143.アルフレッドの引っ越し
芽が出ない。
いきなり何を話しているかと思われるだろうが、
いつもであれば、作物は三日で収穫できたし、海ぶどうの樹木ですら一週間で育ちきっていたというのに、妙な話である。
その昔、とあるプロレスラーがこんな言葉を残してくれた。
「1+1は2じゃねえぞ。1+1は200だ! 10倍だぞ! 10倍!!」
この謎理論が成立するなら、たくさんの手間がかかっている分、この種子はそれはそれは見事な作物や草花になるはずなのだ。
九人の女性が厳選した種子に、数十人の妖精たちが四時間も費やして祝福の魔法を掛けてくれたんだぞ? 立派に育ってもらわないと割に合わない。
もしかして構築に失敗したのかなという考えが一瞬頭をよぎったものの、クラウスから貰った貴重な種子をそう簡単に諦められるはずもなく。
しばらくは様子を見ようと思い直し、よっこらせと腰を持ち上げたところで、西の空から一体のドラゴンがやってくることに気付いた。
すっかり見慣れた紺色の体躯。アルフレッドがやってきたのだ。
***
先日の奇抜な格好から一転、清潔感のあるツーブロックのヘアスタイルと、シルバーグレイの細身なスーツに身を包んだ龍人族の商人は、少し照れた様子で執務室のソファに腰掛けている。
「ベルさんにコーディネートしてもらってしばらく経つのですが……。どうにも落ち着かないものですね」
「何を言うか。この前の奇妙な格好に比べたら、随分まともになったもんじゃぞ?」
執務用として設けられた椅子に寄りかかり、机の上に焼き菓子を広げ、それらを頬張りながらアイラは感想を述べている。
まったくもってその感想には同意しかないのだが。食べカスを床にボロボロ落とすのは注意してもらいたい。
ともあれ、リオのカーニバルでお馴染み、半裸同然、キラキラの衣装を着てこられたらどうしようかと思っただけに一安心である。
「ああ、『ベルスタイル』シリーズのことですね。あの服も人気はあるのですよ?」
「……マジで?」
「熱狂的な愛好家がいらっしゃいまして。パーティ用のドレスとして着用されるそうです」
うーむ、あのキラキラした衣装を着飾ってパーティか。世界は広いな。
「先日、ファビアンさんも注文されてましたよ」
「は? あの、キラキラしたやつを?」
「ええ。大変楽しみにされていたご様子で」
騒がしいヤツが騒がしい衣装を着るのか。想像したくもないけど、見た目にうるさそうだなあ。
紅茶を運んできてくれたカミラもこの話を耳にしていたようで、そう遠くない未来を想像したのか、氷の微笑を漂わせている。
きっと、思いつくだけの罵詈雑言を浴びせて反応を楽しむんだろうなあなんてことを思いながら、出された紅茶をひとすすり。
「雑談はさておきだ。そろそろ仕事の話をしようか」
「そうですね」
そうしてアルフレッドから切り出されたのは、そのファビアンから預かってきたという、様々な鉱石についてだった。
「魔法石の媒体作りに役立つであろう素材ですね。どれも比較的入手しやすいものだそうです」
ただし価格はバラバラで、ものによってはある程度の支出は必要だろうとのことだ。
財務を圧迫するような取引は避けたい。ソフィアとグレイスに頼んで、適切なものを探してもらうことにしよう。
「そのように取り計らいます。それとファビアンさんから、もうひとつ預かっているものが」
追加で差し出されたのはかなりの枚数の銀貨で、アルフレッド曰く、回転酒場における売上の一部だそうである。
「なんでまた?」
「ファビアンさんが仰るには、水流式回転テーブルの使用料だと」
「あー……」
回転寿司の仕組みを応用して作った設備のことか。わざわざ使用料を払ってくれるなんて律儀だな、あいつも。
「権利関係は重要ですからね。クリアにしなければ、商売はできません」
「それにしても、結構な額だと思うんだが。そんなに儲かってるのか?」
「それもう、連日大繁盛です」
新しい物好きな人たちに大ウケで、ここ最近は二時間待ちの行列ができるほどらしい。
ディズ○ーランドのアトラクション並みの人気だな。ファストパスでも発行したほうがいいんじゃなかろうか。
「ファビアンさんから伝言を頼まれましたよ」
「へえ。なんだって?」
「『ハッハッハ! タスク君! お陰様で新事業は大成功さ! そこで心の友である君にお願いがあるのだが……』」
ポージングと声色まで真似てアルフレッドは続けるが、要は支店を出したいから、水流式回転テーブルをもっと作ってくれないかということだった。
なるほどね。一緒に素材を持たせたのはそのためか。魔法石がないと動かないからな、あの設備。
「ま、ご期待に応えられるかはわからんが、なるべく努力しよう」
「ええ。……ああ、それと、これは個人的な話になるのですが」
アルフレッドは軽く咳払いをひとつして、整えられた頭髪をかきむしった。
「僕も拠点をこちらへ移そうと考えています」
***
アルフレッドが引っ越してきたのは、それから四日後のことだった。
拠点をこちらへ移すという話を聞いた時は驚いたが、領地の拡大につれ、離れながら財務を担当するのが難しくなったそうだ。
それはなんというか、大変申し訳ないなと口にするオレに、龍人族の商人は首を横に振ってみせる。
「いえいえ。財務を執事であるハンスさんへお任せしておくわけにもいきませんし。それに僕はタスク領の専属商人ですから、どうかお気になさらず」
アルフレッドが言うには、最近の商売も貴族相手の御用聞きがほとんどで、注文される物もウチの領地の特産品ばかりだから、むしろ都合がいいらしい。
とは言うものの、商人として行動の自由が利かなくなるのも事実なわけで。
せめて何かしらオレにできることはないだろうかと持ちかけたところ、アルフレッドは自分の家を建てて欲しいという要望を口にした。
「新居には空き部屋があるし、一緒に暮らすのはダメなのか?」
「お気持ちは嬉しいのですが、新婚でもある三毛猫姫の邪魔をするのは心苦しいので……」
標的にされたアイラは耳をピンと立てて、顔を赤らめる。
「な、な、なにをぅ!?」
「アッハッハ! 失礼しました。何より、僕もひとりの時間が欲しいですからね。別の家でお願いしたいところなのですよ」
わかったと頷き、オレは最優先でアルフレッドの住居建設に取り掛かることにした。
みんなの助けもあり、わずか三日後に完成した新居へ引っ越しを終えたアルフレッドは、休む間もなく精力的に動き始める。
手始めに着手したのが、ファビアンから受け取った鉱石類の件だ。
ソフィアとグレイスを交えて試行錯誤した結果、中でも『緑目龍の眠る夜』という、漆黒とエメラルドグリーンの二色でグラデーションされた鉱石がいいのではという結論に至ったのである。
ハイエルフの国から産出される物で、鉱石自体、適度に魔力を秘めているらしい。
現在、ハイエルフの国との交易は、一部の商品に対し金銭を支払ってもらっている状況なので、その分をこの鉱石に変えることはできないだろうか。
アルフレッドに相談したところ、先方の窓口であるルーカスと話し合ってきますと、早速出かけてしまった。
近くにいることで、改めて実感するその心強さをありがたく思いながら、ここ最近、すっかり日課となってしまった観察記録をつけるべく、オレは試験用の畑に足を運ぶことに。
構築した種子は十日が過ぎても反応がなく、あとニ、三日続くようなら流石に諦めるか……なんてことを考えていたのだが。
今日になって、それがようやく発芽しているじゃないか!
いやはや、ここまで長かったなあ……。長かった割に、出た芽は小さいし、不安が拭えないのは事実なんだけど。
とはいえ、明るい兆しには変わりないわけで。順調に成長してくれることを願いつつ、踵を返そうとした、その時である。
どんよりとした雰囲気を漂わせたソフィアが、オレの前に立ちふさがったのだ。
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