163.米の選別、柚子桜の活用
ようやく米が食べられる!
……種籾を手にした際には感動を覚えていたのだが、やはりというか、現実はなかなかに厳しい。
試しに何粒かの籾を取り除き、中身を確認してみたものの、ほとんどすべてがひび割れていたり、あるいは極端に小さかったりと、不出来なものばかりだったからだ。
そういえば、クラウスも「栄養不足の畑で育てていた」って言ってたし、そんな場所ではいい米が作れないのかもしれないな。
とにもかくにもまずは育ててみようと、入手した種籾を植えることに。
ここからは他の作物を育てるまでの過程と変わらず、芽が出たところで
再構築した種籾なら三日間で収穫できるからな。いや、ホント、改めて思うけどありがたい能力だよ。
最初の種籾から芽が出るまでの間は、柚子桜の活用法を探るべく、いろいろな調理法を試すことに。
結果、ベタだけどジャムが一番美味しかったので、瓶詰めしてココたちへプレゼントした。一般的な柚子より、皮の部分からアクが出なかったので、手間はそんなに掛からない。
見たことのない果実だからだろうか、リアとクラーラが柚子桜を薬の一種として使えるかどうかの研究を始めているし。うーん、薬ねえ? 風呂に入れる『柚子湯』ぐらいしか思いつかないなあ。
「それ、どういう効能なんですか!? ボク、すごく気になります!!」
キラキラとした瞳で尋ねるリア。そのフレーズ気に入ってるのかな? 柚子湯の効能かあ。市販の入浴剤とかにはいろいろ書いてあったような……。
「あー……。確か、血行促進とか、ひびやあかぎれに効くとかなんとか……」
「お風呂に入れるだけでそんな効果が!? すごいじゃないですか!」
「いや、詳しくは知らないけど……。しばらく柚子湯にも入ってないしさ」
「じゃあ、試すしかないですね!」
ふんす、と、鼻息荒く、リアは身を乗り出した。試すって?
「決まってるじゃないですか! 今晩、お風呂に柚子を入れてみましょうよ!」
「ああ、柚子湯を試すってことね。はいはい、なるほど」
「もちろん、タスクさんはボクと一緒にお風呂へ入ってくれますよね?」
「……はい?」
ニッコリと太陽のような眩しい笑顔を向けるリア。うん? えっと、いや、なんというかさ。
「せっかくの柚子湯なんだし、ひとりで入ったほうが、ゆっくりと効能を実感できるんじゃ?」
「……そうですかあ、ボクと一緒は嫌なんですかあ……。そうですかあ……」
途端に瞳からハイライトが消え、落ち込んだ表情へと変わる龍人族の奥様。……いつの間にそんな顔芸を覚えたんだ?
「わ、わかったよ。一緒に入る、入らせてください!」
「やった!! 約束ですよ!!」
ぴょんぴょんと飛び跳ねて喜びを表現し、リアは柚子桜を抱えて立ち去っていく。現金なもんだなあ。
走り去る姿を見送っていると、直後、ぞくっとした寒気がオレを襲った。背後から突き刺さるような視線を感じるのだ。
ゆっくりと振り返った先には、桜の木陰に隠れるクラーラがいて、妬ましい眼差しをこちらに向けているのがわかる。
「……いつからいたんだ?」
「最初からですけど」
「そ、そうか……」
「リアちゃんとお風呂ですか……。そうですか……」
「う、うん」
「……そうですか、リアちゃんと、お風呂……」
ムチャクチャ恨めしそうじゃねえか。いやいやいや、よく考えてご覧なさいって、奥さんと一緒にお風呂にお風呂入るだけだって。やましいことなんかしないって!! ……た、たぶん。
「……ふぅん……。せいぜい、楽しんで、くださいねえ……」
フフフと不気味に笑って立ち去っていくクラーラ。怖えって。
やれやれ、何が悲しくて奥さんといちゃつくことが命がけにならないといかんのだ。いい加減、クラーラもリア離れすればいいのに……って、クラーラにとってはそんな単純な話じゃないよな。素直に反省。
獣人族の件だけでなく、考えなければいけないことが山積みのままだ。せめて自分の周りにいる人たちが、幸せに過ごせるように務めていこう。
***
種籾から芽が出たのは、畑に植えてから四日目のことだった。
再構築で種籾へ戻しつつ、再び植える前に一手間加えることにする。『塩水選』という選別作業を行うのだ。
卵が浮くぐらいにまで濃くした塩水へ種籾を入れ、浮かんできたものを排除し、底に残ったものだけを選ぶことで、より良い品質の米ができるという選別方法らしい。
らしい、というのは、オレ自身がテレビ番組で知り得た情報なので試したことがないからなんだけど。
いやはや、知識というのは覚えておいて損がないもんだね。どんな時に役立つかわかんないもんな。
本当にありがとう、鉄腕D○SH!
四人組アイドルのリーダーである関西弁の男性を脳裏へ描きつつ、木桶に塩水を用意して選別の準備を整える。
「なにしとるんじゃ?」
せっせと塩水選の用意をしているところに通りかかったのは、散歩中のアイラ、それにしらたまとあんこで、物珍しそうにこちらを覗き込んでいる。
「ほぅ。塩水でねえ? 面白いことを思いつくもんじゃのう」
一通り説明を聞いたアイラは、種籾を手にしながら興味深そうに木桶を覗き込んでいる。
「この作業を何度か繰り返せば、美味しい米が収穫できると思うんだよな」
「おぬし、前々からコメコメうるさいが、そんなに美味しいものなのかえ?」
「美味い! いや、人の味覚はそれぞれだと思うけどさ、醤油と味噌と同じく、米はオレにとってのソウルフードなんだよ」
ふぅんと頷く猫人族の背後から、二匹のミュコランが顔を覗かせる。
「みゅう」
「なんじゃ? 食べたいのか?」
「みゅ!」
こくりと頷くしらたまとあんこ。種籾だぞ、これ? 食べたいの?
「みゅー……」
甘えるように声を出し、すり寄ってくるミュコランたち。体格は立派になったけど、人懐っこいところは変わらないなあ。
わかったわかった、少しだけだぞ? と、塩水選前の種籾をひとつかみして二匹へ食べさせることに。
すると、聞いたこともない鳴き声を上げて、バッサバッサと羽根を動かし始めた。
「みゅ! みゅ!! みゅー!!」
「ど、どうした!? なんか変だったか!?」
「いや、しらたまもあんこも『美味しい!』と感激しておる」
「みゅっ!」
激しく頷く二匹のミュコラン。え? マジで? 塩水選前の種籾なんだけど、そんなに出来が良かったのか?
期待に胸を膨らませて、残った種籾を木桶へと投入していく。浮いた量が少なければ少ないほどいいんだけど。
結果は九割ほどが水に浮き、沈んだ種籾はほんの少しで、しらたまとあんこが美味しいと言っていた割に、期待はずれの残念なものとなってしまった。
「みゅ〜……」
「『それでもじゅうぶん美味しかった』と言っておる」
「みゅう」
しらたまとあんこの言葉をアイラが訳してくれる。うーん、不出来な米でも、この子らにとっては美味しいのか。
「これよりもっと美味しい米を作るからさ、期待していてくれよ?」
「みゅ!」
すり寄ってくる二匹のミュコランを撫でながら、美味しい米を作るために頑張らなければと改めて決意。
農家の皆さんだって、長い年月を掛けて少しずつ米の改良をしていったのだ。長い目で取り組まないとな。
沈んだ種籾を畑に植え、芽が出たところを再構築。再び塩水選にかけると、今度は二割ほどが水の底へ残った。多少はマシになっているようだ。
このまま回数を重ねていくことで、順調に品質が向上していってくれるといいんだけどね。
そんなことを思いながら、選別した種籾を手に畑へ向かっていると、西の空から見慣れたドラゴンが飛来してくるのがわかった。
アルフレッドが帰ってきたのだ。
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