127.回転する食事会
細々と作っていた部品同士を組み立てて、ようやく出来上がったそれを満足げに眺めていると、気の抜けた声が背後から聞こえてきた。
「たぁくん。何作ってんの、コレ……」
ツインテールにフルメイクを決め込んだソフィアが呆れたような眼差しでこちらを見やっている。
「ご依頼通り、風の魔法を閉じ込めた魔法石をお持ちしましたが……」
並び立つグレイスも、理解できないといった面持ちで組み立てた装置に一瞥をくれた。
「この装置のために魔法石を?」
「うん、そうだよ。ありがとう」
「ずいぶん大きいわねぇ。キングサイズのベッドふたつ分ぐらいあるじゃない」
凹型の装置をしげしげと眺めやりながら、ソフィアは続ける。
「それで? これってどんなスゴイことができるの?」
「スゴイことって……、何が?」
「これだけ大掛かりな装置の上、魔法石も使うんでしょう? 特別な力が発揮されたりとか」
「え? そんなのないけど?」
「……ない?」
「ああ。オレが作りたいから作っただけだしな」
何か誤解をされているようだけど、この装置自体、期待のこもった眼差しへお応えできるような代物ではないんだが。
とりあえず、魔法石を加えた試運転の前に、この装置がどんなもので、どうやって動くかということをふたりへ説明することに。
すると、あんぐりと口を開けたソフィアは、オレの顔をまじまじと見やり、そして三秒ほど間を開けてからオレの名前を呼んだ。
「たぁくん……」
「どうした?」
「もしかして、バカなの?」
酷い言われようだな、おい。
「だってそうでしょ? そんなことのためにわざわざこんな装置まで作って、私達に魔法石まで用意させるなんてぇ」
「そんなこととは随分じゃないか。そんなに言うなら試運転するところを見ていけって。ワクワクするんだぞ?」
「もぅ、いいわよぉ……。私達だって忙しいんだしぃ」
聞けば二回目となるチョコレートの技術講習のため、これからダークエルフの国へ出立するそうだ。
「申し訳ありません、タスク様。帰ってからじっくり見学させていただきますので」
「ちょっと呆れ気味に聞こえるのは、オレの気のせいか、グレイス?」
「い、いえ、そんなことは……」
「いいこと、たぁくん?」
顔をずいと近づけたソフィアが、ジト目を向ける。
「魔法石だって、まだまだ発展途上なんだから。こんな事に使うぐらいなら、研究手伝ってよ」
「こんなことって……」
「第一、北にある洞窟探索だって、ハーフフットの一件でお預けなんだからねっ!」
そりゃわかってるよ。でもさ、もう少し暖かくなってから探索に行ったほうがいいんじゃないか?
「そんな悠長なこといって、誰かに先を越されたらどうするのよぅ?」
「こんな辺鄙なところ、誰もきやしないっての」
「とーにーかーくっ! 探索の予定、早々と組んでよねっ!?」
フーンだ、と踵を返し、そのまま出ていってしまうソフィア。申し訳無さそうに頭を下げつつ、グレイスがその後を追っていく。
……ま、冷静に考えてみれば、理解できない装置だろうな、コレ。
ソフィアとグレイスが半ば呆れるように見ていた装置――日本では馴染み深い、回転寿司屋の回るテーブル――が、オレが作っていた代物の正体である。
といっても、そんな大掛かりな装置ではない。
凹型の大きなテーブルの周りをレーンで囲み、そこに水を流し入れることで、ベルト部分が回転していくという単純な仕組みだ。
簡単に言ってしまえば、水車を真横に倒して配置したようなものである。
ベルト部分は、底に羽のついた木板を作成し、一枚一枚繋ぎあわせて完成させた。
魔法石によって作られた水流が、底にある羽の部分へあたり、木板がレーン上を延々と周回していく。
ただそれだけの装置でしかないので、口で説明してもその良さがわかってもらえないのが難点なんだけど。
実際に、レーンの上をぐるぐる回り続ける寿司を見れば、楽しい気分になること間違いなしなんだけどなあ。
もっとも、魚はあってもコメはないので、寿司なんか用意できないけどさ。別の料理でも十分楽しさが伝わると思っているので、オレとしては早くお披露目したい心境なのである。
「タスク〜、お客がきたわよ……って、何よコレ!?」
振り返った先に、パタパタ途中を漂うココの姿が見える。
「最近、集会所にこもりがちだと思ってたら、こんなもの作ってたの?」
「まあな。それより、客って?」
「あ、そうそう。いつものおじさんが来たわよ。将棋の人」
……賢龍王を将棋の人呼ばわりかい。妖精にはそういうの関係ないのかな。
ともあれ、ナイスタイミングには違いない。ココに集会所まで案内するよう頼んでから、オレは回るテーブルをお披露目する準備に取り掛かった。
***
「寿司という料理と、それを安価に楽しめる食堂がある、という話をハヤトから聞いた覚えはあるのだが……」
椅子に腰掛けたジークフリートは、目の前を回る木板のベルトを怪訝そうに見つめている。
「まさか実際にこの目で見ることになるとは思わなかったな」
「コメがないんで寿司はできませんけどね。気分だけでも味わってください」
隣に座るゲオルクが興味深そうに、ベルトの隙間を見やった。
「なるほど。水流でレーンを回転させているのか。面白いことを思いつくな」
「木板同士を繋ぎ合わせているので揺れることはないんですけど。もし料理が下に落ちてしまっても、水流式なら掃除が楽ですから。……まあ、それはいいんですけど」
さらに隣へ座るファビアンと、オレの奥さんたち四人までが一緒にいるのは何でなんだ?
「私が教えたのよ。タスクが面白そうなもの作ったから見に行ったらって」
オレの右肩へ腰を落ち着かせているココが胸を張る。
「楽しげな集まりに妻を呼ばないとは、おぬしも甲斐性がないのぅ」
「そうだそうだー☆」
「わ、私は美味しいものが食べられるのかなって思って」
「ボクはタスクさんの作ったものに興味があっただけですよ!?」
四者四様の反応を見せる奥さんたち。いや、まあ、いいんですけどね。
「ほらほら、タスク君。麗しの女性たちが楽しみにしてるよ。早く始めてくれたまえ」
前髪をあきあげるファビアン。言われなくてもわかってるっての。
「はいはい、それじゃあ料理をご用意しましょうかねえ」
そうして回転寿司ならぬ、初の回転式食事会は始まり、オレの作った料理の数々が、レーンの上を次々に流れていくこととなった。
料理とはいっても、おつまみのような小皿料理が主体である。スペインでいうところのピンチョスみたいな感じだ。
バケットの上にマリネを乗せて串を刺したものや、白身魚のフライにタルタルソースを掛けたもの、一口大に切った鶏肉を香草焼きにしたものなどなど……。
見た目に鮮やかなことを心がけ、回転する様を楽しんでもらえるような料理を中心に用意したのだが、どうやら正解だったらしい。
最初、レーンの上を流れていく小皿料理を、おっかなびっくり眺めているだけだったみんなも、「気に入った料理があったら皿ごと取って食べるように」という説明を聞いてからは、徐々にそれを受け入れていったようだ。
ジークフリートの持参したワインを片手に、思い思いに料理を楽しみながら、次はどれを食べようかなんて話ながらレーンを眺めやっている。
そして、目の前には食べ終えた小皿がどんどんと積み上げられ、日本の回転寿司屋と何ら変わらないその光景に、オレは感慨を覚えるのだった。
「タスクっ! これは実に楽しい上に、美味しいなっ!」
瞳をキラキラと輝かせ、猫耳をぴょこぴょこと動かし、アイラが歓声を上げている。
「ウンウンっ♪ 見た目も超イケてるし! 何よりテンション上がるよねっ☆」
「ちょっとずついろんな料理が食べられるのも嬉しいです!」
「こんなステキなものを作れるなんて……、やっぱりタスクさんはスゴイです!!」
次々に声を上げる奥さんたちの横では、ココが夢中で料理を頬張っている。
ジークフリートとゲオルクも、このスタイルがすっかり気に入ったらしく、ガハハハと豪快な笑い声を上げながら、ハイペースで酒をかっくらい、レーンを流れる皿へ次々に手を伸ばすのだった。
そんな中、ただひとり押し黙ったままの人物が。そう、ファビアンである。
最初の一皿へ手を伸ばした後、顎に手を当て、ずっと何か考え込んでいる様子なのだ。
「どうしたファビアン。口に合わない料理でもあったか?」
声を掛けたものの、「いや、そういうわけではないんだ」と頭を振ってから、ファビアンは白い歯をのぞかせた。
「タスク君。相談があるのだが……」
「どうした?」
「この装置、ボクに譲ってはもらえないかな?」
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