91.アレックスとダリル、そして海ぶどう

 力強いダリルの声に気圧されながらも、オレは言葉の一部に違和感を覚えるのだった。お詫びはいいとして、おやかた様ってなんだ?


「これからオレが忠誠を誓う主だしな! お館様とお呼びしたんだ!」


 曇りのない真っ直ぐな眼差しで、キッパリと断言するダリル。おー、そうかあ、そうきたかあ……。初めて会った時は、少しぶっきらぼうな印象を受けたけど、何というか、クセのある性格なんだね。


「重ね重ね申し訳ありません……。私は何度も領主様とお呼びするよう言い聞かせたのですが、この愚弟は聞く耳を持たず……」


 大きなため息とともに呟くアレックス。正直、様付けは未だに慣れないし、タスクさん程度の呼ばれ方がちょうど良いんだけど、立場上そういうわけにもいかないんだろうなあ。


「いや、いいんだ。好きなように呼んでもらって構わないさ」

「流石、オレが見込んだお館様だぜ! な、兄貴!? 器が違うよな!」


 ここにいる領民とまた異なるノリに戸惑いながらも、オレは双子の兄弟へ尋ねた。


「それで、お詫びってなんだ?」

「そうだ! お詫びだった!!」


 ダリルとアレックスは再び頭を下げ、落ち着いた口調で話し始める。


「この領地に赴いてしばらく経ちますが……。我々、ハーフフット一同、感謝してもしきれないほど多大なご恩を受けました」

「にも関わらず、お館様のことを戦争を引き起こした異邦人と同じだと思っちまってさ。何かしらの裏があるとか考えてたんだ……。まったく、自分が情けなくて仕方ねえよ!」

「あ~……。まあ、それは仕方ないんじゃないか? 固定概念って、なかなか覆せないもんだし……」

「そんなことねえ! オレたちが悪いんだっ!」


 身を乗り出すよう声を上げるダリルを、アレックスが手で制している。


「ロルフさんたちに伺いました。我々のことを考え、龍人国の首都へ行きやすいよう、領主様が街道を整備し始めたと」

「そんな心優しいお館様に、オレたちはなんてことを……!」

「思えば、多種多様な民族の方が住まわれているというのに、この領地は平和そのもの。そんな場所は聞いたことがありません」

「これもひとえに、お館様のお力と善政によるものだって、オレたち気付いたんだ!」


 双子は頭を上げ、真剣な眼差しでオレを見据える。


「今の今までご無礼を働いてきたこと、一族を代表してお詫びしなければと思った次第なのです」

「許してもらえるとは思わねえ……。でも、受けたご恩をそのままにしておくこともできねえ……!」

「我々、ハーフフット一族、領主様へ忠誠を捧げます。どうか、この領地で働くことをお許しいただけないでしょうか?」


 意外な展開に驚いたものの、申し出自体は非常にありがたい。断る理由なんてどこにもないよな。


「みんなが力を貸してくれるならとても助かる。こちらこそよろしく頼むよ」


 そう声を掛けると、ぱぁっと二人の表情が明るくなった。


「やったな兄貴!」

「ああ! 流石は領主様だ!」

「オレがお館様なら大丈夫だって言わなければ、兄貴は腰を上げようともしなかっただろ?」

「何を言うか。お詫びに伺わねばならないと、私自身そう思っていたところなのだ。お前に説得されたつもりなどない」

「なんだと!?」

「あー……。兄弟ケンカは止めてくれ……」


 恐縮したように静まりかえるアレックスとダリル。二人とも根は良いやつなんだろうなあ、きっと。


 それにしても……。


「少し聞きたいんだけど、ここってそんなに種族多いのかな?」


 他の土地を知らないので、どんな場所にどんな種族の人たちが暮らしているのか、全くもって把握していない。ここと同じように、多種族で暮らす領地があるのかと思っていたんだけど。


「ええ。こんなにたくさんの種族の方たちが、争いも起こさず暮らしているなんて奇跡に近いですよ」

「そ、そうなのか?」

「翼人族とか初めて見たぜ! あと魔族がいるのもビックリしたよな!?」


 互いに顔を見合わせて頷き合うハーフフットの兄弟。……は? 魔族?


「はい。ソフィアさんとグレイスさん、その他の方々もですけれど、全員魔族ですよね?」


 そう言って、首を傾げるアレックス。マジっすか……。初耳なんですけど……。


 いやあ、魔道国から来たって話してるから、てっきり魔法使いの人間とかそんな風に思っていたけど、そっかー、魔族だったのかあ。……いやいや、衝撃の事実だわ。


 ま、なんだろうな。魔族だって知ったところで、今までと付き合いも変わりないし、別にどうって事ないかと思い直している最中、ずいと身を乗り出したダリルが、人好きのする笑顔を浮かべてきた。


「ところで、お館様。『海ぶどう』ってヤツを知ってるか?」


***


 領地の南側へ近付くにつれ、波の音が耳へ届き始める。


 浜辺から海に向かって橋を伸ばし、その先端へ浮島を作る準備を整えるため、ハーフフットたちと協力しながら資材を運搬しているところだ。


 アレックスとダリルの話では、海上の浮島に果樹園を作り、そこで『海ぶどう』という果物を育てるらしい。


 海ぶどうという名前を耳にした時は、沖縄で食べる緑色の粒々をしたアレのことだよな、なんて思っていたんだけど、どうやらこちらの世界では、海水で育つ品種のぶどうを指すらしい。


 ハイ、そこのあなた。海水で育つとか嘘だろって思うでしょ? いや、それはしょうがないよ。オレだって最初そう思ったもん。でも、本当なんだってさ。


 元々、連合王国でも、彼らの暮らしていた海辺の町の名産品として有名らしい。もっともワインの原材料として使うそうで、そのまま食べることはないようだ。


 その海ぶどうを作る名人がダリル、ワイン作りの名人がアレックスと、一族の中でもこの双子は名の知れた存在とのことで。許可がもらえるなら、この領地でも海ぶどうとワインを作りたいという申し出を受けたのだ。


 もちろん、オーケーである。そんなにお酒は強い方ではないけど、ワインは飲みたいしね。善は急げとばかりに果樹園を作るかという運びになって、今に至るわけなのだが。ここで問題がひとつ。


 脱出の際、海ぶどうの種子と苗木を抱えて逃げ出したものの、苗木は途中で紛失し、手元に残ったのは種子だけになってしまったそうだ。


「そりゃあ、樹木になるまで時間掛かりそうだなあ」


 実を付けるまでになるなら、更に時間が掛かりそうだ。残念そうな双子の話を聞きながら、木材と石材を駆使して、オレはひたすらに橋を伸ばしていった。


 構築ビルドの能力を初めて見るハーフフットたちが、興味津々といった具合でオレの作業を見守っているのがわかる。やっぱりハーフフットたちにも珍しい能力なんだな、これ。


 好奇の眼差しで見られることは慣れていたので、気に留めず作業を進めていたところ、ダリルが笑いながら声を上げた。


「お館様。オレたちも最初は時間がかかるって思っていたんだよ!」

「そりゃそうだろ。種から育てるのは大変だろうし」

「いえ。それが、短時間で育つ見込みが立ったのです」


 続けてアレックスが応じる。どういうことだと思うよりも早く、双子は今まさに橋を組み立てているオレの能力へ視線を向けた。


「お館様のスッゲエ力を使えば、海ぶどうがすぐに出来るかなって考えたワケさ」

「はい。ここで育つ作物はすべて、領主様の特殊な力で種子を採取し、植えられたものと聞いております。収穫までわずか三日間とか」

「そこでオレら思ったんだ。この海ぶどうも、作物と同じように三日間で育たないかなってさ」


 期待する眼差しでオレを見据える二人。作物の苗を再構築リビルドして、種子に変える。その種子を植えると三日間で作物が育つ。……それって、作物だからできることだと思うんだよな


 だって、樹木だよ? 三日で育ったら怖いじゃん。いや、三日で育った作物も大概オカルトの分類に入るんだけど。


「海ぶどうの種子も育てば芽が出て、十日もすれば苗になります。同じようにできると思うのですが……」

「樹木だと、お館様の能力使えねえのか?」


 アレックスとダリルに再び問いかけられ、そこで初めて気がついた。そういえば、樹木から種子を採取しようと思ったことがなかったわ。


 いや、周りが樹海で木々だらけだったので、その必要性をイマイチ感じてなかったというか、そういう発想がなかったからなんだけどさ。……あれ? これ、上手くいったら、海ぶどうの木だけじゃなくて、他の木でも応用できるんじゃないか?


 そうすれば、木材や燃料の心配をする必要もなくなるな……。試してみる価値はあるのかも知れない。


 改めてそう思い直したオレは、やってみようと二人に声を掛けた。アレックスとダリルは嬉しそうな表情で、浮島作りへ取り掛かっている。


 上手くいくかどうかはわからないが、試行錯誤も開拓の醍醐味だ。そしてこの試行錯誤の結果、とある副産物が生まれたのだが……。それはまた別の話。

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