142.ふたつの問題
クラウスが旅立った翌日、オレはふたつの問題に頭を悩ませていた。
そのひとつが「味噌の見た目が(自主規制)すぎて、こちらの人たちに受け入れられない」問題である。
確かにね、茶色の物体で、ある程度大豆の形が残ったままの調味料を受け入れろっていうのも酷な話だとは思うんだけど。
でもさ、君たちが喜んで使ってるその醤油と、原材料はほとんど変わらないんだぜ?
そんなことを食事の席で力説したものの、奥さん方から「そういう問題じゃない」と猛反発されまして。
いつもはオレの肩を持ってくれるエリーゼやリアまで顔をしかめる始末なんだもん。本気でヘコむわー。
このままの状況では味噌の製造がなくなってしまうと危機感を覚えたオレは、味噌の地位向上キャンペーンを開催しようと考えたわけだ。
とはいえ、美味しさを知ってもらうにも、そのビジュアルがネックということに変わりなく。
味噌汁を用意したところで「泥水みたいだ」なんて言われたら、膝から崩れ落ちる自信しかない。
見た目に優しい味噌料理はないものかと考え込むことしばらく。数年前、テレビで見た福島の郷土料理のことをふと思い出したのだ。
『味噌かんぷら』と呼ばれるそれは、一口大に切ったじゃがいもを揚げ焼きし、味噌と砂糖を一対一の割合で混ぜた調味料に絡めて作る料理なのだが。
調理が手軽いだけでなく、甘辛い味付けがクセになる一品で、日本にいた頃、新じゃがいもが出回る季節に作った記憶がある。
あれなら見た目もさほど味噌味噌しくないし、じゃがいもを使った料理なら、こちらの人たちにも受け入れられやすいだろう。
世界が違ったところで、茶色の料理は大正義に違いない。甘辛い料理は共通して美味しいに決まっているのだ。
……多少、強引な決めつけこそあったものの、思い立ったが吉日と早速調理へ取り掛かることに。
すると、調理途中にも関わらず、嗅ぎ慣れない香ばしい匂いに釣られたのか、アイラとベルがキッチンへ顔を覗かせる。
「タックン★ イイ匂いするケド、何作ってんの?」
「ん? 出来上がるまで秘密だな」
「もったいぶるところを見るに、なにか怪しいのぉ?」
……流石はアイラ。いい勘してるじゃないか。だがしかし、もう遅いっ!
このキッチンというフィールドに足を踏み入れたその瞬間、オレの張り巡らせた罠からは逃れられないのだよっ……!!
味噌を食べてもらいたいあまり、キャラがおかしくなっていることには目を瞑っていただいて。ふたりにはできたてを食べてもらうことに。
訝しげな視線で味噌かんぷらを眺めやっていたアイラとベルだったが、恐る恐る一口頬張ってしばらくの後、目を輝かせて二個目の味噌かんぷらに手を伸ばすのだった。
ほっ……。よかった、どうやら気に入ってもらえたようだ。
味噌を使っているという種明かしをしてもそれは変わらず、その見た目と異なる味わいに驚いていたようで、こういう料理ならもっと食べたいとリクエストまでされた。
よかった、この分なら味噌も徐々に受け入れられることだろう。……なんて具合に一安心したところで終わっておけば良かったものの。
あまりに「美味しい! 美味しい!」と奥さんたちから連呼されたことに気を良くしてしまったオレは、調子に乗ってもう一品作ってしまったのだ。
サツマイモと醤油、七色糖を使った、いわゆる『大学芋』がそれなのだが。
どうやらふたりは大学芋のほうが好みだったようで、味噌かんぷらよりも食いつきがいいという本末転倒な結末になってしまった。何で味噌を使った料理を作らなかったんだろうか……。
……まあいいや。とにもかくにも明るい兆しは見えた。今後も味噌を布教させるために手を尽くしていこうじゃないか。
***
で、もうひとつの問題。こっちは割と深刻だったりする。
クラウスから貰った、例の種子詰め合わせだ。せっかく頂いたので栽培したいところだけど、危険物が育っても困るだけだし。
かといって貴重なものも混じっている種子を捨てるというわけにもいかない。
どうしたもんかなと畑の前で悩んでいる最中、声を掛けてきたのはエリーゼとリアで、
「タスクさん。その種同士を
「ボクもその意見に賛成です! 万が一、毒草が混じっていたところで、他の種子と構築してしまえば、その効果も薄れると思いますし」
……なんていうアドバイスを受けるのだった。そうか、構築か。貴重な種子だから、そのまま育てないといけないっていう考えに囚われていたよ。
そうと決まれば話は早い。その日の夕食後、食後のお茶と談笑を楽しむ女性陣へ事情を説明し、袋の中から好きな種をひとつ選んでもらって、それらを構築することにした。
オレが適当に選んで構築しても良かったのだが。こういう時の引きが強いので、危険な種子だけを引き当ててしまいそうな気がしたのだ。
そういうわけで、アイラ、ベル、エリーゼ、リア、クラーラ、ヴァイオレット、フローラの七人がひとつずつ選んだ種子を預かることに。
ドラゴンボールも七個集めたら
根拠のない自信を持って臨んだ翌日。
タピオカツリーの近く、試験用の畑へ足を運ぼうとしたオレは、とあるふたり組に捕まった。
「ちょっと、たぁくん。エリエリに聞いたわよぉ? なんか面白そうなことするんだってぇ?」
振り返った先にいたのはソフィアとグレイスで、別段面白いことはないんだけどなとは思いつつも、オレは経緯を説明するのだった。
「――なるほど。無作為に選んだ種子を構築する。興味深いですね」
「それはいいんだけどぉ」
冷静な表情のグレイスに対し、ソフィアは必要以上に落ち込んだ顔で、わざとらしく呟いた。
「その種子を選ぶメンバーの中に、私達ふたりが入ってないってどういうことなのかなぁ?」
「どういうこともなにもないけど……」
「私達だってぇ、たぁくんとは付き合いが長いはずなのにぃ、仲間はずれにするんだもんなあ」
「いやいやいや、近くにいた人に選んでもらっただけだから。そんなつもりはないんだって」
弁明を試みていると、グレイスまで悪ノリをし始める。
「ソフィア様……。タスク様にとって私達は所詮遊び相手、都合のいい女扱いだったのですよ……」
「誤解を招くようなことを言うな!!」
「はぁ〜あ、ショックだなあ……。たぁくんがそんな不潔な男だなんて思わなかった……」
顔を手で覆い、さめざめと泣くふたり。絶対、演技だろっ! 演技なんだろっ!?
……はあ、種を選んでもらうだけなのに、何でこんな文句を言われなきゃならんのだ。
オレは大きなため息をひとつつき、種子の入った袋を取り出して、ソフィアとグレイスの前に差し出した。
「おふたりには大変恐れ多いのですが……、よろしければこの中からひとつずつ種を選んでもらえないでしょうか?」
「えっ……? いいのっ!?」
「そんな名誉ある機会をいただけるなんてっ……!」
途端に表情を輝かせるふたりの魔道士。今の今まで泣いてたにしては大変素敵な笑顔ですねえ、あなたたち……。
そんなこんなで、種子は二個追加され、合計九個で構築へ取り掛かることに。
ふたりとも、当たり付きのくじを引くみたいな感じでウキウキしてたけど、ただ単に種子同士を構築するだけなんだよなあ。
手を振りながら去っていくソフィアとグレイスを見送っていると、今度は妖精たちに捕まってしまった。
「あら、タスクじゃない。何をしているの?」
「あっ、ご主人! それ何スか!? 食べ物っスか!?」
「……食べ物……。美味しい……タスク…ちょうだい……」
周りを舞うように飛ぶココ、ララ、ロロの三人組。
食べ物じゃなくて種子、これから構築して育てるということを懇切丁寧に伝えると、三人組はふんふんと何度も頷き、それから次々に声を上げた。
「よくわかったわ! この間のタピオカツリーと同じように、レディたるこの私が祝福の魔法を掛ければいいのね!?」
「遠慮はいらないっスよ、ご主人! 自分も祝福の魔法掛けるっス!」
「…タスク……わたしも……掛けて……あげる…」
ココだけでなく、ララもロロも協力を申し出てくれる。ありがたい限り……なのだが。
「そうだわっ。他の妖精たちも集めて、みんなで祝福の魔法掛ければいいんじゃないかしら!?」
「それ、ナイスアイディアっスよ、ココ!」
「……みんな…呼ぶ……タスク…うれしい……」
……いやいやいや。お前たち三人の魔法だけで十分だよ、ホント。
「何を言ってるのよ、タスク! 日頃お世話になっているんだし、このぐらいはさせて頂戴!」
「そんな大げさな……。第一、みんなを集めるのも大変だろ?」
「大丈夫よ! みんなの分を合わせても、一時間ぐらいで祝福の魔法は終わるだろうし!」
いや、今日はこの後予定も詰まってるし、早く終わらせたいんだよ。
そんなオレの言葉を途中で遮り、三人組は他の妖精たちを集めるために飛び去っていった。
構築自体は一瞬で終わるんだけど、好意そのものはありがたい。一時間ぐらい待つことにしよう。
……なんてことを考えていたんだけど。
気まぐれで知られる妖精たちを集めることに、ココたちも苦労したらしい。
想像以上に時間がかかり、全員から祝福の魔法を掛け終えてもらう頃にはすっかりお昼で、家を出てから実に四時間が経過していたのだった。
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