94.海ぶどうと海樹結晶
ハーフフットたちと共に向かった海上果樹園には、立派に生育した木々のすべてで、海ぶどうがたわわに実っていた。
品種の異なる種子を植えていたのか、赤色と薄緑色という二種類のぶどうがそれぞれの木に見てとれる。
「オレも長い間、海ぶどうを世話してるけど……。こんなに大量の海ぶどうが実るのなんて見たことも聞いたこともねえよ」
興奮した様子のダリルに続き、アレックスが声を上げる。
「全くです。私もこのような良質な海ぶどうを見るのは初めてですよ。しかも植えてからわずか一週間ほどです……。苗から種子に変える際、領主様はどのような魔法をお使いになったのですか?」
「そんなもの使った覚えはないんだけど……。土地が合ってたんじゃないのかなあ?」
とは言ったものの、この領地で育つ作物のほとんどは、他と比べると桁違いに良質なものが多いそうで。
もしかしなくても、オレの生産系能力はチート補正が掛かっているんだろうなと一人で納得することに。いや、声に出しちゃうとまた変な誤解が生まれるかも知れないからね。
それはそうと、だ。
「ワイン用のブドウって聞いてたけど、そのままじゃ食べられないのか?」
「このままでも十分な甘みはありますので食べられますが……。いかんせん、酸味が強いのですよ」
「ものは試しだ。ほらよ、お館様」
ダリルは赤色の海ぶどうを一房切り取り、差し出してくれた。それじゃあ試食させてもらおうかなとそれを受け取った瞬間、他のブドウとは違う『ある特徴』にオレは驚いてしまう。
「冷たっ!! ……は? まさか凍ってるのか、コレ……?」
「ああ。海ぶどうの性質なんだよ。冷たい海水を吸い上げて育ったせいか、木へ実っている時は凍ったままなんだ。収穫してしばらく経てば普通になるけどな」
「ワインにする際も、収穫直後の凍った海ぶどうをそのまま熟成させます。アイスワインという、甘いワインに仕上がるのですよ」
ああ、日本でも聞いたことあるな、それ。凍ってしまったぶどうを再利用できないかって、試しにワインにしてみたら美味しかったっていうヤツだ。
まさかこっちの世界では凍ったぶどうがそのまま実るとはねえ……。いやはやなんとも不思議な話だと思いながら、赤い実を一粒口へ放り込む。
皮の部分は硬い氷のようだが、噛み締めると中はシャーベット状になっていて、口いっぱいに甘みが広がり、そしてその直後にとてつもない酸味が襲いかかってきた。
「あー……。なるほど、確かに甘くて酸っぱいな……」
「そうだろそうだろ。でも、これだけの甘みが強い海ぶどうも珍しいんだぜ」
「通常はもっと甘さが控えめで、酸味と渋みが強いのです。その点、ここで育ったブドウは極めて特異だと言えますね」
そうなのかと応じている最中、受け取った海ぶどうがどんどんと溶け始めていくのがわかった。この分じゃ、ワインへ加工するのも時間との闘いになるんだろうな。
その後、しらたまとあんこを引き連れたアイラがようやく追いつき、オレはすっかり常温に戻った海ぶどうを二匹へ与えてみることにした。
「た、タスクや……。だ、大丈夫かのぅ? もし変なものを食べさせてお腹でも下したら……」
「イヴァンが寄越した餌も木の実やナッツ類ばっかりだったし、大丈夫だろ」
みゅーみゅーと鳴き声を上げながら、しらたまとあんこはオレの手のひらに乗っている赤色の果実を眺めている。そんな二匹を見やりながら、アイラはハラハラと心配する表情へ変わっていた。すっかり母親になってるなあ。
そんな母猫の心配をよそに、しらたまとあんこは勢いよく赤色の実をつついて食べ始めた。喜んでいるのか、ひときわ高い声でみゅーみゅーと鳴き、それから夢中で海ぶどうを貪っている。
「た、食べておる! 見ておるかタスク! しらたまもあんこも喜んで食べておるぞ!」
「見てるっての。むしろ、食べ過ぎでお腹壊さないよう気をつけないとな」
デレデレとした顔でミュコランの子供たちを見守るアイラへ海ぶどうを預け、オレは双子の案内で海上果樹園を見て回ることにした。
「二種類の海ぶどうがあるけど、ワインも赤と白の二種類を作るのか?」
「ええ。それと、赤と白を混ぜたロゼも作ります。醸造に最低一年ほどかかりますが」
「なぁに、気長に待つよ。それより、実ったぶどうを少し分けてくれると嬉しいな。あの分なら料理にも使えそうだし、ミュコランも喜んで食べているようだし」
「任せてくれよ、お館様! オレたちが丹念に世話をするからさ! 極上の海ぶどうを届けてやるぜ!」
「領主様、料理に使われるなら、一緒に『ミルククラム』もいかがですか?」
「何だそれ?」
「海ぶどうの木は海中に根を下ろすのですが、その根に着いて育つ貝があるのですよ」
「ついさっき、仲間が集めたところだぜ。ほらあそこ」
二人が示した先では、ハーフフットたちが集めたであろう貝類がカゴへ山積みになっている。は~、あれが『ミルククラム』かあ……って。いやいや、どこからどう見ても牡蠣ですよね、アレ?
「領主様がおられた世界ではそのような呼び名なのですか?」
「うん。『海のミルク』っていう別名もあるけどさ」
「それだったら同じものなんじゃねえかな? あの貝も、ミルクみたいに濃厚な味が特徴で、その名前が付いたってぐらいだし」
そういう特徴なら、牡蠣とまったく同じ味なんだろうなあ。やれやれ、樹木が海水で育って、その根っこに牡蠣が育つとかファンタジーにも程があるな。
そんなことを思いつつ、海中から視線を上げて改めて海ぶどうに視線をやる。つくづく不思議な植物もあったもんだと思っている最中、幹へ埋もれるようにして光る何かが目に付いた。
「あの光ってるやつはなんだ?」
「ああ、あれか。あれは『
「かいじゅけっしょう?」
「別名、『海の精霊からの気まぐれな贈り物』と呼ばれる宝石ですよ。大きくて形が良いものは高値で取引されています」
アレックスは慣れた手つきで幹に埋まる球体の結晶を取り出し、オレに手渡した。淡いコバルトブルーの結晶は透明感を帯び、ピンポン球程度の大きさで、しっかりとした重みを感じる。
「へえ~。海ぶどうの木には、こんな石も実るのかあ」
「いえいえ。この結晶が見られるのは極めて稀ですよ。そもそもどういう原理でこの結晶が出来上がるのかわかっていませんし」
「そうなのか?」
「そうだな。出来たとしても、形がいびつで小さいヤツばっかりだし」
双子の話に耳を傾けるものの、オレとしては到底納得できない。なぜならば……。
「えっと、コレ、海樹結晶だっけ?」
「はい」
「オレが見たところ、海ぶどうの木のあちこちにあるんだけど……」
そうなのだ。海ぶどうの木の至る所に、丸々とした海樹結晶が見られるのである。確か、貴重なものなんだよな……?
「そうなんですよねえ……。何故こんな大量にあるのか私にもさっぱり……」
「気まぐれな贈り物っていうぐらいだからな! 海の精霊が豊作を祝ってくれたのかもしれないぜ!?」
首を傾げるアレックスとは対照的に、ワッハッハと笑う楽天気質のダリル。ま、原理がわからないものをあれこれ詮索するのも野暮ってもんだろう。
何はともあれ、この海樹結晶も交易に使えるかも知れない。ハーフフットたちへ回収を頼み、アイラへしらたまとあんこを預け、オレは一旦自宅へ戻ることにした。
今日はアルフレッドがやってくる日である。この結晶について、あいつなら何か知っているだろう。
***
家路への途中、前方から長身の美人が駆け寄ってくる姿が見えた。
「タスク様、やはりこちらにおいででしたか」
紫色の長い髪で片目こそ隠れているものの、グレイスの表情は柔らかい。微笑みを向ける魔道士へオレは問い尋ねた。
「やあグレイス。何か急用かい?」
「アルフレッドさんがお見えになったので、お迎えに上がりました」
「そうか、ありがとう。それじゃあ一緒に行くとするか」
「はい。……それはそうと、タスク様。何やら見慣れないものをお持ちのようですが?」
その視線が球体の結晶に向けられていることに気付き、オレはそれをグレイスに差し出した。
「ああ、これか。海樹結晶っていうらしい。結構貴重な宝石らしいけど」
「……直接手に取ってもよろしいでしょうか?」
「? ああ、構わないけど……?」
するとグレイスは海樹結晶を真剣な眼差しで見据え、しばらくした後、やや冷静さを欠いた口調で呟くのだった。
「タスク様……。これをどちらで手に入れられましたか?」
「ん? ああ、海ぶどうの木に埋まってたんだよね。アレックスやダリルが言うには『海の精霊からの気まぐれな贈り物』だとかなんとか」
「タスク様。恐らくですが……」
一旦、息を飲み込んだグレイスは、落ち着いた声を取り戻し、そして話を続ける。
「……この結晶があれば、魔法石が作れるかも知れません」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます