149.洞窟探索

 新たに組まれた洞窟への探索隊は、アイラとソフィアを中心に、十数人が出発することとなった。


 最初はあくまで様子見、本格的に潜るのはまた後日という方針を決めていたため、少人数での編成となったのだが。


 自分の名前が入っていなかったグレイスは不満顔で、「ぜひ私もソフィア様のお供をさせてください!」と懇願してきたわけだ。


 うん、グレイスならそう言ってくると思ってたよ。でもダメなんだなあ、これが。


 移住者が増えて、慣れない仕事に従事してもらっている以上、監督する立場の人物を不在にさせることはできない。


 ましてチョコレート工房の管理者はソフィアとグレイスだ。どちらかに残ってもらわないと困る。


 そういった理由を説明すると、その正当さにグレイスも納得したようで、仕方ないですねと大人しく引き下がってくれた。


 ……ま、それは嘘なんですけどね。


 いや、正確に言えば嘘じゃなくて、建前といったところになるんだけどさ。


 グレイスを同行させなかった本当の理由は、ソフィアのガス抜きをさせるためなのだ。


 気分転換に遠出をすれば、多少はリフレッシュできるだろう。行き先が洞窟なので、リフレッシュできるかどうかについて議論の余地はあるが。


 それでもソフィアはかなり乗り気だったみたいで、


「洞窟探索ぅ? やるやるっ!! やるじゃん、たぁくん! ガス抜きのこと覚えてたんだぁ!」


 と、満面の笑みを浮かべてはしゃいでいるのだった。


「風光明媚な場所じゃなくて悪いな」

「いいよいいよぉ。外の空気を吸うだけで大分違うモンっ!」

「そんなもんかねえ?」

「それでさぁ、たぁくん。どこまで探索してきていいのぉ?」


 瞳をキラキラさせるソフィアに、オレは改めて注意する。


「今回はあくまで様子見。どういった危険があるかわからないんだし、深くは潜らないように」

「え〜……。つまんなーい」

「えー、じゃない。みんなの安全に配慮して決めたんだからな」

「ぶ〜……。わかったわよぅ。安全なところまでで止めておくもーん」


 口を尖らせて応じるソフィア。拗ねてはいても、理解してもらえたようなので一安心だ。


 少なくとも、オレはこの時、そんな風に考えていたんだけどなあ……。


***


 それから十日後。


 予定通りの日程で洞窟から帰ってきた探索隊は、晴れやかな表情のソフィアを先頭に、ウンザリとした顔のアイラと、疲れ果てた隊員たちという、それぞれに異なった様子での帰還となった。


 お疲れ様と声を掛けると同時に、普段は見ることのないアイラの珍しい表情へ視線をやりながら、どうしたのかと尋ねることに。


「どうしたもこうしたもないわ……。この魔道士が大暴れしてくれての……」


 猫耳を伏せてジト目を向けた先には、心外だと言わんばかりのツインテールの魔道士が。


「え〜? 私ぃ、大暴れなんてしてないよぅ?」

「よく言うわ、この阿呆ぅが。危険が潜む洞窟内であんな無茶をしおって!」

「あー、とにかく落ち着け。お茶でも呑みながら話をしようじゃないか。な?」


 なんとなく、話が長くなりそうだと察したオレは、新居へ場所を移し、洞窟で何があったのか改めて聞くことにしたのだった。


***


 執務室のソファに腰掛けたソフィアは、優雅な手付きでカップを口元まで運び、紅茶の芳香を楽しんでいる。


「あらぁ? 美味しいじゃない、この紅茶。貴方が淹れてくれたのぉ?」

「いえ、それは先日こちらへ来たばかりのメイドが淹れたものです」

「ふぅん、なかなかやるじゃない」

「恐れ入ります」


 執事のハンスとのやり取りは、流石にいい家柄の出だなと思わせる自然さで、わざとらしく「ズゾゾゾゾ!」と音を立てながら紅茶をすするアイラとは対称的だ。


「ちょっとぉ、音を立てないのぉ。行儀が悪いわよぅ?」

「ふん、猫舌なものでな。熱いものが苦手なんじゃ」


 ぷいっと顔をそむけるアイラ。出発前とはえらく態度が違うけど、洞窟で何があったんだ?


「それじゃ、それ! 聞いてくれ、タスク!」


 テーブルの上のお茶菓子をむんずと掴み、それを一気に頬張ってから、アイラは洞窟内での出来事をまくしたてた。


***


 領地を出発してから三日が経過し、探索隊は洞窟に辿り着いたらしい。


 道こそ険しかったものの、道中これといった危険はなく、体力を消耗せずにやってこれたのは幸いだったのだが。


 いざ洞窟を前にすると、中から漏れ出る瘴気の濃さが尋常ではなく、そこが魔獣やモンスターの住処になっていることは明らかだった。


「ふむ……、ちと面倒じゃのう。私はまだ対処できるが……。ガイアはどうじゃ?」

「今のところは大丈夫ですが……。これ以上、濃くなるようでしたら厄介ですな。瘴気にあてられて、思うように身体が動かなくなっても困りますし」


 同行した中にはガイアたち『黒い三連星』もいたが、他の種族より鼻が利くワーウルフたちに支障が出るのは問題だ。


 行動の自由がきかなくなったところを、魔獣たちに囲まれるようなことは避けたい。


「のう、ソフィア。あくまで今回は様子見じゃ。安全を確保できるところで大人しく引き返そうではないか」


 当然の提案だ。隊を率いる立場なら、みんな同じ事を考えるだろう。


 だがしかし、ツインテールの魔道士から返ってきた言葉は異なるものだった。


「何言ってるのよぅ。瘴気と魔獣とモンスターをぉ、まとめて排除しちゃえばノープロブレムじゃな〜い!」


 そう言うと、スタスタと洞窟の入り口まで足を進めたソフィアは、両腕を前に伸ばし、不敵な笑みでブツブツと何かを呟き始める。


「そういった面倒なものはぁ……、ぜーんぶっ! ぶっ飛ばしちゃえばいいのよぅ!」


 続けざまに魔法を叫ぶソフィアの腕から、強烈な光と爆音と共に、無数の閃光や炎柱が放たれた。


 閃光は真っ直ぐに、炎柱は龍へと姿を変えて、洞窟内部に広がる漆黒の空間へ吸い込まれていく。


 そして数秒の後、大きな振動と共に爆発音が耳に届いたかと思うと、中から不気味な断末魔が響き渡るのだった。


 ようやくそれが収まった頃には数分が経過しており、同時に洞窟の内部から漂う瘴気も薄れたものに変わっていることがわかる。


 ソフィアは大きな息をひとつ吐き、呆然とすることしかできないアイラたちに振り返って、朗らかに声を上げてみせた。


「ねっ? これなら大丈夫でしょぉ?」


***


「何よぅ。安全を確保したんだからいいじゃないのぉ」

「だからといって、洞窟内でも同じようにポンポンポンポン爆炎魔法唱える阿呆ぅがどこにいるんじゃ!!」


 紅茶で一旦喉を潤してから、アイラは再び声を荒げる。


「予告もなしに魔法を唱えられるこっちの身にもなってみぃ! 爆音で耳がいかれるわ、眩しすぎて目はやられるわで溜まったものではないわ!」

「そのぐらいの威力じゃないとぉ、魔獣とか倒せないじゃないのぉ」

「大体なんじゃ!? 唱える度に『いい男現れなさい!』とか『結婚したい!』とか、欲望をむき出しにしおって! 呟いたところで威力が増すのか、ええっ!?」


 ……破壊力抜群の魔法を使ってガス抜きしてきたのか。道理で清々しい顔してるはずだよ。


 しかし、付き合わされた側としては相当大変だったみたいだな。アイラたちにはあとでフォローを入れておくとして、とりあえずこの場を収めないと。


「とにかくみんなが無事でよかった。怪我もしてないようだし」


 強引に口を挟み、オレは話題を切り替えることにした。


「それで、洞窟内部はどんな感じだったんだ?」

「それそれ! たぁくんにお土産持ってきたんだよぉ、エライでしょ?」


 空中へ魔法のバッグを出現させたソフィアが、中から取り出したのは無色透明な塊で、ハンスは関心の眼差しを向けている。


「ほう。見事な水晶ですな」

「色の付いたやつもあるよぉ」


 テーブルの上に次々と並べられる水晶は、大小様々な形状のものへ、それぞれに半透明をしたピンクや青、黄色といった色が付いている。


「いやはや、これも見事なものですな」

「洞窟内にはかなりの量があったからのう。安全さえ確保すれば、貴重な採掘地になるだろうて」


 オレは水晶のひとつを手に取ると、まじまじと見やりながら口を開いた。


「水晶って、どういった用途に使うんだ?」

「装飾品として加工されるのが一般的ですな。色のついた物は貴重で、宝石として扱われます」


 どちらもかなりの需要があると付け加え、ハンスは続けた。


「鉱石の加工を得意としているダークエルフならば、水晶も加工できるかもしれません。相談されてはいかがですか?」


 そうだな。上手くいけば専門の仕事として任せられるだろうし、新たな交易品を作り出すことができるかもしれない。


 それに、未加工の水晶だったとしても、ある程度の需要はあるだろう。本格的な採掘に乗り出すというのもいいかもな。


 ともあれ、だ。


 ソフィアには、くれぐれも無茶はしないように伝えておく。オレにとっては大事な仲間なのだ。何かあってからでは困るし、行動は慎重にしてもらいたい。


「採掘に行くならぁ、私もついていくからねぇ!」


 なんて具合に、笑顔で立候補を表明するソフィアを見るからに、イマイチ理解してもらえていないのは悲しいが。


 今度は爆炎魔法無しで平和にやってもらいたいところだけど、この様子では、多分、ムリなんだろうなあ……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る