164.手紙の返答

 領地内へ着地した龍人族の商人は、人間の姿に変わった途端、身だしなみを気にするようにスーツの肩口を手で払うと、トレードマークであるメガネを掛け直し、手櫛で髪を整えはじめた。


 ついこの間まで、ボサボサのヘアスタイルと、ヨレヨレのスーツでも一向に気にしなかった男とは思えない変わりようだなあ。


 前に「領主に仕える身として恥ずかしくない格好を」とか言ってたけど、どちらかといえば、グレイスにいい格好を見せたいって気持ちのほうが強いんじゃないかと勘ぐってしまうよね。


 ま、好きになった相手へいい所を見せたいというのはオレも変わらないし、人のことはいえないけれどさ。


「僕の顔に何か?」


 まじまじと顔を眺めやっていたことに気付いたようで、アルフレッドは軽く首をかしげている。


「ご機嫌なようだし、グレイスにお土産でも買ってきたのかと思ってさ」

「え゛っ!? えっと、ですね……。それはその……」

「答えなくてもわかるよ。正直者め」


 アハハハと苦笑しながら、整えたばかりの髪をボリボリとかきむしる龍人族の商人に、オレは改めて労をねぎらった。


「とにかくお疲れ様。悪いな、急にお使いを頼んじゃってさ」

「とんでもない。上客への御用聞きもできましたからね。僕としてもちょうど良かったですよ」


 そう呟いてから畑に視線を向けたアルフレッドは、興味深そうな口調で続ける。


「これが話していた米の栽培ですね。上手くいきそうなんですか?」

「うーん。一定の品質になるにはまだまだ時間がかかりそうだな。個人的には今すぐ食べたいっていう心境なんだけど」

「期待してますよ。大陸の食料事情を一変させるかもしれない作物なのですから」


 大陸で流通している主食の穀物はほとんどが細麦で、不作の影響が大きいという懸念を解消できていない。


 一部の地域ではじゃがいもやとうもろこしを増産しているらしいけど、細麦に取って代わるまでには至らず。


 そういった事情から、米を伝搬させることで栽培の選択肢を広げ、不作の影響がでないバランスのいい農業を行うと同時に、住民たちの飢えへの不安をなくそうというのが、アルフレッドの考えなのだ。


 ……もっとも、ただ単に、和食を食べたいから米を作るという、オレが欲が先にあったことは言うまでもないんだけど。


「そもそもだ。米の味を気に入ってくれるかどうかがわかんないからな。みんなの口に合わないようなら、苦労も水の泡って話だし」

「みんながみんなグルメというわけではありません。ほんの少しの穀物へ樹木の根っこや木くずを混ぜてかさ増しし、空腹を満たしている貧しい人もいますから。まともな穀物なら喜んで食べますよ」


 気持ちが重くなる現実だな。そういった人たちのためにも、できるだけ早く米の改良を進めたい。


「ごしゅじ〜んっ」


 呼ぶ声に振り返ると、宙へ漂うふたりの妖精が視界に入った。ロロとララだ。


「それじゃあ、そろそろ行ってくるッス!」

「……おみやげ……きたい……してて……?」


 ビシッと敬礼のポーズを取るロロと、明らかに眠そうなララ。


「お土産はいいから、くれぐれも気をつけて」

「了解ッス!!」

「……(コクリ)」


 軽いやり取りの後、ロロとララは北東の樹海に向かって飛んでいく。その姿を眺めながら、アルフレッドは口を開いた。


「行き先は獣人族の国ですか?」

「ああ。せいぜい無駄足になることを願うばかりだよ」


 ロロとララを獣人族の国へ向かわせたのは情報収集のためだ。


 地域によっては悪習が根強く残るところもあり、忌み子などの伝承が今も引き継がれている。


 その事実が本当かどうか確認するため、大陸中へ情報網を張り巡らせている妖精たちに、獣人族の国への潜入を依頼したのだ。


 最初、ココへ頼みに行ったものの、「私がいなくなったら、誰がカフェの責任者になるの?」と断られてしまい、それならばとロロとララのふたりに任せたのである。


 様子を見に行ってもらい、忌み子などの伝承が残っていなければ別にいい。でも、もしそうでなければ……。


 オレはアルフレッドに向き直り、ジークフリートへの手紙の返答がどうなったのかを尋ねた。


「そうでした。陛下から書状と伝言を預かっておりますよ」

「伝言?」

「陛下曰く『領主の権限の範囲内だろう。好きにやれ』と」

「って、言われてもなあ。事が事だし、一応確認は取らないとさ」

「お気持ちはわかります。少なからず龍人族の中にも、忌み子を毛嫌いしている人はいますからね。王の命令とあらば、従わざるを得ないでしょうし」


 手渡された書状に目を通す。そこにはジークフリートの直筆で、下記が記されていた。


『人道的観点から、獣人族において忌み子等と俗称される人々の移住を認め、龍人族国王の名の下にこれを保護する』


 つまりはアイラみたいな境遇の人たちをここで受け入れるため、その許可をジークフリートへお願いしたのだ。


 差別がなければ必要ない書状だし、むしろ、そう願いたいところなんだけど……。


「迫害された人々を受け入れることは全面的に賛成です」


 思案顔を浮かべて、アルフレッドは続けた。


「しかし、場合によっては内政干渉だと断られる可能性もあるのでは? こんなことを言うのは心苦しいですが、そういった人々を労働力として酷使する側面が存在するのも確かです」


 連合王国におけるハーフフットたちがそうだったように、奴隷同然の扱いで労働に従事させている地域があることは知っている。


「もしそう言われたら、交易自体を断るつもりさ」

「それで応じるでしょうか?」

「半々っていったところかな。ただ、交易の話自体、向こうから申し込んできたことが気になるんだよ。こんな辺境の土地へ、ご丁寧に大臣の紹介状まで持参の上でね」


 そうまでして取引を行いたいということは、他との交易が上手くいっていない、あるいは行き詰まっていると推測するのが妥当だろう。


「将来を見越したら、交易を締結させることが向こうにとっても望ましいはずさ。目先の労働力を惜しむようなら、それまでの相手と思えばいい」


 まとめていた考えを口にしていると、アルフレッドから意外そうな眼差しを向けられていることに気がついた。


「どうした?」

「いえ……。温和なタスクさんらしからぬ、ドライな言動だと驚きまして」

「そうかな?」


 自分では気付いてなかったけど、この件に関しては思いの外苛立っているようだ。


 アイラから身の上話を聞いているので、余計に思い入れがあるのかもしれない。見た目だけで偏見と差別を助長する伝承なんてクソ喰らえである。


 むしろ、今まで迫害された人たちが、この土地で暮らしていくことで、相手を見返すだけでなく、相手から羨まれるような立場になればいいと思ってるぐらいだしな。


 『ざまぁ系ラノベ』も一世を風靡していることだし、そのぐらい手助けしたっていいだろう。


「ざまあけい……? なんですそれ?」

「独り言だ、気にしないでくれ。それより、考えなきゃいけないことがあるんだ」


 もし、忌み子がいると仮定して、その人たちを受け入れることになった場合、どんな仕事に就かせるのがいいだろうか?


 どうせなら人が羨む、誰にも真似できないスペシャルな職を見つけて欲しいところだけど、なかなか難しいよな。


 チョコレート職人、スイーツ職人はまだまだ珍しい職種だけど……。うーん、どうしたもんか?


「楽しそうな話をしてるじゃねえか」


 朗らかな声で会話に割り込んできたのは、いつの間にか姿を見せていたクラウスで、お馴染みのフードを被ったまま言葉を続けた。


「そういうことなら、いい考えがあるぜ」

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