178.市場の計画

 ダークエルフの国の通過を認め、この土地で交易させたとして、通行の際に国の機密情報を知られないか。


 また、武器などを密輸される恐れもある。悪用を防ぐという意味も含め、関所を至るところへ設ける必要が出てくるが、設置費用はどこが負担するのか……などなど。


 予め想定していた反応なので、これらについては具体案を提示することで懸念は解消されるだろう。


「長老会の意見としては、条件付き賛成が大半といったところですな。通行税を課せば、売るものがなくとも外貨を得られますので」

「できれば通行税は免除、あるいは低く設定してもらいたいんだけど……」

「難しいでしょう。つい先日まで敵対していた国同士です。無償で往来を許可するなど、ありえない話だと突っぱねると思いますが」

「そこらへんは協議するしかないな。歴史上、商人に重税を課して繁栄した国はないからね。それは通行税だって同じさ」


 モンゴル帝国が一時代を築いたのは、シルクロードにおける経済交易の重要性を把握し、煩雑な税体型を廃止して、商人たちの信用を得たからだ。


 交易が活発になれば、その恩恵はそれぞれの国へ還元される。それはここの世界でも変わらないはずだ。


 ま、詳しいことはイヴァンが来た時に話し合うとして。


「ところでハンス。ファビアンが帰ってくるまでまだ時間があるよな?」


 戦闘執事は顎に手を当て、記憶をたどるように呟いた。


「そうですな。予定ではあと一月ほどかかると思いますが……。何分、この爺めがいると、ファビアン様はご自宅に戻られるのを嫌がりましてな。もう少しかかるやもしれません」

「そうか。ファビアンが戻ってくるまで、ハンスに頼みたいことがあるんだけど」

「ほう、この私にでございますか?」

「うん。人集めをお願いしたいんだ。ハンスの見込んだ天界族の人たちに、ここで働いてもらおうと思ってね」


 興味深そうな眼差しでオレを見やり、ハンスは応じた。


「面白そうなことを考えられましたかな?」

「詳しいことは国王おとうさんに相談してからとは思っているんだけど。この土地へ市場を作ろうと思ってさ」


 交易路ができれば、商人の交流する場が必要になる。共通の市場があれば、そこで取引が行えるだろう。


 市場の他にも認めてもらいたいことが色々あるのだが……。それはジークフリートとあった時に、直接話を進めることにしよう。


***


 その機会は意外と早く訪れた。


 ジークフリートがゲオルクを伴って姿を見せたのは翌日のことで、もはや我が家同然といわんばりに、来賓邸の応接室で寛ぐ国王は、完成したばかりのマンガ原稿を熱心に読みふけっている。


「おい、ページをめくるなよ。俺がまだ読んでいるんだからな」

「いちいちウルサイぞ。お前の読む速度が遅いだけだろうて」


 ジークフリートの背後から原稿を覗き込むのはゲオルクだ。


 見た目はオッサンなのにも関わらず、マンガに夢中な少年たちを彷彿とさせるやり取りは見ていて微笑ましい。


 隣では作者であるエリーゼが、ふたりの様子を固唾を飲んで見守っている。緊張しているのか、カチコチと身体を硬直させたままだ。


「うーむ……! 実に面白かった……!」


 原稿の束をテーブルへ戻し、ジークフリートは満足げに呟く。その一言に、エリーゼは安堵のため息を漏らした。


「エリーゼや。これの続きはないのか?」

「な、ないです……。いま描いているところで……」

「なんじゃあ……、まだできとらんのか。ワシはもう、続きが気になって気になって……」

「ご、ゴメンナサイ……」

「おい、オッサン。無茶なこと言うなよ。それができるのにエリーゼがどんだけ苦労したと思ってんだ?」


 原稿を大事そうに抱え、クラウスが肩をすくめる。


「それにな、マンガってのは労力も時間もかかるもんなんだぜ? いい加減に理解しろっての」

「しかしなあ……。こう、いいところで『続く』となってしまうと、そのあとがどうなるか、気になって仕方ないではないか!?」

「そ、そういう作りのものですから……」

「頼む、エリーゼ! 出来ているだけでも良い! 続きをっ! 続きを読ませてもらえないだろうか!?」

「それ以上、ウチの看板作家を困らせるようなら、もうマンガ読ませねえぞ」


 クラウスの一言に、威厳のかけらもなく、がっくりとうなだれるジークフリート。あなた一応、王様ですよね……?


「しかし、確かに面白かった。ソフィアの描いたものはいまいち面白さがわからなかったが……」


 自分の席に戻ったゲオルクが感想を述べると、紅茶を楽しんでいたリアとベルが反応する。


「そうですか? 私はどちらも面白かったと思いますが」

「ウチもウチも☆ ソフィアっちのは女の子向けって感じで、キラキラしてたかなー♪」


 確かに。エリーゼは王道系将棋マンガってな展開で、ソフィアのは少女向けラブコメ混じりの将棋バトルマンガって感じだからな。


 最初は無茶だと思ったのに、ラブコメと将棋とバトルを一緒にして成立させたもんなあ。ソフィアの技術、恐るべしだ。


「私はエリーゼの方が好みじゃったかのう。高みを目指し、友と共に己を鍛える。心揺さぶられる内容ではないか」


 お土産の焼き菓子を頬張りながら、アイラが呟く。義父と茶を囲む嫁たちの光景も、すっかりお馴染みとなった。


 祖父と孫娘たちといっても違和感のない構図を眺めやりながら、ゲオルクは思い出したように口を開いた。


「そうだ。聞いてくれよ、タスク君。ジークのやつ、将棋用の娯楽施設をあちこちへ乱立させてね」

「乱立、ですか?」

「将棋マンガを作ると聞いてから、偉い張り切りようなんだよ。その分の情熱を執務へ活かしてくれればいいものを……」


 額に手を当てるゲオルクに、ジークフリートは反論する。


「乱立とは何だ。乱立とは。あくまで将棋の普及のため、必要な処置をしたまでのこと。ワシは良かれと思ってだな……」

「だからといって、マンガの中に出てくる『大陸将棋協会』まで作る必要はないだろう?」


 ……は? 架空の団体を実際に作ったんですか?


「うむ! 実際に存在すれば、それだけ臨場感も増すというもの。もちろん、協会の長はワシだ!」


 これからは龍人族の国王、そして将棋界の王、二足のわらじでいくぞと息巻くジークフリート。


「ちなみにだがな、協会の賛同者にはタスク、そなたの名前も入っておるからな」

「いつの間に……」

「領主を辞めたら協会に来い! 次期、協会の長として迎え入れようではないか!」

「はあ……」

「ま、ワシは生涯現役のつもりだがな!」


 ガハハハハと声高らかに笑う龍人族の王に、ハイエルフの前国王は頭を振ってみせる。


「オッサンよー。いい加減引退しろっての。そろそろ息子に国政を任せてたっていいだろうに」

「そうですよ。お父様もいいお年ですし、お体が心配です。クラウスおじ様の言う通り、お兄様へ王位を譲られては?」


 リアが賛同を示すものの、当の本人には響かなかったようだ。


「何を言うか。『賢龍王』と呼ばれるワシがやすやすと王位を退いては、民も不安に思うではないか」

「むしろ国民の大半はさっさと引退してくれって思ってるよ。空気読めってな」

「あ゛あ゛? 実力のなかった若造が何を言うか。己が引退したのも王の器でなかったからだろうが?」

「はぁ? 人気も実力も歴代一でしたけどぉ? ここに来てからも、連日連夜大騒ぎで大変ですしぃ? どこぞの将棋のオッサンとは違ってなあ?」

「はーいはい。おふたりともそこまでー」


 ふたりの間に割って入り、オレはお互いを遠ざけた。まったく、ケンカの仲裁も慣れてきたもんだなあ。こんなこと、慣れたくなかったんだけどさ。


 そんなことよりも、ジークフリートには相談したいことが色々あるのだ。


「おお、そうだったな! 息子の頼みに応じるのも、父として、そして王としての務めだからな! 全てはこの“賢龍王”に任せるが良い!」


 とあるワンフレーズを強調しながら、ジークフリートはニマニマとクラウスを見やり、クラウスはちっと舌打ちしながら、つまらなそうに紅茶をすすっている。


 ……場が荒れずに済んだんだから、お義父さんもこれ以上挑発するの止めてくださいよ。


 お構いなしに、オレが差し出した書類へ目を通すジークフリート。いつしか顔つきは真剣なものへと変わり、そしてある項目へ目を通した途端、厳しいものになった。


「市場についてはいいだろう。元々、商業都市として発展させたらどうだと提案したのはワシとゲオルクだ。交易路についても問題ない」

「ありがとうございます」

「しかし、だ。これについては判断が難しいな……」


 ジークフリートが書類の一部を指差す。そこにはこんな一文が書かれていた。


***


・大陸で禁止されている同性同士の婚姻については、当領地においてのみ、これを認めることとする。


***

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