148.移住者の仕事、ミュコランと鞍

 翌日から働き始めたダークエルフと戦闘メイドだったが、早くも順応しているようだ。


 特に、痛々しい姿でやってきたメイドたちに至っては、たった一日で傷が癒えたのか、ピンピンとした様子で朝から家事に従事している。


 怪我の具合はどうなのか、くれぐれもムリはしないようにと声を掛けたものの、


「あ、慣れているので大丈夫です!」


 なんて具合に、ケロッと言い返されてしまう始末。普段から怪我に慣れる職業というのも恐ろしい話だな。


 ダークエルフたちにはロングテールシュリンプの養殖と、チョコレート製造のふたつを中心に従事してもらうことになった。


 ソフィア達が技術講習へ出向いてくれたこともあり、ある程度魔道士たちと親交があるのはわかっていたのだが、一部の面々はエリーゼとも親しいらしい。


 初対面のはずなのに、談笑を交わしている様を不思議に思っていると、エリーゼ本人がその訳を話してくれた。


「じ、実は、あの人たちも同人仲間で……」

「あ〜……。なるほどね。それじゃあ向こうもサークル持ってるんだ?」

「そ、そうです。同じジャンルなので、仲良くさせてもらっていて……」


 同人は世界共通の文化ということなのだろう。ダークエルフが作ったBLというのも興味深いね。


「そういや最近創作状況はどんな感じなんだ?」

「へぅっ!?」


 ついでとばかりにエリーゼへ尋ねる。


 新居に越して来てからというものの、魔道士達がエリーゼの作業部屋へ出入りしているのは目撃しているんだけど。


 廊下を通る度、部屋の中から「ウフフフフ……」という、怪しい笑い声が漏れ聞こえるだけで、中の様子が一向にわからないのが気がかりだったのだ。


「デリケートなものだし、話したくないなら別にいいけど」

「い、いえっ! 作業に没頭すると、皆さん独り言が増えてしまうみたいで。お気に触るようでしたら、それとなく伝えておきますが」

「いや、むしろ気にしないでくれ。内容が内容だけに、周りを気にせず作業できるかどうかが心配だっただけなんだ。没頭できているなら何よりだよ」


 そうですか、と、エリーゼは安堵のため息を漏らす。もっとも、ソフィアやグレイスなど、一部の魔道士はカフェの中でも関係なく没頭し、挙げ句、奇声を上げてるみたいだけどな。


「タスクさん。ありがとうございます」


 改まるように頭を下げるエリーゼに、オレは首を傾げた。


「同人活動に理解をしていただいただけでなく、集中して作業に取り組める場所まで用意してもらえて……。ワタシ、本当に感謝しているんです」

「いいよ、お礼なんて。カワイイ奥さんが喜んでくれるなら、そのぐらいどうってことないよ」

「か、かわいっ……」


 ふくよかなハイエルフはのぼせたように耳まで真っ赤にし、あわあわと慌てふためいている。


 いつまでたっても初々しい反応に微笑ましくなりながら、オレはこんな質問をしてみることにした。


「最近はどんな話を書いているんだ?」

「ふぇっ!? あっ、えっと、最近は新しいジャンルのお話にも挑戦していようかなって思っていて」

「へー」

「その、女の子同士の恋愛モノなのですが」


 なるほど、それは百合ですな。


 BLの次が百合かあ……。幅広くチャレンジしますね、エリーゼさんや。


 とはいえ、百合に全く興味がないといったら嘘になるわけで。出来上がったら読ませてと、オレはこっそりお願いしておくのだった。


***


 イヴァンが新居にやってきた。


 ダークエルフの住居で一夜を過ごし、帰る前に渡すものがあると訪ねてきてくれたのだ。


 手にしていたのはミュコラン用の鞍とあぶみ、それから手綱で、鞍に関しては今のうちから慣れさせないといけないそうだ。


「そうしておかないと、いざ騎乗する際、嫌がって振り落とす危険性があるのです」


 ミュコランは背中に何かが乗っていることを非常に嫌うため、騎乗しても大丈夫なようにトレーニングさせておく。


 うん、話はわかった。でもさ、それ多分、必要ないぞ?


「どうしてですか?」

「しらたまもあんこも、背中に何か乗ったところで嫌がんないからさ」


 みゅっ! と、元気よく鳴いて応じる白と黒のミュコラン。


 このところ、しらたまとあんこは急激に成長し、見た目はひよこのような愛らしい姿にも関わらず、体躯は仔馬ぐらいの大きさにまで育っているのだった。


「冗談は止めてくださいよ、義兄さん。ミュコランは警戒心が強く、子供のうちでも鞍を乗せるのは一苦労なのですから」


 一向に信じようとしないので立証するべく、オレはアイラとヴァイオレットを呼び寄せて、二匹へ乗ってもらうよう頼むことに。


 間もなくふたりが姿を見せると、しらたまもあんこも、器用に足を折り曲げて地面へ腰を下ろし、背中に乗りやすいようリードしている。


 アイラとヴァイオレットが、それぞれの背中にまたがったのを確認してから、ミュコランたちは立ち上がり、声高らかに「みゅー!」と鳴き声を上げてみせた。


 しらたまもあんこも、どことなくドヤ顔感が見て取れるのは気のせいじゃないな、うん。


 イヴァンはイヴァンで、目の前で起きていることを信じられないと言った具合に、目をぱちくりさせている。


「あのミュコランが……? 信じられません……。どんな魔法を使ったのですか?」

「フフン。魔法などは使っておらぬ。育ての親の教育の賜物じゃな」


 しらたまの上で猫耳をピクピク動かしながら、得意げな顔を見せるアイラ。


「いやいや、アイラ殿。この子達がもともと賢いのだよ」


 あんこの背中に乗ったヴァイオレットが反論する。しらたまもあんこも人懐っこいしな。もともとそういう資質があったのかも知れない。


「第一、その鞍や鐙は何なのだ!? まったく可愛げがないではないか!」


 アイラからイヴァンへ標的を変え、ヴァイオレットが続ける。


「愛らしいこの二匹へ乗せるものが、そんな地味な作りで許されると思っているのか! しらたまたんとあんこたんの魅力を殺してしまうではないか! そのような没個性なものを乗せるぐらいなら、このまま騎乗したほうがマシだ!」

「いえ……、地味とかそういう問題ではなく、乗せないと安全性がですね……」

「安全性なら問題ない! ワイバーンに騎乗するより、はるかに乗りやすいからな! 空中から放り出される心配もない!」


 胸を張る女騎士の言葉にすっかり困惑したイヴァンは、助けを求めるようにオレを見やった。


 ……すまんな、義弟よ。ヴァイオレットはしらたまとあんこが絡むと面倒な感じになってしまう人でな……。


 オレは大きなため息をひとつつき、「鞍のことは後々どうにかするよ」とイヴァンへ伝えることにする。


 そしてすっかりおかしくなった場の空気を変えるべく、強引に話題を切り替えるのだった。


「ダークエルフの移住者たちだけどさ。得意な仕事とかないのか?」

「得意な仕事ですか?」

「うん。今のところ、こちらから指示を与えてるけど。慣れている作業や仕事があるなら、そっちを任せてもいいかなって」


 何事も得手不得手はあるだろう。元々やっていた仕事を任せたほうが、生産性が向上するかもしれない。


「そうですね……。金属加工やガラス工芸などを得意としておりますが」


 そこまで言い終えて、イヴァンは苦渋の面持ちを見せる。


「どちらも常時、素材を確保するのが条件になりますし、ここではなかなか難しいかと」

「そうかあ……」


 ゲームの時のように、かまどで砂を燃やせばガラスができるって訳にはいかないもんな。


 そう考えると、現状のまま、領地内の仕事を任せておいたほうがいいのか。


 そんな事を考えていると、しらたまの背中に乗っていたアイラが呆れたように呟いた。


「何を言うか。前々から素材を入手できる場所があると言うておったではないか」

「はぁ? 何のことだよ?」

「もう忘れたのか? 探索隊まで組んで行こうとしておったというに」

「……あっ」


 思わず声を上げるオレに、アイラはニヤリと笑って続けてみせる。


「ようやく思い出したか。ここから北に洞窟があったであろう」

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