、後は勝手になさい」
「それでは私が添い寝を……」
「しなくていい!!」
「ではお背中をお流しさせて」
「しなくていいから!!」
再びギャーギャーと騒ぎ立てながら、領主邸に足を運んでいくクラーラとジゼル。
領地がますます賑やかになるなあと思いながら、オレは改めてハンスに尋ねた。
「ダークエルフの国はどうだった?」
「そうですな。これといって筋肉自慢はおりませんでしたな」
「……いや、そういうことじゃなくてさ」
「ほっほっほ。これは失礼を……」
戦闘執事は穏やかに笑い、そして真剣な表情を浮かべてから語を継いだ。
「水道に関しては概ね問題ないようです。ただ……」
「ただ?」
「人間族との交易については、若干の問題が」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます