141.捜し物はなんですか
探してくるって、ものすごく簡単に言ってるけど……。
「心当たりがあるのか?」
「いんや? まったく、これっぽっちもねえなっ!」
気持ちいいほどに断言するハイエルフの前国王は、それでも自信満々といった表情で続けてみせる。
「俺は植物の栽培と観察が趣味でな。旅の途中で珍しい草花を見つけたら、その都度収集することにしてるんだ」
集めた中には貴重な薬草や草花もあり、国へ戻って栽培できるよう、それらの種子は忘れずに採取しておくそうだ。
「おっ、そうだ!」
クラウスは宙に魔法のカバンを出現させると、中から布袋を取り出した。
「から揚げの礼をしようと思ってたんだ。お前にやるよ」
そうして渡された布袋の中には、様々な形状をした色とりどりの種子が詰まっている。
「これって、いま話していた珍しい植物の種子ってやつじゃ?」
「その通り!」
「それは受け取れないって。大陸中を回って集めてきた貴重なものなんだろ?」
「いいんだよ、また旅先で探せばいいだけだしさ」
ケラケラと声に出して笑いながら、クラウスは少年のような笑顔を見せる。
「そういうのを探すついでに、米ってやつも見つけてきてやるよ」
「そんな簡単に見つかるかなあ?」
「未開の地ってやつが結構残ってるからな。可能性はゼロじゃないぜ。ま、期待してなって」
それよりも、と間を置いて、突如クラウスは神妙な面持ちになった。
「いま渡した種子なんだけど。栽培には気をつけろよ」
「なんでまた?」
「中には即死するレベルの毒草とか、動物に寄生して育つ植物とかが混じってんだよな」
「……やっぱり返す」
「大丈夫だって! その中に五、六個しか混じってないからさ!」
軽く見ただけで百個はある種子の中に、危険物が五個混じってるとか、ソシャゲのガチャで最上級レアを引き当てるより確率が高いんですけど……。
せめてそれらを避けてはくれないかね。オレの言葉に、クラウスはそれもそうだなと頷いて、布袋を覗きやった。
そして中身をじぃっと見やること数秒。
少しも悪びれることのない爽やかな表情のまま、クラウスは絶望的なセリフを口にする。
「悪ぃな! どれがどれだかわっかんねえわ!」
***
それからしばらく経った後。
リアとクラーラに用があると薬学研究所へ向かったジークフリートとゲオルクを見送りつつ、オレはクラウスに新居の中を案内していた。
ハイエルフの前国王も、オレの特殊能力である
「さっき渡したやつだけど。その能力を使って、毒草の
「できるわけないだろ。っていうかさ、自分で集めて回ってるんだろ? ヤバイ種子の特徴ぐらい覚えておけって」
「ハッハッハ! そりゃそうだな!」
心底愉快そうに笑うクラウス。時折、覗かせる軽薄な一面は、本当に王様だったのかを疑問に感じさせるほどだ。
「そういやさ」
「んあ?」
壁面に施された装飾を見つめているハイエルフにオレは尋ねた。
「ルーカスって知ってる? ハイエルフの国の交渉窓口を担当してくれてるんだけど」
「ルーカスねえ? ……ああ、思い出した。あのブロンド色の長髪か」
「そうそう。イケメンの人」
「ちょっと変わってるけどな」
あ、同じハイエルフの中でも、変わってるって思う人はいるんだなと少し安心。
「交渉窓口担当ね。随分偉くなったな、あいつも」
昔を懐かしむように宙を見上げ、クラウスは再び視線を戻した。
「クセは強いが仕事のできる優秀な人物だよ。信頼していいだろうな」
「それならよかった」
「ハイエルフ絡みの問題なら俺に相談しろよ。話ぐらいは聞いてやるさ。ま、しょっちゅう旅に出てるから、いつでもってわけにはいかねえけどな」
それでも近いうちに必ず立ち寄るから、から揚げを用意しておいてくれ。
振り向きながら続けると、クラウスはつい先程味わったばかりの料理を反芻するように、恍惚とした表情を見せる。
「しかし、旅ってのはしてみるもんだな。あんな美味いモンが食えるなんて」
「次はから揚げと一緒に、炊きたての白米が味わえるといいんだけどね」
「おう! 任せておけって。絶対に探し出してやるからよ!」
ドンッと力強く胸元を叩くハイエルフ。うーむ、から揚げへの情熱恐るべしだな。
米を探すついで、というにはちょっと面倒なお願いになるのだが、実はもうひとつ、クラウスに頼みたいことがあるのだ。
「……は? 香辛料?」
「うん。米と一緒に探してもらいたいんだ」
「香辛料なら龍人族の国にもハイエルフの国にもあるだろう? 何でまた?」
クラウスの疑問はもっともだ。しかしながら、オレの欲しい香辛料は、残念なことにどちらの国にも存在してなかったのである。
オレがどうしても欲しい香辛料。それはカレー作りに使うスパイス類である。
正確に言えば、ターメリックやチリパウダーは買えるんだけど、クミンなどは取扱いがなく。
カルダモンに近い風味のものとか、惜しい香辛料こそあったものの、それらを使ったところでカレーには遠く及ばない、別の料理が出来上がるだけなのだ。
そんなわけで、大陸中を旅して回るクラウスに、見たことがない香辛料の収集をお願いできればと考えたんだけど。
当の本人はいまいち乗り気でないようで、腕組みをしながら、うーんと思い悩んでいる。
「香辛料、ねえ? 薬に使えるようなやつなら興味はあるんだけどなあ」
「カレーは身体にいいんだって。美味しくて滋養強壮にも役立つ、万能だと思わないか?」
「でもなあ。香辛料だろ? 俺の守備範囲外っていうかさ……」
相変わらずハイエルフの反応は鈍い。むぅ、こうなったら仕方ない。奥の手を出すしかないか。
「……そうか。ムリに頼んで悪かった」
「ま、今回は米探しだけで勘弁してくれ。そういうのはまた今度ってことで」
「そうだな。残念だけど仕方ない。から揚げとカレーの相性も、また極上だったんだけど……」
「……な…ん、だと……?」
「いやいや、気にしないでくれ。カレースパイスをまとわせたから揚げの、あの食欲を掻き立てる香りは味わってみないとわからないからな」
クラウスの長い耳がピクピクとわずかに動いている。よし、食いついたな。
「……ああ、それと。これは独り言なんだけど。から揚げと半熟卵を添えたカレーライスっていう料理は、元いた世界でも至高の組み合わせと言われているんだったなあ」
「……(ゴクリ)」
「から揚げを気に入ってくれたクラウスに、ぜひ味わってもらいたかったんだけど……。無理強いして探してもらうのは悪いし、諦めるこ」
言い終える前よりも早く、オレの両肩をガッチリと掴んだクラウスは、頬を紅潮させながら声を上げた。
「何を言っているんだ、タスクッ! 俺とお前の仲じゃないか! 見たことのない香辛料のひとつやふたつ! 俺が探してきてやるよっ!」
「……本当に? 迷惑じゃないのか?」
「バカなことを言うな! オレたち、とっくに
キラキラと輝いた瞳でオレを見つめるクラウス。こうなることを見越しての発言だったはずなのに、こうも上手くいき過ぎると、騙しているような感じがして心が痛むな……。
多少の罪悪感を抱きつつ、せめて次にクラウスがやってきた際には、好きなだけから揚げを食べてもらって労をねぎらおう。
穢れを知らない少年のような表情のハイエルフを眺めやりつつ、オレはキロ単位でから揚げを用意しようと心に誓うのだった。
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