150.桜とエリーゼの悩み事
葉をつけるだけで、花を咲かせる気配がまったくなかった例の樹木なのだが。
前日から開花を始め、今日になって五分咲きといったぐらいにまでは花々を見ることができる。
待望の開花であり、
「……これは完全にアレだよな……」
五枚の花びらが重なり合う星のような形状。ピンクと白を調和させた淡い色彩。
ええ、どこからどう見ても桜なわけです。日本人なら誰もが愛する、春の花ですよ。
しかも、濃いピンク色をした桜と、淡いピンク色をした桜が入り混じって咲いているというトンデモ仕様。
真正面から見て、左側の真っ直ぐ天に伸びる枝と、右側の地上へ垂れる枝の両方へ花を咲かせちゃっているもんだから、一般的な桜の光景だけでなく、しだれ桜も同時に楽しめちゃうし。
……確かにね、今の今まで、何度となく構築の能力を使い、デタラメな作物を作ってきましたよ。それは認めますとも。
でもさ、これはどうだ? いくらなんでもハチャメチャ過ぎやしないかい?
「何を今更。アナタの能力がデタラメなのは、わかりきっていたことじゃない」
頭を抱えるオレの右肩へ腰掛け、ココが呟いた。
「というか、このサクラという花を探していたんでしょう? それなら咲いたことを素直に喜びなさいな」
「そうですよ! ボク、こんな綺麗な花を見ることができて、感動してるんですから!」
並び立つリアが表情を輝かせ、興奮したように声を上げる。
「タスクさんはやっぱりスゴイです! 見たこともない花を咲かせられるんですもの!」
個人的には、昔話でいうところの『花咲か爺さん』になった気分だけどな。
「これなら父も喜びます! ず〜〜〜っと前から、桜が見たい桜が見たいって言ってましたし」
……あ。そういえば、桜の木を探すきっかけは、ジークフリートからの要望だったな。すっかり忘れてたけど。
「日本で見るような桜とは違うんだけど、満足してもらえるかなあ?」
「そもそも世界が違いますし、樹木の形が違うなんて些細な問題じゃないですか?」
「そんなもんかねえ?」
「そんなもんです! もし父が納得しないようだったら、ボクが説教してやるんですから!」
力強く言い放ち、リアはファイティングポーズを取ってみせる。古龍種同士の親子ゲンカは、領地が破壊されそうなので控えめにお願いしたい。
ま、とにかくだ。この樹木が厳密に桜かどうかはわかんないけど、こちらの世界ではこれが桜だと思うことにしよう。
そもそも誰も桜を見たことがないからな。これは間違いなく桜だと断言してしまえばいいのだ。
はーい! そんなわけでこれは桜です! もう、異論反論は受け付けません! 桜なのでーす!
よし、思い込み無事完了。脳への刷り込みを終えたところで、アルフレッドにお使いを頼み、ジークフリートたちを招くことにする。
「父にお披露目するんですか?」
「それもあるんだけど、お花見をしようと思ってさ」
お花見というものを知らないらしく、リアは首を傾げている。
満開の桜の樹の下で、花を愛でながら会話と料理を楽しむ宴席のことだと教えてあげると、リアは顔をほころばせた。
「それは楽しそうですね! ごちそう、いっぱい用意しないと!」
「だな。エリーゼやメイドたちにお願いして、料理の準備を始めようか」
「はい! あっ、でも……」
急に沈んだ表情へ変わり、リアは心配そうに声を上げる。
「エリーゼさん、このところ様子がおかしくないですか?」
「おかしい?」
「はい……、なんだか上の空って感じで。話も聞いているのかどうかわからないし……」
……そういえば、今日の朝食の席でもぼーっとしていたな。いつもは六個ぐらい白パンを食べるのに、今日は二個しか食べてなかったし。
「体調が悪いようでしたら、ボクがお薬を調合するんですけど。そうではなさそうですし……」
うーん。本人に事情を聞いてみるのが早いかも知れないなあ。
オレが直接話をするので、あまり考え込まないようにとリアには伝えておく。心優しい古龍種の姫は、くれぐれもよろしくお願いしますと頭を下げた。
ついこの間、同人の話をした時は元気だったんだけど、何があったんだろうか?
真相を確かめるべく、オレはエリーゼと会うため、新居に足を向けた。
***
今頃は原稿作業に取り組んでいるだろうかと思いきや、新居の玄関を開けて早々、エリーゼの姿が目に入った。
ふくよかなハイエルフは、美しいブロンドの髪を三つ編みにし、畑仕事の帰りなのか、ざるいっぱいの野菜を抱えて、エントランスに佇んでいる。
キッチンに向かうでも、地下室へ向かうでもなく、ただただぼーっと突っ立っている様子が心配になり、オレは思わず声を掛けた。
「どうしたエリーゼ?」
「……はい?」
「野菜持ってるけど……、畑から戻ってきたのか?」
「……あっ? えっ! た、タスクさんっ!?」
驚いた拍子にバランスを崩し、転びそうになるエリーゼの身体を抱きかかえる。
「大丈夫か?」
「あぅ……、す、スミマセン……! そのっ、ぼーっとしてて!!」
ざるから落ちた野菜を拾い上げつつ、慌てふためくエリーゼの元へ返していく。
「この間から、調子悪いみたいだけど……。もしかしてどこか具合でも悪いのか?」
「い、いえ! そんなことはっ!」
「なら、なにか悩み事でも?」
「……」
途端に口ごもるエリーゼ。どうやら後者が正解らしい。
「悩み事、オレで良ければ話を聞くよ?」
「い、いえ、その……」
「話すことができない内容だったら、ムリにとは言わないけど」
「そ、そういうわけではないのですが……」
真一文字に口を結ぶハイエルフの暗い表情に、オレは頭をボリボリとかいた。
どうやら深刻な内容みたいだな……。ムリに聞き出すのも悪いし、どうしたものか。
しばらくの沈黙の後、「気が向いたら話してくれよ」と口を開こうとしたオレより先に、意を決した顔でエリーゼが切り出した。
「な、悩み事というか、その……。同人誌即売会のことでちょっと……」
***
執務室へ場所を移し、エリーゼから聞いた話は、少なくともオレにとって深刻な内容ではなかった。
「即売会の会場が見つからない?」
こくりと小さく頷くエリーゼ。彼女が話してくれたのは次のようなことだった。
人間族の戦争の影響により、中止になってしまった冬の即売会。
過ぎたことは仕方ない、気分一新、夏の即売会に向けて準備をしようと、各々のサークルは張り切っていたものの。
つい先日、夏の開催地であるダークエルフの国の北部から使いがやってきて、即売会を実行するのは難しいだろうという連絡を受けたそうだ。
戦争が終結した後も国境付近は治安の回復が見込めず、参加者の安全が確保できないというのがその理由らしい。
「どうしてエリーゼに連絡が来たんだ?」
「幹事役は持ち回り制になっているんです。今回はワタシが担当のひとりで……」
連絡を受けてからしばらく代替地を探していたものの、候補となる場所が見つからず、途方に暮れていたと。
ふむ、ぼーっとしていたのはそれが原因かと理解したところで、わからないことが。
「前に即売会を開催した場所を使わせてもらうのはダメなのか?」
「それが難しいんです。その……。頒布しているものが、その……際どい内容ばかりなので、人目につかない場所を選ぶ必要があるといいますか……」
この世界ではタブーとされている同性愛の作品が、外へ漏れ出ないよう、計画は極秘裏に進めなければならない。
その上、以前に開催した即売会の情報を他の人が知っている可能性も捨てきれないため、同じ場所は二度と使えないそうだ。
「楽しそうだと思っていたら、思いの外大変なんだな……」
「開いてしまえば、即売会自体は楽しいのですが。準備は大変ですね……」
ほとほと困り果てた様子で呟くエリーゼ。うーん、どうにかならないもんかなあ?
「ウチの領地で開くっていうのはどうだ? 領主のオレがオーケーすれば問題ないんじゃ?」
「タスクさんのお気持ちは嬉しいのですが、それは難しいかと」
「なんでさ?」
「ここは一応、龍人族の国に属してますし、法も龍人族の国のものが適用されます。残念ながら龍人族の国では同性愛が……」
「認められてない、か……」
そんなことはないとは思うけど、万が一、領民の誰かが内部告発するようなことがあったら、大事になってしまうな。
参加者全員を守れる保証もないし、なかなかに悩ましい。
視線を宙にやりながら思考を巡らていると、エリーゼは精一杯の笑顔を浮かべてみせた
「だ、大丈夫です! まだ時間はありますし、なんとかなりますよ!」
「なんとかなるって……、厳しんだろ?」
「いえっ! タスクさんに相談できただけでも、気持ちはかなり整理できましたから! へっちゃらです!」
すくっとソファから立ち上がり、エリーゼは頭を下げる。
「お話、聞いてくださってありがとうございます! ワタシ、頑張りますから!」
呼び止めるのを聞かずに、執務室を出ていくエリーゼ。強がっているのがバレバレなんだよなあ……。
愛しの奥さんのためだ。なんとかしてやりたいところだけど、どうしたもんか。いいアイデアが思いつけばいいんだけど……。
考えを巡らせながら、ふと窓辺を眺めやる。すると、こちらへ向かってくる人物を視界に捉えた。
フードをまとったその人物もオレに気づいたようで、両手を大きく振っている。それから顔を覆い隠したフードを取り、素顔を晒してみせた。
ハイエルフの国の前国王、クラウスがやってきたのだ。
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