152.マンガと即売会の行方(前編)

 来賓邸での話し合いから一夜明け。


 新居の執務室では、カチコチと身を固くしたエリーゼが、ちょこんと浅くソファへ腰掛けている。


「そんなに緊張しなくても……。いつも通りで大丈夫だぞ?」

「む、ムリですぅ! だって、王様が目の前にいるんですよぉっ!?」


 テーブル越しから震える声が耳に届く。助けを求めるように潤んだ瞳がオレの顔を捉えるが、その一方、緊張の原因となっている人物はまんざらでも無さそうだ。


「まぁなぁ! 前国王とはいえ、伝説級にハイパー偉大だったからな、俺! 国民から超慕われてたしぃ? 目の前にいたら緊張しても仕方ないよなっ!」


 クラウスはご機嫌に声を上げると、隣に座るオレの背中をバシバシと叩いた。


「なっ? タスク? ジークのおっさんの言うことなんか信じちゃダメなんだって! ご覧の通り、いまもハイエルフたちの人気者っていうか!」

「はいはい、わかったよ」

「あ、エリーゼだっけ? 俺、タスクの友達ダチってことで遊びに来てるだけだからさ。敬う気持ちはスゲえよくわかるけど、普通に接してくれると助かるわ」


 にこやかなクラウスに対し、エリーゼは目を丸くしてオレを見やった。


「お友達……。た、タスクさん、いつの間に王様とお友達に……?」

「なんというか、自然の成り行きでな……」

「いやはや。思い返せば、実に運命的な出会いだった! 将棋の好敵手ライバルであると同時に、から揚げの伝道師でもあったわけだからな!」

「か、から揚げですか?」


 意味がわからないとばかりに、ふくよかなハイエルフはキョトンとしている。そりゃそうだろう。


 このままだと埒が明かないと思ったオレは、軽く咳払いをしてからエリーゼに向き直り、つい先程持ちかけた話題を切り出した。


「クラウスからの依頼が、将棋のマンガを描いて欲しいってことでさ、それをエリーゼにお願いできればと思って呼び出したんだけど」

「タスクから話を聞いたんだ。物語だけじゃなくて、イラストも上手いんだってな?」

「えぇっと……、そ、その……」

「いやいや、謙遜なんかしなくていいんだぜ? 俺のダチが嘘つくわけないし、そのダチの嫁さんなわけだからさ。これは直接会った上で頼まなきゃって考えたのよ」


 ニコニコしている前国王に対し、困惑と戸惑いを混ぜたような表情のエリーゼ。


「そ、その……、と、得意といいますか……。わ、ワタシが描いているのは、す、少し特殊で……」


 モゴモゴと口ごもるエリーゼに、オレはすかさずフォローをいれる。


「ああ、大丈夫だよ、エリーゼ。エリーゼがどういったものを描いているのか、クラウスには話しているから」

「……ふぇっ?」

「あと、例の同人誌即売会の会場だけどさ、クラウスが場所を提供してくれるって」

「……えええええぇぇぇぇぇぇぇっっ!?」


 絶叫するエリーゼ。卒倒しそうな勢いで背もたれに倒れ込むが、驚くのも仕方ない。


 クラウスへ持ちかけた提案。それはマンガを作れる人物を紹介する代わりに、同人誌即売会の会場を探して欲しいというものだった。


***


 話は昨夜まで遡る。


「同人誌即売会? なんだそりゃ?」


 首を傾げるハイエルフの前国王。マンガについて教えたのに続き、オレは同人誌についても説明をすることとなった。


 世の中には自分たちで小説やイラスト、はたまたマンガなどを作り出し、創作仲間同士で楽しむ文化がある。


 簡単に言ってしまえば、即売会はそういった創作仲間の交流場所だ。


 ……今考えると雑にも程がある説明だけど、こういうのはわかりやすく簡潔な方がいい。


 実際、クラウスもすぐに理解してくれたようで、


「ふぅん、なるほどねえ。書籍類は知的財産として国が管轄しているのがほとんどだからな。あくまで娯楽分野として内々で楽しむって感じなのか」


 ……といった具合で頷いており、付け加えて、


「しかし、なんでまた会場が必要なんだ? 聞いてた限りでは法に触れないし、適当な広場とかを借りればいいんじゃね?」


 ……と、こんな感じに、ごもっともな疑問を口にするわけだ。


「あ〜……。なんというかな、その、同人誌の内容が、非常にセンシティブというか、なるべくなら人の目を避けたいというか」

「……はは〜ん? わかった、エロい本なんだろ!? かーっ! お前さんも好きだねえ!」


 ニタニタとした顔でオレを見やるクラウス。うん、理解が過ぎるのもどうかと思う。


「誤解してるぞ、クラウス。……いや、誤解じゃないか? 中にはそういった内容のやつもあるわけだし……」

「どっちだよ」

「いや、なんというかさ、非常に言いにくいんだけど……。その、同性愛を題材にした同人誌とかもあってだな……」


 この世界ではタブーとされている事だけに、毛嫌いするかもしれない。


 そんなオレの不安をよそに、クラウスはあっけらかんとした様子で言葉を続けるのだった。


「なんだ、そんなことか。過激なすんげえエロいやつかと思ってたのによ」

「……驚かないのか?」

「ああ? 別に同性愛なんて不思議なことじゃねえだろ?」

「は? いやいや、大陸ではタブーって聞いてるけど……」

「昔の慣習を宗教が広めたんだよ。同性愛は異常だってな。それがいつの間にやら大衆レベルにまで浸透したって感じだな」


 クラウスは肩をすくめて、歴史上に讃えられる偉大な人物の中にも同性愛者がいるということを教えてくれた。


「ハイエルフの歴代国王の中にもいるぜ? 合唱団の青年たちをハーレムにしていた男色の王とか、処女だけを集めて後宮を作った女王とかな」


 もっとも、一般に知れ渡るのは問題だということで、それらはごく一部の人物しか読むことのできない歴史書にのみ記載されてるそうだ。


「民衆の規範となる国王の知られざる一面ってやつだ。他はどうだか知らんが、どの国も似たようなもんだろうよ」

「そうなのか」

「俺に言わせりゃ、男が男を好きになろうが、女が女を愛そうが、自由にさせてやれって話なんだがな。別に悪いことしてるわけでもねえだろ?」


 そりゃそうだ。オレは頷いて同意する。しかし、この世界において、クラウスのような考えはまだまだ開明的な方に分類されるんだろうな。


 理由はわかったと続けたクラウスが、腕組みをして思考を巡らせている様子からもそのことがわかる。


「確かに、そういった内容なら人目につくのはマズイな」

「そうなんだよ。会場探しが難航しているようでさ、なんとかしてやりたいんだけど」


 しばらく考え込んだ後、何かを閃いたのか「あっ」と声を上げ、クラウスは表情を明るくさせた。


「そうだ。オレの別邸を使えばいい」

「別邸?」

「ハイエルフの国の西側なんだけどさ、山をふたつ持ってんのよ」


 ……それ、別邸っていうには規模がでかすぎだろ。


「まあな。実際、あちこち旅してるから、放置しっぱなしなんだわ」

「放置しっぱなしって……。大丈夫なのか?」

「強力な結界貼ってるからな。魔獣共は入ってこれねえよ。動物たちの憩いの場ってヤツだな」


 もちろん、前国王の土地ってことで、一般人が立ち入るには許可がいるらしい。


「俺が許可するからさ、そこを整備して会場にすればいい。役人共には立ち入らないよう厳しくいっておくわ」

「それは非常に助かるんだけど。いいのか? 特別扱いすることでクラウスが怪しまれるんじゃ?」

「俺を誰だと思ってるんだよ、タスク。歴代の中でもスーパー偉大なハイエルフの王だった男だぞ? そんなことで不審がられないっての」


 ケラケラと愉快そうに笑い、自称・スーパー偉大なハイエルフの前国王は朗らかに声を上げた。


「ま、それもこれも将棋のためだ。怪しまれたところで、痛くも痒くもねえな」

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