96.パフェと蜂蜜
魔法石によってもたらされた恩恵の話を続けたい。
ある程度の制限が付いてしまうとはいえ、器械のような作業が可能になったことで、作れるモノの選択肢はぐっと広がった。
とはいうものの、選択肢のすべてが食べ物関係になってしまい、交易に使えるような製品類についてはひとつも考えつかなかったのはここだけの秘密である。……うーん、そんなに食い意地張ってたかなあ、オレ?
ま、食生活が豊かになるのはいいことだし、日本に居た頃の友人も「甘味は人間と違って、裏切らないからいいよね……」って言ってたしな。友人に何があったのかは怖くて聞けなかったけど!
む、いかんいかん、話が逸れてしまった。チョコレート工房で張り切るふたりの魔道士はさておき、オレとロルフたち翼人族は、菓子工房で新作の研究を始めることにした。
作るのはズバリ、アイスクリームである。魔法石によって、一定温度での冷却、一定速度での攪拌作業ができるようになり、材料も揃っている。ならば作るしかないだろうと、鉄製のボウルなどを用意し、早速調理開始。
チョコレートに比べたら、材料を冷やしながら混ぜ合わせるだけで出来る手軽さなので、あっという間に完成した。牛乳、七色糖、生クリームに卵というシンプルな材料で作ったとはいえ、久しぶりに食べるアイスクリームは格別の味だ。
甘味マニアの翼人族たちにも大好評で、すっかり気を良くしたオレはパフェ作りにも取り掛かることにした。
パフェ容器はないにしろ、似たようなガラス製の細長いグラスはダークエルフの国から輸入している。材料は一通り領地で収穫できるものばかりだし、慰労会を兼ね、集会所でみんなへ振る舞うことに。
前回のラーメンの教訓を活かし、今回は種族ごとの入れ替え制でパフェを提供する。気軽にパフェを食べてもらいながら、種族間での問題点や領地の改善点などを話してもらおうとも考えた結果でもあるんだけど。
パフェの内容は、イチゴ、スポンジケーキ、生クリーム、バニラアイスにチョコソース、飾り付けにクッキー等々。東京で食べたら間違いなく千五百円は超えるレベルの豪華さだ。
初めて見るパフェの華やかさと美味しさに、領地のみんなは揃って感動の面持ちである。うんうん、気に入ってもらえたなら何より。美味しそうに食べる顔を見ると、こっちまで嬉しくなるからね。
……で。一通りヒアリングを終えた結果、幸いなことに種族間でのトラブルなどはないらしい。これだけ多くの種族が一緒に暮らしているので、文化や風習の違いもあるだろうと思っていたけど、とりあえずは大丈夫かな。
領地の改善点については色々と要望を伝えられた。羊を飼いたい、港を作りたい、陸地にも果樹園を設けたい……などなど。できることには限界があるので、優先順位をつけつつ取り組んでいきたいところだ。
そうそう、これは余談になるんだけど、冬が近付いてきたこともあり、そろそろ同人誌即売会の用意をしなくてもいいのか、オレはパフェを頬張るソフィアとグレイスにそれとなく尋ねてみたのだった。
「今回は即売会が中止なのですよ」
「中止? なんで?」
「ほらぁ、帝国と連合王国が戦争中でしょお? その影響よ。まったくいい迷惑だわぁ」
なんでも冬の会場はハイエルフの国の北部で、人間族との国境に面しているため、危険と判断されたらしい。
「ま、いいわ。その分、来年夏の原稿に熱い魂をぶつけてやるんだから!」
「ええ! その意気です、ソフィア様! 私も負けないよう頑張りますよ!」
フンス、と鼻息荒く情熱に燃える魔道士たち。仕事に趣味に一生懸命なのはまったくもって素晴らしいことだと思う。思うのだが……。
時折、ハーフフットの双子であるアレックスとダリルが仲良く作業しているところを眺めながら、
「フフ……。双子……、禁断の愛っ……。実にっ、実にエモい……! 尊死不可避です……!」
と、興奮しながら呟いたり、オレとロルフが話しているところを、熱の帯びた眼差しで見つめるのは止めてもらえないだろうかな……。
本人たちは「ナマモノ厳禁!」と固く心に誓っているようなので、そこだけは安心しているんだけど。あまり酷くなるようならエリーゼに相談しよう、うん。
***
自宅へ新たに作った家具について少し。
冬目前ということもあり、オレは日本でお馴染みのある家具を作ることにした。そう、こたつだ。
こたつ用テーブルを
ベルに頼んでこたつ布団を用意してもらい、順調に完成したまではよかったものの、リビングのテーブルと突然交換するわけにもいかず。
とりあえずオレの自室へ置いておき、奥さん方の反応を見ながら検討しようと思っていたんだけど。予想通りというかなんというか、ものは試しにとこたつに足を入れた奥さん方が一向に出たがらないわけですよ。
ここで寝るとか、動きたくないとか、案の定、こたつは人をダメにしてしまうということがわかり、当面はオレの自室にだけ置いておくことに。
ええ、そりゃあもう、ケチだのイジワルだの、ものすっごいブーイングを浴びせられまして……。心が痛くなりましたけれどもっ! これもみんなのためを思っての判断なのだよっ!
……ま、そのうち家族用のやつを作るかとか、そんなことをボンヤリ考えつつ、こたつ布団を被って眠るアイラと、その側に寄りそって寝ているしらたまとあんこの姿を眺めてはほっこりしてみたり。
「……すっかり二匹の母親だなあ」
時折、アイラの猫耳がピクピク動くのが可愛らしい。猫の姿にならなくとも、こたつで丸くなるもんなんだなあ。
しらたまとあんこは身体が二回りほど大きくなった。とはいえ、相変わらずモコモコの毛玉のようなので、みんなに代わる代わる抱きしめられては可愛がられている。
今のところ、オレ以外で一番懐いているのはアイラのようだ。みゅーみゅー鳴き声を上げながら、後ろに付き従って歩いている姿がよく目に付く。
このまま順調に大きくなってくれることを願いつつ、窓辺に視線を向ける。冷たい風が吹いて、カタカタと音を立てる頻度も多くなってきた。
もうすぐ冬がやってくるのだ。
***
「“これ”についてはハヤトに聞いておったが……」
「実際に試してみると、なかなか趣のあるものだね……」
来賓邸の応接室へこしらえた、大きめのこたつに入りながらジークフリートとゲオルクは吐息を漏らしている。
テーブルの上にはイチゴパフェが三つ並び、おっさん三人がこたつに入りながら甘味を頬張るという、ある意味貴重な光景が展開されていた。
「しかし、パフェにチョコレートか。異世界の食文化を生きているうちに味わうことが出来るとはな」
スプーンを口元へ運びながら、ジークフリートは満足げに呟いた。
「別の調味料も作ろうと思っているんです。ハヤトさんが話していた料理も、その内、ご馳走できると思いますよ」
「それは楽しみだ。なあ、ジーク?」
「ああ、そうだな。お前たちも楽しみであろう?」
ジークフリートの傍らには、みゅーみゅーと健気に鳴き声を上げる、しらたまとあんこの二匹がいる。
リアとクラーラからミュコランの子供を飼い始めたというのを聞いたようだ。デレデレとした顔を浮かべながら二匹を優しく撫でている。
「しかしのう、こやつらも愛らしいが。ワシとしてはやはり孫の顔を拝みたいものだな」
「まあ、それは……」
「ジーク。あまりタスク君を困らせるな。赤子は天からの授かり物なのだからな、気を長くして待て」
わかっておるわいと、ややいじけた顔で再びしらたまとあんこを撫で回すジークフリート。気持ちはわからなくもないけどなあ……。
「それよりタスク君、頼んでいたモノだが……」
「ええ。用意してありますよ、こちらですね」
ゲオルクから尋ねられ、オレは黄金色の透明な液体が詰まった小瓶を取り出した。『家畜蜂』から採れた蜂蜜だ。
「やあ、ありがたい。非常に助かるよ」
なんでもゲオルクは紅茶マニアであるとともに、蜂蜜フリークでもあるらしい。お茶に合う蜂蜜を探してはコレクションしているそうで。
イチゴの花から集まった蜂蜜はどんな味がするのか興味があったらしく、前々から頼まれていたのだ。
「花によって味も風味も変わるからね。イチゴの蜂蜜はどんな味なのか、今から楽しみだよ」
「気に入っていただければ何よりです。量が少なくて申し訳ないのですが……」
「いやいや、初めての収穫なのだろう? 気にしないでくれ。それよりもだ」
大事そうに花瓶を仕舞ってから、ゲオルクは続けた。
「どうだろう? 作物以外に花を育ててみるつもりはないかな?」
「花、ですか?」
「ああ。直接食べられるわけではないが、花は心に潤いと栄養を与える。草木ばかりではなく、華やかな植物を植えるのも一興だと思うのだが」
「……嫁さん連中のガーデニング趣味が伝染ったか?」
「やかましい」
ジークフリートの軽口を軽くあしらったゲオルクは、再びオレに微笑みを向ける。
「それに様々な種類の花があれば、養蜂も楽しくなると思うのだ。何せ、色んな味の蜂蜜が味わえるようになるからね」
「それもそうですねえ」
確かに領地の中はやや殺風景だなあと思っていた所なのだ。これから冬を迎え、育つかどうかはわからないけど、花があれば、寒い季節でも見た目に温かく感じるかもな。
「よし! それでは近日中に、私が種子を持ってこよう」
「え? 種をいただけるんですか?」
「それはそうだよ。私が勧めたのだからね。いくつか見繕ってくるから、試しに植えてみるといい」
こうしてゲオルクから花の種子をもらえることとなり、領地内で花の栽培計画が立ち上がることになった。
そしてこの時の何気ないやり取りが、後日訪れる、とある出来事へ繋がっていくことになるんだけど……。それはまた別の話。
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