90.街道作り

 ハーフフットたちとは当面、距離を置こうと心がけることにした。


 彼らの気持ちもわからなくはないのだ。インターネットやSNSが発達した現代の日本でさえ、噂やデマが一人歩きし、社会全体がパニックになることも珍しくない。


 ましてやここは情報化社会とは無縁の異世界。噂が悪い方向で肥大し、ハーフフットたちが恐怖心を抱くようになったとしても、なんらおかしいことではないだろうしな。


 ……まあ、その噂の元となっている、いるかどうかもあやふやな異邦人とオレをごっちゃにされるのは、正直、面白くはないんだけど……。


 彼らの心情を理解してしまうと、致し方ないかなあとも思うのだ。こんなこと、ソフィアに聞かれたら「甘い!」とか言われそうな気がしないでもないが。


 とにかく。捜索隊のメンバーを中心にハーフフットたちの面倒を任せることにして、オレはオレで領地の開拓を進めることに。


 ハーフフット用の住宅作りはもちろん、防壁作りやエビの養殖池の拡張、作物の畑を開墾したり、ダークエルフの国へ向かう街道を敷かなければならなかったりと、やることは山積みなのだ。うーむ、チート能力があるとはいえ、どうしようもなく人手が足りない……。


 ああ、そうだ。街道でひとつ思い出したことが。ちょうどロルフが通りかかったので、尋ねることにする。


「最寄りの町、ですか?」

「うん。龍人族の国へ向かうための、最寄りの町までどのぐらい距離があるのかなって」


 毎回、空を飛んでやってくるジークフリートたちは問題ないだろうが、こちらから出向く際には街道を用意しておいた方が便利だろう。


 龍人族の国の首都まで街道を作るのは大変だけど、最寄りの町まで繋げてしまえば、後は割とラクに移動できるんじゃないかなと、そんなことを考えたのだ。


 するとロルフは遠く西にそびえる岩山を指差し、はばかるように口を開いた。


「あの岩山の麓に宿場町があります。交易の入り口のひとつとして、魔道国からの出入りに使われていますが……」

「へえ。あんな険しい場所にねえ」

「ええ、物流は盛んですので、暮らすのに不便はないようですよ。ただ、いかんせん距離が離れすぎかと」

「どのぐらいなんだ?」

「ここからですと、徒歩で十日前後は……」

「十日……!?」

「なにせ、皆、樹海ここには用がないですからね。道など整備されていませんし」


 思えば翼人族も空を飛んでやってきたもんな。そもそも道なんか必要ないのか。


「しかし、なぜ急に街道を敷こうとお考えなのですか? ダークエルフの国への街道が敷き終わってからでもよろしいのでは?」

「そりゃそうなんだけどさ。ほら、ハーフフットたちのこともあるから」

「彼らが、どうかなさいましたか?」

「一緒に暮らす以上、快適な生活を送ってもらうための環境は整えるよ? でもさ、やっぱり、異邦人のオレが領主だってことが気に食わないってこともあり得るわけじゃんか」

「そんなことは……」

「いやいや。こればっかりはしょうがないんだって。ま、ここで暮らすのがイヤだって時に街道を用意してあげた方が、首都への移動も苦にならないだろうからな。先に向こうで暮らしているハーフフットたちも、迎えに来やすいだろうし」

「……お言葉ですが、いささかお人が良すぎるかと」

「なぁに、将来的には交易にも使えるだろ? 作っておいて損はないよ」


 肩をすくめるロルフへ笑顔を返し、オレは東西へ長く伸びる街道の着手にかかった。水路作りに続く、大規模な工事の始まりだ。


***


 エリーゼに頼み、得意の精霊魔法で樹海を一直線に貫いてもらいつつ、街道整備はスタートした。


 倒れた木を取り払い、道をなだらかにし、ブロック状にした石材を敷き詰めていく。


 力自慢のワーウルフたちが「ナイスバルク!」と声高らかに繰り返し、自慢の筋肉を存分に見せつけながら、次々と木を運んでいくのはすっかりお馴染みの光景となっている。


 「今日も筋肉切れてるよ!」「僧帽筋が輝いてる!」なんて声を掛けると、より一層、鬱陶し……じゃなかった、ポージングしながら、張り切って作業に没頭してくれるので、余裕がある時はかけ声を心がけている。


 整地とブロック作りはオレの出番だ。構築ビルド再構築リビルドの能力を駆使して、道をなだらかにし、ガシガシと石材を加工していく。


 加工した石材は翼人族が敷き詰めていき、少しずつではあるが、日々、街道は伸びていった。


 もちろん、他の作業も忘れてはいない。作物の収穫、畑の拡張、新たなエビの養殖池の作成も並行して進めていく。


 一日のスケジュールとしては、午前中に農作業関連と養殖関連のことを進め、お昼休憩の後、街道作りと余裕があれば防壁作りを進めていくという流れである。


 疲れが癒えたハーフフットたちは、ここに来て二日目以降から、外でもその姿を見るようになった。


 ソフィアやグレイスに話を聞きながら、東側の住宅地へハーフフットたちの家を用意したところ、恐る恐るといった感じで内見に訪れている。


 その背丈の小ささから、大きいブロックのオモチャを組み立てるような感覚で家を作ったので、今回の家作りはあっという間に終わってしまった。


 あまりにあっという間に出来上がったことで、創作意欲を持て余し、同じ家を六軒建てたぐらいだ。ま、住居スペースに余裕がある分にはいいか。


 しかしながら、ハーフフットたちは内見に訪れながらも、「早々に出て行く自分たちの住宅がどうして用意されているのか?」と疑問を抱いたようで、実際、ソフィアたちもそう聞かれたらしい。


 来賓邸はジークフリートに用意された場所なので、別の住まいを準備したと説明して納得してもらったそうだ。実際、王様専用となりつつあるし、間違ってはいないな。


 幸いなことに、住宅自体は気に入ってもらえたようで、次々に引っ越しをする動きが遠くからでもわかる。よかったよかった。


 五日も経つ頃には、領地のあちこちで作業に従事するハーフフットたちの姿を見かけるようになった。


 翼人族や魔道士たちと一緒に作物を収穫したり、畑を耕したり、あるいは家畜の面倒を見ていたり。ここを気に入ってくれたのか、手持ち無沙汰なのかはわからない。


 前者であればいいなあとは思うものの、彼らが作業しているところには極力近寄らないことにした。せっかく良い印象を抱き始めているのなら、わざわざそれをマイナスにするような真似をする必要もないだろう。


 ハーフフットたちとばったり出会ってしまった際、挨拶程度は交すものの、相変わらず怯えられているみたいだし。こうまで怖がれると悲しくなってしまうのだが……、くそう、もう一人の異邦人め。お陰でこっちはいい迷惑だっ!


 ……はあ、文句を言ったところで仕方ないか。せいぜい、離れたところで街道作りと養殖池作りに励みますかね。


 そんなこんなで、そこから更に十日が経過。朝食を終え、今日も今日とて一人作業になるのかなあとため息交じりで家を出た直後、玄関前に意外な人物たちが待ち受けていた。


「おはよう……。どうしたんだ、二人とも?」


 片膝立ちで、頭を下げた双子のハーフフットは、恐縮したように口を開いた。


「朝早くから申し訳ありません、領主様。どうしても直接お伝えしたいことがありまして」


 若緑色の頭髪が印象的なアレックスが切り出した。……まさか、早々に出て行きたいとか、そういうことなのかと覚悟を決めていたところ、茜色の頭髪が印象的なダリルが予想外のことを言い始めた。


「お、オレたち、今までのことをお詫びにきたんです! おやかた様!!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る