144.ソフィアの憂鬱
憂鬱という言葉を辞書で引いたら、その用例として登場しそうな表情を浮かべ、ツインテールの魔道士はオレを裏手へ連れて行く。
「ちょっと、たぁくん。アレなんなのよぉ?」
「アレって?」
「アルフレッドさんのあの格好に決まっているでしょぉ!?」
今日もバッチリとフルメイクを決め込んだソフィアは、理解できないとばかりに頭を振った。
「ファッションに無頓着でぇ、奥手っぽいところがアルフレッドさんのいいところだったのにぃ……。何なのぉ? 突然オシャレに目覚めちゃったっていうのぉ!?」
「領主に仕える立場だし、身だしなみを整えようと思ったらしいぞ」
「ほらぁ、やっぱりたぁくんが原因じゃないのぉ」
「誤解だっての。オレは何も言ってないって。人から指摘されて、本人が変えようと思っただけだからな」
本当はハンスに注意されたからなんだけど、名前を出すと後々厄介になりそうなので黙っておこう。
オレもアルフレッドのコーディネートをベルに頼んじゃったしな。迂闊なことは言えない。
「はぁ……。お金を持っててぇ、そこそこ偉くてぇ、女性に免疫が無さそうでぇ、なおかつチョロそうなのがアルフレッドさんの魅力だったのにぃ……」
それ、絶対褒めてないよなという言葉を並べ、ソフィアは大きなため息をついた。
「あの格好だったらぁ、他の女たちが放っておかないじゃない!」
「オレが知るか」
「アルフレッドさんもアルフレッドさんでぇ、この間からグレイスとばっかり話しているみたいだしぃ……」
「……オレが知るか」
平静を装いつつも、返事が淀む。
そんなオレをジト目で見やりつつ、ソフィアは訝しげな声を上げた。
「ひょっとして何か知ってるんじゃないでしょうねぇ……?」
「何も知らないって」
「はあ……、まあいいわぁ。確かにね、同じ女の私から見ても、グレイスは美人よぅ」
ノーメイクでも素顔は綺麗だし、スタイルも抜群で、頭も切れる。
もっとも親しい人物の良い点を次々と挙げ、最後に胸元へ手を当てた魔道士は、しみじみと呟いた。
「……男ってぇ、やっぱりおっぱいの大きい女性の方が好きなのかしらぁ?」
「唐突にどうした?」
「だって私ぃ、グレイスと違ってぇ、おっぱいちっちゃいしぃ……」
「……胸の大きさは関係ないと思うぞ?」
思っていたことを素直に伝えただけなのだが、どうやらソフィアはお気に召さなかったらしい。
「フンだ。そりゃあねぇ、たぁくんには関係ないでしょう。美人でカワイイ奥さんが四人もいるんだものぉ。おっぱいだって、よりどりみどりじゃない!」
「胸基準で嫁を選んだわけじゃねえ!」
「いいもんいいもん。どうせ私はペチャパイですよぉ……」
ダメだ。全く聞く耳持たないなコイツ。
どうしたもんかと悩んでいると、短い時間で立ち直ったソフィアは、オレの目と鼻の先に人差し指を突き出して言い放った。
「いいこと、たぁくん。アルフレッドさんに言い寄る変な女が現れたらぁ、仲良くさせないように遠ざけるのよぉ?」
「無茶言うなよ」
「たぁくんは領主で、アルフレッドさんは直属の部下なんだしぃ、そのぐらい簡単じゃない」
その理屈でいうなら、お前もオレの直属の部下になるわけで。お前の行動を制御できてない時点で色々と察してもらいたいんだが。
「とにかくっ! 変な女とアルフレッドさんがくっつくようだったら承知しないんだからぁ!」
「承知しないって言われてもなあ……」
「……次の即売会。たぁくんをモデルにした、異邦人総受け本を頒布してもいいのよぉ?」
「ナマモノ、マジでやめろって……」
創作を盾に脅迫するのは道徳的によろしくないので、それだけはキツく説教しておいた。まったく、何かあるとすぐオレをモデルにしてBL作ろうとするからなコイツ……。
ソフィアはというと、すっかりいじけてしまったようで、ツインテールを揺らすこともなく、トボトボと力なく帰っていく。
言動はさておき、ソフィアも恋する乙女に違いないということなんだろうな、一応。なんとかしてやりたいけど、アルフレッドがグレイスに好意を抱いていることを知ってるからなあ。
せめてソフィアの気持ちを、そこはかとなくアルフレッドに伝える努力をしてみよう。
あとは本人たち次第である。どうにでもなれと開き直って、結論を待つことに決めた。
***
ハイエルフの国からアルフレッドが帰還したのは数日後のことで、ルーカスと行われた会談について、オレは執務室で報告を受けるのだった。
数日後に二回目となる移住者達が羊を伴ってやってくること、金銭に変わり『緑目龍の眠る夜』を交易品に加えることなどを取りまとめてくれたそうだ。
「さすが、仕事が早いな」
「大まかな取り決めは、以前、ファビアンさんがやってくれましたから。僕がやったのは簡単な仕事ですよ」
謙遜するアルフレッドだが、どうにも落ち着かないようで、そわそわと浮足立っているようにも思える。
「どうした? 何かあったのか?」
「い、いえっ! 別に! ……その、報告も終わりましたし、ちょっと席を外してもよろしいですか?」
「? ……あ。もしかしてトイレ行きたかったとか? それなら遠慮なく言ってくれたら」
「あの、そうではなくて、ですね」
あー、とか、うー、とか唸った後、躊躇いがちにアルフレッドは口を開いた。
「そ、その……。グレイスさんは本日どちらにいらっしゃるか、おわかりになりますか?」
「グレイスなら、今日はカフェで店番してると思うけど……」
「そ、そうですか……」
ああ、なるほど。ハイエルフの国で買ってきたお土産を、グレイスに手渡したいのか。
あえてそのことを尋ねると、龍人族の商人は心底驚いた様子で、どうしてわかったのかと不思議がっている。
「いや、バレバレだって。気付かないほうがおかしい」
「そ、そうですか?」
「それで? 何を買ってきたんだ?」
「髪飾りです! 紫の髪が美しいグレイスさんに似合うと思って!」
そう言うと、アルフレッドは嬉しそうに、スーツの内ポケットから丁寧に梱包された箱を取り出した。
申し訳ないけど、これはソフィア、望み薄なんじゃないかな?
……と、思ったものの、ついこの間、ソフィアと話をしてしまった手前、何もしないというわけにもいかず。
「あー……。なんだな、その、アレだ。グレイスだけにお土産っていうのも角が立つんじゃないか? ほら、世話になってる相手が他にもいるだろ? 例えば、そう。ソフィアとか」
なんて具合に、遠回しに伝えることしかできなかったわけだ。
で、オレの言葉にアルフレッドは胸を張って、
「大丈夫です。そこは抜かりないですよ!」
とか言うもんだから、「お。もしかしてソフィアのこと、気付いているのか」なんて一瞬期待したものの。
「ソフィアさんのお土産もちゃんと買ってきてあります! ハイエルフの国の焼き菓子詰め合わせを!」
得意げな顔でそう続けられてしまい、オレとしてはただただ乾いた笑いを浮かべることしかできなかったのだった。
力に慣れず、すまんな、ソフィア……。焼き菓子を用意される時点で、多分、お前に脈はない……。
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