153.マンガと即売会の行方(後編)
即売会の場所を提供してくれるという話の後、オレはクラウスへマンガ製作にあたっての注意事項を伝えることにした。
創作に長けているエリーゼを紹介するのは構わないし、彼女の性格上、頼まれたら断われないだろうというのは予想できる。
ならばせめて少しでも負担を軽減した上で、仕事を依頼できないかと考えたのだ。
そんなわけで、次の項目は守ってほしいとお願いすることに。
・マンガの執筆は時間がかかって当然。決して急かさない。
・作品の内容に口を出さない。
・自分の考えを強要しない。
・作者には敬意を払うこと。
……と、まあ、どれも重要なんだけど、二番目と三番目に関しては、この中でも特に重要だから忘れないでくれと念を押す。
『ぼくのかんがえた、さいきょうのしょうぎまんが』的発想を押し付けるなら、自分で描いてもらいたい。
幸いなことに、クラウス自身が「それはその通りだな」と納得してくれたこともあり、エリーゼには重圧を感じることなく、執筆に取り組んでもらえそうだ。
ちなみに、マンガが出来上がって以降の販売や流通に関しては、その一切をクラウスが請け負うということになった。
「ちまちま配り歩いたところで、将棋の普及には時間がかかるだろ?」
「それはそうだけど。どうするつもりだ?」
「簡単さ。俺がマンガ専用の商会を立ち上げて、大陸中に広めてしまえばいい」
……おいおい、とんでもないこと言い出したぞ、この人。
「どっちにしろ、流通させる際はギルドへの申請が必要になるからな。娯楽用の書籍を扱う商会なんぞ聞いたこともないし、なら自分が作るしかないだろ?」
「理屈はわかるけど……。商売になるのか、それ? 紙の書籍は高いって話だし、見たこともないものに買い手なんてつかないんじゃ?」
「だからどうした」
クラウスはキッパリと言い切り、そして自信満々に言い放った。
「いいか、タスク。これはいわば未来への投資なんだ」
「未来への投資?」
「その通りっ! これから世に出回る一冊のマンガが、この世界の娯楽を、文化を、書籍のあり方すら変えるかも知れねえんだ」
「将棋も一般的な遊びになるかもしれないし?」
「そう、それ! そういうこと! そういう明るい未来が待っていると思えば、たとえ損をしたとしても惜しくはねえな」
屈託のない笑顔を浮かべるハイエルフの前国王。ま、確かに興味深い話ではある。
「その投資、オレも乗った」
握手をするために差し出した手を、クラウスはがっちりと握り返す。
「流石はタスク! 話がわかるねえ。お前さんも明るい未来ってやつを見てみたいだろ?」
「それもあるけどさ。投資話に乗ろうと思ったのは他の理由でね」
「?」
「奥さんが描いたマンガを、単にオレが読みたいだけなんだよ」
オレとしては大真面目に応えたつもりなんだけど、どうやら意表をついた返答だったようだ。
目をぱちくりとさせたクラウスは、心底愉快そうに笑い声を上げて、
「そうかそうか! それはもっともな理由だな!」
と、言葉を続けた。
「ま、何はともあれ、エリーゼが承諾してくれないと話は始まらないんだけどな」
「その時はその時さ。また別の方法考えようぜ。オレとお前が組めば上手くいくって」
すっかり上機嫌になったクラウスは、エリーゼについて尋ねてくる。
そこまで入れ込む嫁さんが、どんな相手なのか知っておきたいということだったんだけど。改めて説明しようとすると何だか気恥ずかしいものがあるな。
本人には内緒にしておけよと固く口止めしてから、オレはエリーゼをはじめとする四人の奥さんの自慢話をしたのだった。
***
……しなきゃよかった。
あんなに口止めしていたにも関わらず、執務室のソファへ腰掛けたハイエルフの前国王は、昨夜の自慢話を一言一句漏らすことなくエリーゼに言い聞かせている。
「――でさ。タスクが言うには、心優しい努力家で、創作にも愛を込めているって話じゃあねえか。こりゃ、マンガ製作はエリーゼに頼むしかないわって、確信したわけよ!」
「は、はぃぃぃ……」
対面に座るエリーゼの頭から蒸気が立ち昇っているのが見えた。今にものぼせて倒れそうなぐらいに、顔は真っ赤に染まったままだ。
自分のことを可愛いだ、美人だ、優しいだ、綺麗だと、夫が自慢していた話を目の前で再現されているわけで、照れる以外に反応できなくて当然である。
うーむ。このまま続くようだと、エリーゼが
妙な心配が頭をよぎるのと同時に、今後はクラウスの前での自慢話は控えておこうと心に決めつつ、オレは強引に会話へ割り込んだ。
「とにかく、だ。同人誌のことも、即売会のことも、全部承知した上で、クラウスはマンガの執筆を依頼したいそうでな」
「ふぇっ? えっ、えっと……」
「極力負担は掛けないよう配慮するから、前向きに考えてくれると嬉しい」
オレの言葉でようやく我に返ったのか、顔を上気させたまま、エリーゼは返事をする。
「そ、その……、そこまでお気遣いいただいて、かえって申し訳ないというか、なんというか……」
「こっちこそ、断りにくい空気にさせちゃってすまないとは思っているんだ。本当に嫌だったら断ってもらっても」
「い、いえ! やります! やらせてください!」
力強く断言し、エリーゼは真っ直ぐにオレを見やった。
「ご期待に添えられるかどうかはわかりませんけれど……。わ、ワタシでよければ、ぜひ……!」
「本当かっ!?」
「は、はい……。わ、ワタシの描いた本を、たくさんの人に読んでもらえる、またとない機会でしょうから……」
ふくよかなハイエルフの言葉に、クラウスが再びオレの背中をバシバシと叩いた。
「おい、やったぞタスク! これで将棋の未来は明るい!」
「気が早いって。あと痛いわ! 少しは加減しろよ!」
悪ぃ悪ぃと笑うクラウスと、俺たちのやり取りを楽しそうに眺めるエリーゼ。
とにもかくにも、即売会の件とマンガの件が同時に解決したのは何よりだ。あとは今後について詳細を詰めていくだけだなと考えていた矢先、クラウスはこんな事を言い出した。
「あっ、そうだ。よければなんだけど、その同人誌ってやつ? 俺に見せてもらえねえかな?」
「……はい?」
「ほら、マンガを頼むにしても、直接のイメージがないとどんな出来上がりになるか想像がつかねえじゃん。大体、こんなもんだっていうのがわかればなって思ったわけさ」
仰ることは確かに正論なんですが……。
昨晩も話した通り、エリーゼの作った同人誌は繊細かつ精密に同性愛を描いたものでしてね。端的に言ってしまえば、とてもじゃないけど普通に見せられるものではないわけだ。
いや、前に実物を見せてもらったけど、耽美な男性たちが、くんずほぐれずひとつになっちゃって大変だったんだから。いくら同性愛に理解がある人でも刺激が強いと思うんだよな。
自分が描いたそういうシーンを熟読されるのも抵抗があるだろうし。……ほら! エリーゼが変な汗を流しているのを見ればわかることだろ! クラウスも空気読めよ!
声を大にして叫びたいところなんだけど、話が順調にまとまっていた場でそんなことを言えるはずもなく。
「なんというか、アレだなっ!? ほらっ、エリーゼ! 冒頭のアレだよ、さわりの部分だけ見せるってのはどうだ?」
「そ、そうですねえ!! ぼ、ぼ、ぼ、冒頭の! あの! ど、ど、ど、導入の部分だけでも、イメージは伝わるでしょうし!」
「そ、そうだよなあ! あは! あはははは!!」
意思疎通の素晴らしさったらないね。オレとエリーゼ、お互いに乾いた笑顔を浮かべながらも、絶対にそういう場面を見せないぞって、テレパシーを送りあってたもんな。
とりあえず、クラウスには差し障りのないところだけ見せて、その場を凌ぐことにする。
……するはずだったんだけど。
こういう時に限ってハプニングというものは起きてしまうもので、この直後、オレたち三人は、とある人物の不幸な出来事に遭遇するのだった。
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