140.から揚げ騒動
やれやれ。この分だと、明日は朝から揚げ物しなきゃダメなんだろうななんて覚悟を決めていたものの、実際に鶏肉と格闘を始めたのは翌日のお昼以降となったのだった。
それもそのはず、ジークフリートとクラウスを相手に夜通し将棋に付き合わされ、結局眠りについたのは、鳥のさえずりが美しく響き渡る早朝だったからだ。
この将棋もなかなかに大変で、全員レベルが同じぐらいだから、決め手に欠く対局を延々と続ける始末。
クラウスがジークフリートに「上達したな」とか言ってたらしいけど、あれは嘘だね。義理の父親から何度「待った!」の声を聞いたことか。
そういうわけでぐだぐだとした対局の間、襲いかかる眠気を覚ますため、オレはクラウスと雑談を交わしていたのだ。
なんでもクラウスが旅に出ようと思ったのは、将棋がきっかけだったらしい。
「なんでまた?」
「マイナーなんだよ、将棋って。クッソ面白えのに、みんなやんねえからさ。それじゃオレが大陸中に広めてやろうかなって」
そんな感じで各地を転々とし、行く先々で将棋の魅力を伝えている、と。
「へえ。それで? 将棋は広まったのか?」
「全然だな。みんなリバーシばっかりやってるわ」
ルールがシンプルな分、リバーシはこちらの世界でも好評で、リバーシ協会なるものもあり、頻繁に大会も開かれているそうだ。
他の娯楽としてはボウリング、ビリヤードがメジャーで、一部の地域ではサッカーが盛り上がっているとのこと。
「なんか、こう、将棋を広めるいいアイデアとかあればなー。オレも苦労しねえんだけどさ」
肩をすくめるクラウスだったが、はっと何かを閃いたようで、勢いよくこたつから立ち上がった。
「そうだ! 『将棋をやれば、から揚げが食える』とか、そういう決まりを制定すればいいんじゃね!?」
「まったくもって意味がわかんないし、食べ物ぐらい好きなモンを食わせてやろうよ……」
というか、どこまでから揚げに夢中なんだよ、この人。その内、から揚げ専門店を開くぞとか言いかねない雰囲気すらある。
……いやいやいや、まさかな。前国王だし、そんなことはしないだろ。
一瞬、なんとなく嫌な予感が頭をよぎったものの、深くは考えないことにして、オレは再び将棋盤へと視線を落とした。
***
地下室へ醤油が保存してあるということで、から揚げ作りは新居のキッチンで行うことになった。
来賓亭からは僅かな距離にも関わらず、フードを被って移動するクラウスを、領地のみんなは不思議そうに眺めていたのだが。
本人曰く、
「いや、ほら。前の国王とはいえ、オレ人気者だったからさ。騒ぎになったら大変だと思って」
ハイエルフが移住している件を知り、気付かれないよう配慮した結果、フードを被っておこうという結論になったと。不審者以外の何者でもないんだけどなあ。
一方、堂々と領地を闊歩するジークフリートにしてみれば、それが滑稽だったようで。
「ふん、よく言うわ。ハイエルフの歴代国王の中で『もっとも威厳がない』と陰口を叩かれておっただろうに」
「は〜……、これだから年寄りは嫌なんだよなあ。『もっとも親しみやすい国王』って讃えられてたっつーの」
険悪な雰囲気を打破したのは、しらたまとあんこの背中に乗りながら散歩中の妖精たちで、龍人族の王を見つけると、手を振りながら声をかけるのだった。
「あら。将棋のおじさまじゃない。こんにちは!」
「おうおう。お前たちか、今日も可憐だなあ」
「もう、お上手なんだから! ゆっくりしていってね!」
みゅー! と声を上げながら去っていくミュコランたちへ笑顔を向けつつ、得意げなジークフリート。
「見たか、クラウス。親しみやすいとはこういうことをいうのだ」
「へーへー。わっかりましたよー」
つまらなそうに応じるクラウスの声を聞きながら、オレはオレで「王様なのに、将棋のおじさん扱いされているのはいいのだろうか」という疑問が拭えなかったわけだが。
細かいことを突っ込んでいると後々長くなりそうなので黙殺し、まっすぐ新居へ向かうことにした。
***
ジュワー! パチパチパチっ!!
油の中で奏でられるから揚げの音に耳を澄ませながら、オレはうんざりした気持ちへ陥っていた。
いつもなら食欲を掻き立てられるこの音に、胃袋から空腹の声が聞こえるはずなのだが。
顔中にじっとりとまとわりついた、油なのか汗なのかよくわからないものを腕で拭いつつ、後方から漂う殺気をどう鎮めようかと悩むばかりに、吐き気すら催す始末である。
「やはりマヨネーズこそ至高……。そうは思わぬか、タスク?」
「やだやだ。若いやつに無理強いとか、老害の証拠だろ。さっぱりしたレモン汁こそ、最高のマリアージュなんだよ。な? タスク?」
……やっぱり揚げるの止めればよかったかな。
いろんな味付けのから揚げを用意すれば、その分相性のいい調味料の意見も分かれるはずだろう。
そう思って、普通のから揚げ、塩味のから揚げ、にんにくたっぷり黒胡椒から揚げの三種類を用意したものの。
三種類のから揚げのすべて、自分の推し調味料こそ抜群の相性であると、お互いに譲る気配がまったくないのだ。
最初仲裁に入ってたゲオルクも呆れ果てたのか、いまや一言も発せず、黙々と食べてるだけだし。
そもそもさ、『きのこの山・たけのこの里論争』じゃないんだから、自分が気に入ったほうを好きなだけ食べればいいじゃないか。
から揚げに貴賎なし。『NoKaraage.NoLife』なのだ。から揚げの前に全ては平等なわけですよ。
……なんてことを考えていたものの。
対峙するふたりの背後には、龍と虎の姿がなんとなく見えてしまうほど、張り詰めた空気になっちゃってるし。アレかな、ふたりともスタンド使いなのかな?
ゴゴゴゴゴ……という効果音が幻聴として聞こえる最中、ジークフリートとクラウスは口を開いた。
「こうなれば、タスクに結論を出してもらおうじゃないか」
「そうだな。異邦人の故郷の料理だ。本場の味を知っているやつにジャッジしてもらおうぜ」
「タスク。遠慮はいらんぞ。そなたの『義理の! 父親!』でもあるワシに気を使う必要など、これっっっっっっっっぽっちもないからな? な!?」
「汚えぞ、おっさん! そんな調子だから、最近嫁に冷たくされてんだよ!」
「なっ!? よ、嫁のことは関係あるまいっ!!」
ギャーギャーとまくしたてる賢龍王と前国王。……偉い人たちですよね、おふたりとも……。
はあ……。これがなあ、ウチの奥さんたちみたいなカワイイ女の子から詰め寄られるなら、まだ悩みがいがあるってもんだけど。
詰め寄っているのは二八〇〇歳と九六〇歳のおっさんふたりだからな。頭も痛くなるってもんだ。
とはいえ、結論を出して場を納めないことには変わりなく。
瞬間的にあることを閃いたオレは、ゴホンと咳払いをひとつついて、ふたりに向き直った。
「いいでしょう。オレがジャッジしましょう」
「よし!」
「遠慮なく言え!」
「から揚げと最高の相性のもの。それは……」
「それは……」
「それは……」
「炊きたての白米です!」
キリッ! としたオレの表情とは打って変わり、ふたりとも目を大きく見開いて黙ったままだ。
だってしょうがないじゃんか。どっちを選んだところで角が立つし、それじゃあこの場にないものを言って誤魔化すしか手はないんだよ。
しかしながら、あながち嘘を言っているわけではない。
炊きたての白米と揚げたてのから揚げほど、魅力的な組み合わせはないわけで。
衣がカリッと、中から肉汁がじゅわぁっと溢れ出すから揚げを、口の中で頬張りながら、休む間もなく炊きたての白米をかっこむ。
口中に広がる熱さで涙がにじむものの、ハフハフと忙しく顎を動かしていけば、極上の味わいが身体全体へと広がっていくのだ。
別れを惜しむように飲み込み終え、そして、再び快楽の時間を満喫すべく、ご飯の上に鎮座した残りのから揚げを口元へ運ぶ。
無限に繰り返される、この営みこそが究極――。
オレの力説を黙って聞いていたジークフリートとクラウスは、もはや言い争うことを止め、瞳を輝かせながらゴクリと生唾を飲み込んでいる。
「そ、そんなに魅力的なものがあるというのか……」
「ええ。しかし、残念ながら、この世界には米がないみたいで」
なんということだと本気で落ち込む龍人族の王。その気持ちは痛いほどよくわかりますとも……。
オレも何度となく
あー……。しかし、話していたら白米食べたくなってきたなあ。思い出さないよう我慢していただけ、余計に恋しくなってくるよ。
落胆から息を吐いたオレだったが、ここで思わぬ声を耳にする。
クラウスが決意を秘めた表情で頷き、そして真っ直ぐにオレを見やったのだ。
「よし! その米ってやつな! 俺が探してくるわ!」
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