95.魔法石とチョコレート

 帰宅したオレはアルフレッドを伴い、足早に魔道士たちの家へ向かった。先程の樹海結晶が魔法石に耐えうる媒体になれるかどうかを確認するためである。


 先行していたグレイスは、すでにソフィアと共に樹海結晶のさらなる分析をしているようで、ふたりの真剣な眼差しにオレたちは自然と押し黙るのだった。


「……ふぅん。実に興味深いなぁ……」


 軽く吐息を漏らし、ソフィアが顔を上げる。


「この結晶体、木にたくさん埋まっていたってホントですかぁ?」

「ああ。ハーフフットたちの話ではなかなかお目にかかれないらしいけど、オレが見た限りでは結構な数があったな」

「どうなのです? 魔法石は作れそうなのですか?」


 興味津々といった眼差しでアルフレッドが尋ねるものの、グレイスは静かに首を振った。


「残念ですが……」

「え? さっきは作れるかもって……」

「確かに申し上げました。ですが、いくつか欠点がわかりまして」


 例えるなら、この樹海結晶は薄いガラスで作られた、底の浅いコップのようなものらしい。熱湯を注げば、すぐにひび割れてしまう脆さのようだ。


「魔法石ってぇ、最低でも一ヶ月は使えないとダメなんですけどぉ」

「この樹海結晶を媒体にした魔法石では、一日が限度かと」

「そんなに差が出るのか?」

「はい。そして、この結晶には高位魔法を閉じ込めることができません。低位魔法で一日だけという使用制限は、なかなかに厳しいかと」


 うーむ……。魔力を蓄えることは出来るが、耐久性に難がある上、注いだ魔力を使える時間も短いってことか。


 現代風に言うなら、一時間でバッテリーの切れる携帯電話みたいなモノなんだろう。そう考えると、確かに利用価値はないに等しい。


「……それでは、結局、魔法石は作れないということなのでしょうか?」

「いえいえ、そんなことないですよぉ」


 ガッカリとした様子のアルフレッドへ、ここぞとばかりにソフィアが満面の笑顔を向ける。


「魔力を込められる器が見つかっただけでも大発見! あとはこれを強化してあげればいいんですよぉ」

「強化?」

「ええ、ハーフフットたちの救助でうやむやになってしまいましたが、北の洞窟には未知の素材が眠っているかも知れません」


 あるいは樹海結晶のように、魔力の器となり得る鉱石を発見できる可能性だってある。


「それらを合成することで、高位魔法に耐えうる媒体が作れるはずです」

「第一ぃ、媒体の元となる素材がひとつ見つかっただけでも大きな進歩なんですからぁ。悲観する必要なんてどこにもないですよぉ?」


 ま、そりゃそうか。今の今まで、色んな素材を構築ビルドしたところで、上手くいった試しは一度も無かったし。


 そう考えれば、海ぶどうの木から樹海結晶を入手できたのは、幸運と言って良いのかも知れない。海ぶどうの副産物として、今後も安定供給されることを願うとしよう。


「それはそうとさ。低位魔法って話してたけど、実際、どの程度の威力なんだ?」


 高位魔法とか言われても、魔法に縁が無いのでオレには到底理解できない。ソフィアは樹海結晶を握りしめたまま詠唱を始め、そして呟き終えたかと思うと、握りしめていたそれを差し出した。


「タスクさぁん。これ、手のひらへ乗せておいて下さぁい」

「? こうか?」

「はぁい。それじゃ、起動させますねぇ」


 手のひらの樹海結晶へ軽く手をかざすソフィア。その瞬間、透明感のあるコバルトブルーの結晶が赤く光り出し、そして急激に熱を帯びていく。


「ぁ熱っっつ!!! 熱いって!!!」


 結晶が放つ強烈な熱さに、オレはたまらず両手をわちゃわちゃと動かして、ヤケドを回避しようと必死に動き回ってしまう。


 間もなくソフィアが結晶を取り上げたことで、ようやく落ち着いたものの、手には熱の余韻が残ったままだ。


「っぶねえ! ヤケドするだろ!?」

「大丈夫ですよぉ? 人体には影響のない温度ですからぁ」

「全っ然っ! 大丈夫じゃねえ!」


 やがて光は収束し、樹海結晶は元の透明感のあるコバルトブルーの色へ戻っていく。


「今のが炎系の低位魔法ですねぇ。お鍋の水をぬるま湯程度にはできますよぉ」

「むちゃくちゃ熱いんじゃねえかっ!」

「えぇ~? これでも加減したのにぃ……」


 わざとらしく落ち込んだ表情を見せるソフィアと、それをなぐさめるアルフレッド。コイツ……、慰められるまで計算してただろ、絶対……。


「申し訳ありません……。ソフィア様は炎系魔法を得意とされておりまして、予想以上に威力が大きかったのかと……」


 グレイスがフォローに入るものの、多分ワザとなんだろうなあということで納得し、オレはため息をひとつ付いてから、さらに尋ねた。


「今の威力でも十分使えると思うけど、魔法石としては不完全なのか?」

「はい。熱源としては不十分です。炎の魔法石一個があれば、三ヶ月分の木炭や石炭の代わりになりますので」


 それは凄い、万能燃料じゃないか……。なるほど、そういった魔法石を作れるソフィアの家が、相当の権力を持っているというのも頷ける話だ。


 とはいえ、この樹海結晶で作った魔法石だって悪くない。これはこれで、使える用途があるだろうし、現にいくつか思いついたことがある。


「なあ、グレイス。炎以外の魔法も、この結晶へ込めることが出来るんだよな?」

「それはもちろんです。ですが、低位魔法しか……」

「いや。いいんだ、それで」

「?」

「試してみたいことがあるんだよ」


***


 領地の南部、来賓邸の向かい側に、翼人族が管理する製菓工房と乳製品工房がある。


 その後方を切り拓き、新たに二つの施設を建築した。ひとつはハーフフットたちが管理するワインの醸造所で、アレックスとダリルの主導のもと、すでに稼働が始まっている。


 微生物と発酵の研究にと、時折、クラーラが訪れているみたいだ。協力し合い、品質の良いワインが出来上がるといい。


 もうひとつの施設はチョコレート工房、なんだけど……。醸造所と同じ時期に完成したものの、今まで放置していたのだ。


 実のところ、カカオ豆――こちらではスターナッツの種というらしい――は、ダークエルフの国との交易で入手できたものの、チョコレートへの加工作業は失敗の連続で……。


 手順としては、焙煎した豆の皮を取り除き、それをすり潰して砂糖やミルク類と混ぜればいいだけなんだけど、これがもう、非常に難しい!!


 理由はすべてが手作業という事に尽きる。加工する度、品質がバラバラになってしまうのが問題なのだ。


 そりゃそうだよなあ。日本で流行のチョコレート専門店でさえ、焙煎やらすり潰す作業は機械でやってるし、人力でチョコレートは流石に厳しいよなと、半ば諦めの境地だったのである。


 そんな折、出会ったのが例の海樹結晶だ。ソフィアやグレイスは魔法石としては使えないと言っていたものの、限定された用途なら十分役に立つのではないだろうか?


 熱する、風を送る、回転させる……etc、一定の威力の魔法を、一定の時間続ける。魔法石ならそれができるのだ。それはつまり、魔法石を組み合わせることで、現代における機械の代わりが果たせるということである。


 とりあえず、やるだけやってみて、ダメなら他の手を考えようと、専用の焙煎機や石臼などを用意して、そこへ海樹結晶で作った魔法石をセットして試運転させることに。


「たぁくん、それはいいんけどさぁ……。上手くいくかどうか、アタシ保証しないかんね?」


 アルフレッドがいないことで地を見せているソフィアが不安そうに呟いているけど、こっちとしては失敗して当然と思っているので問題ない。グレイスはグレイスで、魔法石の新たな利用方法に興味津々といった様子だ。


 程なくして、焙煎機からカカオ豆の香ばしい匂いが漂い始める。まずは順調らしい。続いて、カカオ豆を砕き、風を送り込んで皮を取り除く工程が待ち受けているのだが、どうやらここも問題なさそうだ。


 床の近くへセットされた石臼の中央には、モーター代わりに魔法石がはめ込まれていて、重い音を立てながら石臼を回転させている。


 やがて砕かれたカカオ豆が次々に石臼の中へ入っていき、それから間もなく、茶色の液体が流れ始めた。


「おお! 上手くいきましたよタスクさん!」


 ロルフが声を上げながら、オレの身体を激しく揺らしている。他の翼人族も次々と歓声を上げ始めた。やれやれ、どうやら上手くいったらしい。


 あとは砂糖やミルク類を加えて混ぜ合わせ、もう一度石臼で挽いてなめらかにしてから、型へ流し込めばチョコレートができるはずだ。


 くれぐれも温度管理だけは気をつけてとロルフたちへ伝え、オレはソフィアとグレイスに頭を下げた。


「ありがとう。お陰で美味しいお菓子が作れそうだ」

「いえいえ、お役に立てたなら何よりです」

「それはいいんだけどさぁ。こんな苦労をしてまで食べる価値があるものなの?」


 両手を高く挙げたソフィアは、理解できないと言わんばかりの様子だ。ま、こればかりは説明するより食べてもらった方が早いだろう。


 砂糖やミルク類を混ぜ合わせた、製造途中のチョコレートをスプーンですくい、試食としてふたりへ差し出した。程なくして、目を見開き、驚愕の表情を浮かべる魔道士たち。


 そうだろうそうだろう。信じられないぐらい美味しいだろう。わかってもらえたら何よりだと頷いている最中、思いがけない言葉が耳に飛び込んできた。


「……ねえ、たぁくん。アタシ、このチョコレート工房の責任者になるわ!」

「……は?」

「ホラ、魔法石が動力なら、管理できる魔道士がいた方がいいじゃない?」

「そりゃまあ、そうだけど」

「いえ、タスク様。ソフィア様にこのような場はふさわしくありません。チョコレート工房は私が受け持ちますので……」

「お? お、おう……」

「ちょっと、グレイス! 勝手なこと言わないで!」

「いえいえ、不慣れなことでソフィア様の身に何かあってはいけません。ここは私が……」

「ズルいわよ! アタシが先に責任者になるって言ったんだから!」


 やがてチョコレート工房を巡って繰り広げられる女性たちのバトル。周囲の翼人族たちが「何なんだ一体」という眼差しを送っているのがよくわかる。


 ……甘いものには人を狂わせる効能があるのだろうか。いやいや、そんなことを考えてる場合じゃないな。とにかく止めないと。


 結局、チョコレート工房の責任者にソフィア、副責任者にグレイスを指名して決着。ロルフには補佐を任せることに。はあ、疲れた……。


 やがてこの二人は、大陸中に名を馳せるショコラティエールになるんだけど。それはまた遠い未来の話。

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