128.子爵
譲ってはもらえないか……って、回るテーブル自体相当にデカイし、解体するのも組み立てるのも大変だぞ?
もしかして、例のハイエルフ四人組とパーティでも開くつもりなのかと聞いたところ、ファビアンは微笑みを浮かべつつ、それを否定した。
「そうではないんだ。非常に興味深い食事の形式を体験させてもらったからね。これを使って、新しいビジネスができると閃いたのだよ」
「ビジネス?」
「そう、ビジネスさ。ああ、こうしちゃいられない! このインスピレーションが消えないうちに、早く計画書をまとめなければっ!」
とにかく前向きに検討してくれたまえよと続けた赤色の長髪をしたイケメンは、ジークフリートとゲオルクに頭を下げ、オレの奥さんたちに対しては、美人とお別れすることがどれほどに辛いことかを散々力説した後、颯爽と集会所を出ていくのだった。
……人の嫁さんにそんなことをのたまう余裕があるぐらいだったら、その計画とやらを少しは話していってもいいんじゃないかと思うぐらいなんだが。
「心配いらんだろう」
年代物の赤ワインが注がれたグラスを片手に、ジークフリートが呟く。
「ああ見えて、商才は確かなものだ。悪いようにはせんよ」
「はあ……」
「父親として、時折不安に思うこともあるけどね」
何本目になるかわからないワイン瓶を取り出しながら、ゲオルクが口を開く。
「ああいう性格に反して、仕事だけはきっちりこなす息子だ。信じてやってはくれないかな?」
「そりゃまあ、頼りにはしてますけれど」
実際問題、ハイエルフの国との交渉は完全にお任せ状態だからな。本業の方はどうかしらないけど、この領地の仕事に関しては十分貢献してくれている。
「とはいえ、だ」
空のグラスに赤い液体を注ぎながら、ゲオルクは続けた。
「カミラに聞いたが、移住の話などでタスク君も多忙だそうじゃないか。ファビアンのお守りに労力を割くのも大変だろう」
「そういうわけでは……」
「いやいや、いいんだ。父親として、せめて息子が迷惑を掛けないよう、できるだけのことはしよう」
それはどういう意味なんだろうかと尋ねるよりも先に、ゲオルクはジークフリートへ視線を向ける。
「……おい、ジーク。飲んでばかりじゃなくて、お前もタスク君に話があるんだろう」
「ん? ああ、そうだったそうだった。タスク。そなたに渡すものがあってな」
「渡すもの? お土産とかですか?」
「惜しい。似たようなものだがな」
ほろ酔い気分で、空中に魔法のバッグを出現させた王様は、アレでもないコレでもないと手探りで中の物を取り出しながら、ようやく目当てのものらしき小さな木箱を取り出した。
「ほれ、これだ」
ジークフリートが放り投げたそれをキャッチするため、オレは慌てて両手を差し出したのだが……。
……重っ!!! えっ!? 何コレ、すんごく重いんですけどっ?
その大きさとは不釣り合いの重みに驚きながら、恐る恐る木箱の蓋を開けると、そこには龍をあしらった銀細工の装飾品が入っていた。
「……何ですか、コレ?」
「子爵の勲章だ」
……はい? なんですって?
「だから、子爵の勲章だと言っておる。本日を持って、そなたを子爵に任ずる」
「何でまた?」
「不満なのか?」
「不満もなにも、突然のことで混乱しているといいますか」
ジークフリートが言うには、領主としてのこれまでの功績を称えてだということだそうで。
交易路の開拓、難民の受け入れ、特産品の開発……etc。細かいところを含めれば、まだまだ評価すべき点はあるらしいが、とにかく爵位の授与がふさわしいと。
「以前も言ったが、爵位なんぞほぼ形骸化しておるからな。一種の名誉みたいなものだから、あまり深く考えずに受け取るがいい」
笑いながらワイングラスを口元へ運ぶジークフリート。王様がそれを言っちゃいますかね。
とはいったものの、何といいましょうか。放り投げて渡される勲章もどうかと思いますよ、オレは。男爵の時もそうだったけど、ありがたみが無いといいますか。
「宮殿に招いて授与式を開くのは、そなたの趣味ではなかろう。だからこそ、ワシ自ら持ってきてやったというのに」
「配慮してくださったんですか」
「当たり前だ。義理とはいえ、ワシの息子だからな!」
喉元へ一気にワインを流し込んだジークフリートは、「それはそうと」と、前置きしてから続けた。
「息子が子爵になっためでたき日だ。記念に一局指そうではないかっ」
「あ。やっぱりそっちがメインなんですね」
「何を言う。本題はあくまで爵位の授与、将棋はあくまでオマケだ、オマケ。いいから行くぞっ!」
ガハハハハと豪快に笑いながら席を立つジークフリート。まったくもう、言い出したら聞かないもんなあ、お義父さんも。
とりあえずジークフリートとゲオルクのふたりには、先に来賓邸へ向かってもらい、オレはここを片付けることに。
残った四人の奥さんが手伝いを申し出てくれたのは助かるけど、反面、義父との対局が長くなりそうで怖くもある。程よいところでゲオルクが止めてくれることを願おう……なんて、淡い期待を抱いていたのだが。
深酒したせいか、こういう日に限ってゲオルクは先に寝てしまい、オレは「よし、もう一局やろう」というジークフリートからの言葉を、夜明けまで聞かされるハメになるのだった。
眠い頭で指す将棋ほど苦痛なものはなく、更に言えば、徹夜で行う肉体労働ほど過酷なものはない。効率性皆無だしな。
こんな状態でファビアンから新ビジネスについての話を聞かなきゃならないのかと、フラフラしながら自宅へ戻ったものの、この日、ファビアンは姿を見せず。
ようやく現れたのはそれから更に二日後のことで、打ち合わせをしようかと呼び出された場所には、なぜかベルも同席していたのだった。
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